51 停戦へ

 クィリナリスのスパイマスターの予言は悉く的中した。

 ヤンはミン一族からの提案があったこととその対応策を帝国軍最高司令官に、父である帝国皇帝に上奏した。

「いいではないか」

 皇帝は二つ返事でこれを裁可した。

 あまりにあっさりと許可が下り、ホッとしすぎて腰が抜け、気も抜けかけたヤンに、父帝は言った。

「ヤン。安心するのはまだだ。この責任は重いぞ。だが、相手との話の結果がどうなるかはともかく、お前の自由にやってみなさい。頼むぞ、ヤン!」

 父はその肩に担った重い責任の一部をヤンに肩代わりさせるとともに、同時に優しく包んでくれもしたのだった。父の深い愛情を感じ、ヤンは期待に応えるべく身体を奮い立たせた。

 これでこの停戦期間中は思うように事を運ぶことが出来る。

 彼の中に新たな闘志が湧き、疲れもいつしか吹き飛んだ。

「ありがとうございます、陛下!」

 


 まず、内閣府と統合参謀本部の命により、帝国全域で使用される無線機の周波数が一斉に変更された。その知らせは最前線である第三軍のナイグンとアルムに立て籠もる空挺部隊にも暗号で伝えられた。この措置によって、敵に奪われた無線機はもう役に立たなくなった。

 アイホー東にある第三軍機甲部隊の司令部で、リヨンは旧周波数による最後の通信を試みた。

「『マーキュリー』より、『鵺(ぬえ)』、聞こえるか?」

 ズズ・・・。

「こちら、『鵺』」

 レイが教えた通りに通信機を操作できたのを知って、リヨンは安堵した。

「明日午前10時丁度に、アイホーの貴軍の陣地に一発の砲弾を送る。弾体の中に交渉のための停戦条件を記した書簡を同封する。貴軍が内容について承諾できれば交渉の場を設け、その間は停戦に合意する。わかったか」

「了解した」

「参考までに言うが、わが軍はすでに全ての周波数を変えた。それは毎日ランダムに変わる。あと一日ほどでそのラジオのバッテリーも切れる。無線での連絡はこれが最後になる」

「・・・わかった」

「では交信を終わる」

 


 レイはナイグンのアジトで無線機の電源を切った。

「おい! 誰かある!」

 すぐに手下が現れた。

「お呼びですか、頭(かしら)」

「アイホーに使いを出せ。早馬でだ。明日の朝、一切の攻撃を止めて敵陣から来る一発の砲弾を待て、と」

「一発の砲弾、ですか」

「そうだ。我も明日の朝までにアイホーに向かう。ただの一兵、ただの一発と言えども反撃は厳禁する。命に服さず勝手に銃や砲を撃った者は首を切る。そう伝えろ」

「かしこまりました、頭!」

「では、行け!」

 手下が出て行き、すぐに馬の嘶きが聞こえ蹄の音が遠ざかって行った。

 昨日の夕方から無線機がものを言わなくなったのはわかっていた。それまで特にアイホーを攻略する敵の部隊の通信が喧しかったが、最後に長い数字の羅列が行われ、それ以降沈黙したままになっていた。やはり、形だけ帝国から盗みマネてもダメなのだと痛感した。ハードではなく、ソフトの重要性を今更ながらに思い知った。

 帝国は反応が早い。あの男を解放した結果がこうしてすでに表れていた。だがいつまでも彼をここに置いておいても状況に変化をもたらさないし、イザとなれば自死する気概を持った男であることは直接相対して十分に知れた。殺すよりも生かして使えば未来のためになる。わがミン一族にとっての、ではあるけれど。

 捕虜はある目的のために解放した。すでにミンの里の父には伝えてあった。その返事を待っているところだが、恐らく父はこの停戦に同意するだろう。

 だが・・・。とレイは思った。

 帝国は恐ろしく強かで手強い。

 片手でいくさをし、もう片手で握手をするなど、そんなムシの良い言い分を帝国が受け入れるはずはないのではないか。ミカサに潜伏していたあの若い女武芸者と相まみえ、彼女に計画を潰されて以降は特にそう思うことが増えた。

 レイは自分の両の腕を卓の上に載せ見比べた。

「我にはもう、右手が無いのですよ、父上・・・」

 アジトの一室で、レイは独り言ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る