第2話恩師かもしれない人

 カチリ。

 

 音が鳴り教室に光が灯る。

 

「ここまでが魔石生物の歴史の始まりだ。この授業『魔石生物学』はその生態の調査や判明した事実、種族、進化、“魔石狩り”に必要な知識や技術を幅広く浅く学んでいきます。総合科目と思って欲しい」

 

 講師はホロウィンドウを消した。

 

「この授業を受けなければ皆の欲する『資格』は得られないが、探せばネットに転がっている情報も多くある。真面目に“魔石狩り”になろうとしてる人間なら知った情報も多いだろうけど、専門知識も当然多い。なので毎回出席を取ります。必修科目だから落とすと後が大変だよ」

 

 今教団で教鞭を振るっているのは、冴えない雰囲気の中年のヒョロっとしたおじさんだ。


 しかし、元“魔石狩り”らしく、ちゃんとした経験を持ち教育の現場に戻ってきたらしい。


 魔石狩りは肉体的にハードだし、もしかしたら怪我で早めの引退なのかもしれない。

 

 少年は講師を見ながらそんなことを考えていた。

 

「今回は最初の授業だから短めで終わろうか。それじゃあ以上、終了だ」

 

 その声とともに喧騒が訪れ、やる気のある何人かの生徒は講師の元に向かっていった。

 

 同級生が席を立ち、次の授業へと向かう中、少年もさらっと講師に近づく。


 そして生徒達が質問をするのを眺めていた。


 自分の話はこの人達の話が終わってからでもいいだろうと思っていたからだ。


 しかし、講師は少年に気付くと手招きした。

 

「あー、質問は次回にしてもらえるかな?今日は先約があるんだ」

 

 返事をして素直に去る生徒も居れば、アイツ誰?と言う視線を向ける生徒も居た。

 

 あまり悪目立ちをしたくない少年は無難に会釈をしつつ、先に背中を向けた講師を追って行った。


「それじゃ、ついておいで」

 

 と言われるがままについて言った先は、どうやら講師の研究室らしい。

 

 汚くもなく、さりとて綺麗なわけでもない部屋のソファに、少年は促されて座った。

 

「では改めまして、これからよろしくお願いします。黒河陽太君」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

「早速だが陽太君、と呼ばせてもらおうかな。既に名乗ったかと思うが僕は霧島たきと言う。好きに呼んでくれていいよ。では今一度説明するよ?特待生である君には義務がある。それは僕の魔石生物の研究の補助。そしてもう一つが君の利益にもなる、魔石狩りの特別許可だ。魔物を狩り、魔石を取得してお金に返還することを許される」

 

 陽太は首を縦に振る。

 

「本来なら『資格』持ちでなければ出来ないことを、君は先んじてそれを許されることになる。そのことに関する資料には目を通してサインはしてくれたかい?」

「はい」

 

 陽太はカバンから用紙を出し、霧島に提出する。

 

 本来『資格』のない陽太には魔石狩りをすることが出来ない。


 許可のない魔石狩りは違法であり、普通に逮捕され前科がつく。

 

 陽太の記入した書類はそれを免除される事を国が容認したことと、それについての注意事項と確認。


 怪我もしくは命を失ったとしても、それは自己責任であるという署名の書類だった。

 

「うん。確かに受け取りました。では早速だけどもう一度君のパートナーを改めて見せて貰ってもいいかい?」

 

 霧島は陽太の首元に目を向けるが、ペンダントは陽太の服に入っている為見えない。


 その視線を受け、陽太は服の 中からペンダントを取り出した。

 

 そのペンダントの先には美しく磨かれた石がある。


 うっすら赤みを帯びた黒曜石のような親指の先程の石が1つ。

 それよりも2回りほど小さくて、白く少し透けた水晶のような石が付いていた。こちらはうっすら青みがかっている。

 

「白と黒、『初ガチャ』の二体持ち、か。運が良いね」

「よく言われますけど、当人からすると痛し痒しって感じです」

 

 陽太が教室で人の視線を避けるようにしたのは、目立つのが嫌がったというのが1番の理由だ。

 

 陽太は目立つのが苦手だった。

 

 『初ガチャ』とは、初めて呼び出す魔石生物のことだ。


 それは生涯の友であり、相棒パートナーだ。

 

 それが2体というのは、ただ運がいいだけなので二体持ちは基本的に妬まれる。

 

 それはもちろん色々と有利だからだ。

 

 二体持ちで特待生の権利を得た陽太のように、『テイム』することなく二体持ちというのは将来の期待値が高い。

 

 引き換えに周囲の反感を買うことにはなり、陽太は幼稚園の頃から要らぬ苦労を強いられて来た。

 

 陽太の場合は持ち前のコミュニケーション能力の高さと、"特殊"な二体持ちであるがことでなんとかしてきた。


 現に二体持ちが原因でいじめを受け、それに仕返しをして事件になったという話は世界的に珍しくない。

 

 数年ほど前に日本でも起き、ニュースにもなった。

 

「恵まれたが故の面倒というのは何事にもつきものだよ。それを糧に出来るか、押し負けてしまうかで人生は左右されてしまう。しかし陽太くんは糧にして“特待生”という立場を掴み取った。それは素晴らしいことだと僕は思うよ」

