第11話進化

 霧島の話を聞いた後、前回と同じ手順で魔石を貰ってきた陽太は、霧島の指令通り魔石を惜しみなく与えた。


 今回は研究のためということなので、陽太は安心して魔石を与えることが出来た。


 が、目の前で自分の高校時代一年分の稼ぎが1日で消えていくことに、なんとも言えない感情が込み上げてきて深いため息をついた。

 

 2人はそれぞれ1日で15キロほどの魔石を食べた。


研究のため、1キロごとに魔石に戻し写真を撮って記録をすると、その成果は分かりやすかった。

 

一枚ごと薄く色づいていってるのがよくわかり、最後の写真ではくっきりと色がわかるようになっていた。

 

 そして二日目。

 

 その日、クロとシロは目覚めてから様子がおかしかった。

 首を捻ったり、無闇にジャンプしてみたり、ゴロゴロと床に寝転んでみたり、まるで身体の中の何かがむず痒いかのように壁に身体を擦ってみたり。


その妙な行動の全ては進化の予兆動作だった。


「これってなんでこんな動きするんですかね?」

 

 シロは床に寝そべりながら羽ばたき、クロはジャンプしては寝転るを無意味に繰り返している。

 朝早くから陽太達は霧島の研究室にいた。

 進化の予兆段階を報告したら霧島にぜひ来てほしいと頼まれたからだ。陽太の家では手狭になる可能性もあったので、陽太はこの提案に二つ返事で答えた。

 

 進化で大きくなることを考え、テーブルや椅子などを端に寄せ、部屋には広いスペースが出来ていた。

 

「それじゃあ一つ講義をしようか」

 

 端に寄せられた椅子に座りながら、のほほんと陽太達を眺めていた霧島が言う。

 

「進化すると当然、肉体に変化が起きる。しかし変化が起きるのは肉体だけではない」

「魔石の変化、ですね」

「その通り。魔石の色が変化したり、大きくなったりする。人間で言えば成長痛に近いかもしれない。痛みはないみたいだけどね」

 

 霧島と話していると、クロが体当たりとばかりに陽太に飛び込んできた。しかし陽太も慣れたもので、さっと受け止めた後、顎下を撫で始めるとクロは気持ち良さそうに目を細めた。

 

「魔石が大きくなる。それは彼らの核であり命の源だ。それが変化するのは、つまり単純に気持ちが悪いんだ。僕らも心臓が勝手に心拍数を異常に上げたら気持ち悪いだろう?」

 

 シロが回転しながら陽太目掛けて突撃してくるが、陽太は慣れた手つきでわしっと頭を掴みクロと同じように撫で始めるとトロンと目を細めた。

 

「人間で言えば骨が痒いという感覚に近いんだと思う。痒いのだがどこが痒いのか分からなくてイライラして、ストレス発散のためにそのような行動を取るんじゃないかと言うのが通説だね」

「こうやって無闇に突撃してくるのも?」

「うん。それも一種の発散だね落ち着かないからジャレついたり、また離れたりと、進化するまではこの状態が続くから、まぁ根気強く行こうか」

「はい」

 

 クロは陽太に撫でられっぱなしだが、シロはもうその手を離れ部屋中に飛びついては止まりを繰り返し、自由に飛び回っていた。

 本来なら叱るべき行動だが、今回は何も言うまい。

 陽太は最初の進化の時もこんなだったなぁと思い出しながら眺めていた。

 

「失礼します」

 

 少し時間が経った後、進化の話を聞きつけた淡墨が華を連れてやってきた。

 

「多分まだかなと思って、お弁当作ってきたんですがどうですか?」

「おお、それはありがたいね」

「すみません華さん。ご馳走になります」

 

 頭を下げる陽太に、華は笑って言う。

 

「いいのよ。お祝い事だしね。見学させてもらえるお礼も兼ねてるんだから」

 

 そう言いながらテキパキと研究室内で少し早いお昼ご飯の準備を始めた。

 現代において進化する日は特別な日で、そしてお祝いの日なのだ。

 華がわざわざ淡墨についてきて研究室にまでお邪魔してきたのも、その貴重な日を見学しにきたちょっとした野次馬根性ともいえる。

 陽太の家族も来たがっていたが、今回は陽太の仕事の一環でもあるので、霧島の研究を優先させてもらった。

 代わりに映像は常に共有しているので、いつでも見れるだろう。

 

 クロとシロは今日はご飯もいらないようで、あげようとしても首をフルフルと横に振るばかりだ。

 陽太は自分だけ食事するのを申し訳なくも思いながら、華の作ってくれたおにぎりにかぶりついた。


♦︎♢♦︎♢


 それから1時間後。

 ようやくお昼の時間となった時に、クロを撫でている途中で急に立ち上り、陽太達から距離をとった。

 

「お!」

 

 来たか!