「ありがとうございます」

 

 本当に無理やり掴み取ったようなものなので、陽太は若干苦笑いになった。

 

「では、呼んでくれるかい?手狭なら屋上に行こうか?」

「いえ、大丈夫です。ちょっとスペース確保してくれれば」

 

 霧島と協力してテーブルとソファーをずらし、準備を終えると陽太は石に手を添えて言った。

 

「おいで」

 

 ペンダントの石が黒い方は黒く、白い方は白く輝き、その輝きのままとある姿を形取っていく。

 

 白い石は鳥のように、黒い石は犬のように姿を変え、そして光が消えるとそこには二体の生物がいた。

 

 羽が真っ白なふくろう


 羽角があるので種別はミミズクだろう。


 純白の羽毛は美しい新雪のようだ。


 瞳だけは淡い青色で、透き通っている。

 

 大きさは小さめで、バスケットボールよりも小さい。

 

 対照的に片方の生物は漆黒の体毛に包まれた狼だ。


 その毛並みは美しく艶があり、撫でればさぞいい触り心地だろう。

 

 体長はそこまで大きくなく、中型犬ほどの大きさだ。

 

 瞳は薄い赤色をしている。

 

「うんうん。モノクロコンビ、美しいね。君のパートナーは」

「以前会ったよな?この人がお前たちのを手伝ってくれると言ってくれたありがたーい先生だ。失礼のないように」


 片方は翼を、片方は前脚を器用に使って敬礼して見せた。

 

 まったく現金な奴らだ、と陽太はため息をついた。

 

「素直で良い子達じゃないか。名前は何というんだい?」

「…クロとシロです」

 

 あまりにもそのままな名前に、陽太は少し赤面しながら答えた。

 

 幼い頃に出会い第一印象でその名を付けた安直な自分が、陽太は恥ずかしかった。

 

「何も恥ずかしがることはない。見た目で決めたりかっこいい名前を付けたり、はたまた出会った季節の縁で付けたりする。それが個性だ。恥じることはないよ。僕は良い名前だと思うよ」

 

 陽太の中で講師の評価がぐーんと上がった瞬間だった。


「シロくん、クロくん。僕の名前は霧島というんだ。よろしくね」

 

 挨拶とばかりに両手頭を撫でた。

 

「わう」

「ほう」


 クロとシロはこくりと頷きながら霧島の撫でを受け入れる。

 

 いつもそれくらい素直だとありがたいんだけどな、と陽太は苦笑した。

 

「さて、陽太くんの教育なんだけど」

 

 こちらを見た霧島に、姿勢を正す。

 

「先任の人間に頼むことになった」

「先任、ですか?」

「君の先輩ってことさ。その子も特待生で入ってきた子でもある。もちろん既に『資格』は持っているプロだ」

「そんな人に教えて貰えるんですか?」

 

 え、本当にタダなの?

 教育費とかと取られたりしない?

 

 基本的に金欠症の陽太は、少しでもお金に絡みそうな可能性があると懐を気にする悲しい癖があった。

 

「もちろん。君に期待しているからこそ、ここまでのことは当然するよ。お金など取らないし、この子たちに必要な魔石は君に全て渡そう」

「…霧島先生…!」

 

――この先生は信頼できる人だ!

 

 陽太の中で霧島の株はストップ高だ。

 

「あ、それ以外はその子の報酬になるのでそれは理解してほしい」

「はい!当然です!で、その先任の方はこれから会えるんですか?」

「この後待ち合わせしてあるから後で待ち合わせ場所を教えよう」

「ありがとうございます!何から何まですみません!」

 

 陽太は深く頭を下げた。

 

「いやいや、この程度なんてことないさ」

 

 ハハハと笑う霧島に、陽太もつられて笑った。

 

「あ、そうそう。ひとつだけ注意点があってね」

「はい、なんでしょう?」

「その子が少し問題児でね。大変だと思うが頼むね?君の内申書にはコミュ力が高いと買いてあったし、上手いことやって欲しい。いやー本当は僕のやるべきことなんだが、僕のような年寄りより若い子の方が気が合うだろうしね!僕は研究に集中出来て、君は魔石を手に入れることが出来る!まさしくこういう関係をWin-Winと」

「クロやれ」

「がう」

「あ痛ったーー!!!??」

 

 悲鳴を上げると同時に株を下げた霧島を、陽太は冷たい目で見ていた。


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『NW』



『新世界』と発売されたこの商品は最初こそただの高いゲーム機扱いではあったが、早い段階で携帯会社が目を付け共同開発を行い、おしゃれな眼鏡の形をした新しいNWが発売され、それは爆発的に世界に広まった。

昨今ではコンタクトタイプが主流で、眼鏡タイプの人は“機械を体内に入れるなんてありえない!”と考える『古い感覚』を持った方に多い。

現在で言えば50代以上の方にその感覚を持つ方は多い。

1人1台は持つのは義務であり、外出中に持たずにいることは罰金の対象にもなる。

NWのせいでこんな世の中になったと言う人も少数派ではあるが一定数いる。しかし、NWは実質被害者であり、普及率に目を付けて利用されただけである。

何かのせいにするのは結構だが、NWのおかげで今生活できていることを私たちは忘れてはいけない。



参考文献

NW革命とは

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