 陽太は待望の瞬間が来たかと目を輝かせた。

 シロはまだのようで、華の豊満な胸に顔を埋めて羽をワサワサさせている。

 華は笑顔で可愛いわね〜と言っているのだが、陽太は後で引っ叩いてやろうと思った。と言うか決めた。

 そんなアホなシロから目を離し、クロを見つめるとクロは目を瞑り、全身の毛を逆立てて

 

「ウォンッ」

 

 と声を上げた後、身体が光り始めた。

 進化の瞬間である。

 

「きたきた!」

「さぁどうなる!?」

 

 霧島と淡墨が声を上げる中、陽太は歓喜の瞬間に涙が出そうになるのをグッと堪えていた。

 

 陽太はいつも想像していた。

 

 クロとシロが進化したらどうなるのかと。


 夢枕で何度も見たし、何度も妄想した。

 どれくらい大きくなるのか、クロは狼だから俊敏性に富んだ進化を遂げるのか、はたまた属性を強く持って進化するのか。シロは頭が良いからそれを活かした進化をするんじゃないか。


 

 いつも寝る前に想像した。


 

 10年近くのもの間、毎日飽きもせずに。


 

 その妄想が、現実に。

 その瞬間が今、ようやく目の前に。




『黒狼』

 

 それがクロの、魔石生物と言うゲームが名付けた個体名称である。

 そして説明の欄には、ただ一言黒い狼と書かれており、陽太はそれを見た時に思った。

 このゲーム、さては適当だな、と。


 そして今。

 

 目の前のクロの個体名称は、黒炎狼こくえんろう

 

 その姿は、圧巻の一言だった。

 

 その体長は目算でも2メートルを軽く超えている。

 体格もがっしりしており、陽太を乗せて移動することも可能だろう。

 クロと名付けられた由来の黒い毛皮は、根本の黒から毛先が熱した鉄のような光るオレンジ色に変化し、綺麗なグラデーションで美しく染まっていた。

 火の鱗粉を纏ったその姿は幻想的で、神話に出てくるような生物に見えた。

 瞳もピンク色だったのが濃くなり、真紅に染まっている。

 

 美しく、そして逞しい進化だった。

 

 陽太が想像したどの進化よりも、最高の進化だった。


 その赤い瞳が陽太を真っ直ぐ見つめている。

 自然と陽太はクロに向かって歩き出すと、火の鱗粉が消え、体毛がスッと黒い色に戻った。どうやら自分で制御できるらしい。

 

 近づいて頭からスゥっと顎まで撫でる。

 さっきまでは掌で顔全体を撫でられたのに、今は掌どころか腕を使わなければならなかった。

 

「ははっ」

 

 それがたまらなく、嬉しかった。

 

「おめでとう!クロ!」

「ヴァウ!」

 

 身体が大きくなったことで、声も低くなり野太くなった。

 

「でっかくなったなぁ!さっきの赤い毛めっちゃ綺麗だったな!」

 

 身体中を撫で回すとクロは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「ヴォンッ」

 と毛皮が先程の黒と赤のグラデーションに変化し、それを纏うように火の鱗粉が舞い始める。

 火の鱗粉は陽太に触れる前にスッと消えていった。撫でた毛はいつもより熱く感じたので、クロはその毛に炎を纏えるタイプなのかもしれない。

 

「よく頑張ったな!偉いぞ!」

「ヴァオン〜」

 

 とても低い声で甘えた声を出すクロが可愛らしく、撫でていたらクロがのしかかってきた。

 流石にその重さには陽太も耐えることが出来ず、そのまま押し倒されてしまう。

 

「ははははは!」

 

 それでも陽太は楽しそうに笑っていた。

 そしてのしかかられ、クロの下敷きになっている陽太の上にシロが飛んできた。

 

「ホウホウ」

「ヴォン」

 

 2人は言葉を交わしている。

 それを陽太は、流石に重くなったなぁ、と思いつつ大きくなったクロの耳をフサフサと楽しんでいた。

 会話を終えたあと、シロが陽太に目を向ける。

 

「ホホーウ!」

 

 ぴょんっとクロの頭に飛び乗り、翼を自分の頭上まで高く上げた。

 

 そのままカッと光り輝き、シロの進化も始まる。

 クロのように光がほとんど大きくはならなかったが、クロの時よりも輝き方が眩しかった。

 眩しさに目を細めながらも、陽太は決して目を瞑ることなく最後まで見届けた。

 

 光が収まり、シロの姿がはっきり見えてくると、その姿はクロほどの変化はなかった。


 ちなみに。

 

 クロが黒狼だったのと同じように、シロにも個体名称がある。

 その名も『白木兎みみずく』。

 説明欄には一言、白い木兎。

 陽太はその時思った。

 このゲーム絶対適当やってんな、と。


 そして。

 今のシロの個体名称は白碧木菟びゃくへきみみずく

 体格は2回り大きくなったが、まだ陽太の両手にも抱えられるほどで、普通の木菟と比べるとまだまだ小さいサイズ感だ。

 変化したのは瞳の色。淡い青色だったのが、深い海のような濃紺の青に染まっており、その瞳は光に反射して美しかった。

 また、爪も瞳のように青く染まっている。

 クロは毛の色も変化していたが、シロの羽毛の色に変化はなく、白のままだった。より純白さが増したように見えるのは、親心だろうか。

 羽毛のもふもふ感というか、羽根の質感がより艶やかになったようにも見える。

 羽の中で唯一羽角うかくだけは蒼く染まっていた。

 陽太が立ち上がり、シロに近寄ろうとするとシロの方から飛んで来た。いつも通り反射的に手を出し乗せようとするが、いつもは指でも乗れたのに指では載せ切れないほどに大きくなっていた。

 シロもそれを察して指に乗りかけたが、腕に足を絡ませて止まった。

 ずっしりと感じた重みが、シロの進化を確かに感じる。クロほどの身体的進化はないが、シロも大きくなった。

 もう片方の手でシロの首辺りを撫でると目を細めて気持ちよさそうにほう、と鳴いた。

 

「大きくなったなぁ、シロ。瞳の色すっごい綺麗だぞ」

「ほぅ」

「羽ももふもふだ。ふっかふかで気持ちいいな」

「ほほぅ」

 

 シロを撫でていると、立ち上がったクロが、陽太に自分も撫でろとばかりに陽太の背中に頭を押し付けてくる。

 大きくなっても変わらないな、と陽太は微笑みつつクロの頭を撫でる。

 するとその背中から拍手が聞こえた。

 はっと思い出したように振り向くと淡墨は優しく、霧島はうんうんと頷きながら大きな拍手をしてくれていた。


 華などは涙を流しながら笑っていた。

 映像を共有していた家族からもお祝いのメッセージが次々に届き、これには陽太も堪え切れずに嬉しくて涙を流した。

 

 大学生になってから泣きっぱなしだと思いながらも、そこに恥いることは何一つなかった。

 

 陽太の人生においてその日は、一生忘れられない思い出の日になった。


_________________________________


『進化の種類』


進化の仕方は、大まかに分けて三種類ある。

まずは普通の『成長進化』。

成長に応じて単純に進化することが多い。

食べる量や、運動量、そして知育も必要だ。少なくとも普通に生活していればある程度は進化する。人間においての成長と同じだと仮定している。

次に『特化進化』。

自分の長所、又は短所を補うかのように著しい成長を遂げた進化のことを指す。

あるものは火の能力が強くなり、あるものは爪が研ぎ澄まされた刀のような切れ味となる。または鈍重な生物が素早くなったりすることもあり、その魔石生物のそれぞれの個体の“願い”がある程度反映されるというのが最近の主流だ。

最後に全くもって不明瞭な『感情進化』。

意志進化、などと呼ぶこともあるが、魔石生物が自分の主人の危機や、自分にどうしようも出来ない事態に置いて、急激な変体を総称している。

都合の良い進化で、自分の命や主人が脅かされた時に急激に強くなる。この場合は特化する場合もあるが、その現状をなんとかするために進化することが多い。

最近のでいうと、雪山のシンボルエリアにて遭難した際、低体温症となり命の危機にあった主人を救う為に、身体が大きく進化して救ったという事例がある。

以上が大きく分類した3つの進化だ。

しかしあまり知られていないが魔石生物の進化にはもう1つある。

魔石生物自身に多大なる負荷、ストレス、影響を及ぼした際に起こる進化なので、真っ当な進化ではない。

私はこれを進化と定義したくない。

定義しない。



魔石生物の進化についてのレポート

霧島茂

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