38 ヤヨイ、危機一髪!

「覗き魔」から、小隊全員無事降下、との無線報告を受けたカーツ大尉は、「マルス」を含む6個小隊、『フェット』『鍛冶屋』『道化師』『詐欺師』『覗き魔』、言わば「東」中隊に出発命令を下した。目指すは橋の北西にある丘。各小隊はそれぞれ2人一組になって重火器や弾薬食料の入ったコンテナを運びつつ、丘を目指した。

 がっしりした体躯のグレタの背負う大型の携帯用無線機のレシーバーをかけていたカーツは、「西」中隊を指揮するヨハンセン中尉から入った報告に刹那顔を曇らせた。

「・・・そうか。では30分だけ手分けしてもう一度辺りを捜索して見ろ。その後予定通り丘の西側に待機して指示を待て。負傷者はとにかく痛み止めを打ってガマンさせるしかないな。では、頼むぞ」

「被害が、出ましたか」

 ヤヨイは訊いた。

「まあ、予想されたことではあるが、連隊も兵たちも初降下で370名中負傷1、行方不明1だけというのは奇跡に近い。むしろ幸先がいいと言えるかもしれない。兵たちがこれでもかと降下訓練に明け暮れたお陰かもな」

「学者」大隊長はあくまでも冷静で前向きな人だった。そういう点がグールド大佐に買われ大隊を任せられたのだろう。これは戦争であり、リセの校外活動ではないのだから。

 でも、自分だったら兵を見捨てるなんてムリかも。とヤヨイは思った。

 連隊司令部であるグールドに大隊の降下完了と損害を報告した。

「ご苦労だった。初めての実戦降下で損害が2名だけとは素晴らしい! 敵情はどうだ?」

「現在までのところ敵影はありません。ですが、これだけハデに降下しましたからマークはされていると思われます。これより所定の作戦行動に移り、今日中に拠点確保を行います」

「頑張れ。こちらは半島の南からの敗残兵が多少いた程度で済んだ。すでに拠点は確保して防衛体制を敷いた。だが気になるのはむしろ北だな。そちらも気を付けろ」

「了解しました。北方への警戒を加味します。では行きます。アウト」

 丘への途中まで「東」を担当する5個小隊と共に移動。そこからは「マルス」だけが丘を攻略するために前進した。待機する5個小隊はそれぞれ2門、合計10門の大口径グラナトヴェルファーをその場に設置、丘に向けて照準した。大隊長の攻撃命令一下、この10門が一斉に火を噴き、丘の頂上めがけて迫撃弾を集中させる。あのレオン少尉と共に行った青い野蛮人への威力偵察の攻撃を数倍超える大火力だった。

 ヤヨイは「マルス」の子たちを従え、カーツ大尉と共に丘を目指した。丘はさして高くはなかった。標高60から70メートルほどであろうか。

 このナイグンの橋を攻略するにあたりカーツが最初の作戦行動としてこの丘の占拠を計画したのには理由がある。

 航空偵察ではこの低い丘が北西方面から来るであろう敵の中央からの増援部隊を牽制する絶好の位置にあり、かつ、橋の両側の拠点攻略にもそれらを眼下に収め得る高さを持っていると思われたからである。

「辺り一面の平原に比べて珍しい山だな。もしかすると自然の地形ではなく、古代の古墳かもしれないな」

「地質学者」志望だったらしく、カーツは丘の全容を眺めてそんな感想を漏らした。それは丘というよりは雑木林を載せた独立した小山で、人が登れる登山道までついていた。カーツの見立ての通り、はるか遠い昔に何かの目的で盛られた山、と見ることもできた。

「コフン、ですか」

 ヤヨイはその意味が分からなかった。

「遠い昔の古代の重要人物の墓であるかもしれない、ということだ」

「ああ、なるほど」

 と、ヤヨイは思った。

「大尉。先行して様子を見ようと思います」

「そうだな。キミの合図で残りを率いて登る。援護しよう」

「では行きます。リーズル、ヴォルフガング、フリッツ、ついてきて!」

 ヤヨイは先頭に立って丘を登り始めた。

 飛行船に乗っていた時からの「楽しさ」は続いていた。いささか過剰なほどに。それがヤヨイを衝き動かし、丘を軽々と登らせていた。

 暢気に登山道を登るほどバカではなかった。丘には長い年月の間に浸食されたと思われる襞、小さな尾根が無数にあった。

 ヤヨイはその最初の一つの斜面の木の根や雑草を掴んでよじ登り、よっこいしょ、と尾根の上に顔を出した。

 そこに怯え切った、三角帽子の下にチャン軍曹やチェン少佐、そしてヤン閣下と同じ系列に属する東洋人の顔があり、いきなりコンニチワしてしまった。

「!」

 間髪入れずにドンッ、という音とヤヨイの左の耳を掠めるピュンッ、という空気を切り裂く音がした。チナ兵は眉間に風穴を開けられ、尾根の向こう側にもんどりうって落ちていった。

 ヤヨイはすぐに頭を下げ、後ろを振り返った。

 まだ煙の上がるライフルの槓桿を引いて空の薬莢を排出したリーズルがニヤニヤ笑っていた。

「小隊長殿。ウ・カ・ツ♡」

 ヤヨイは思わず顔を赤らめた。

「笑い事じゃないわ!」

 とリーズルは言った。

「小隊長殿はあたしたちの指揮官、旗印なんだから。作戦の初っ端にこんなに簡単に殺られちゃったら、あとがタイヘンです!」

 彼女の言う通りだった。

 反省するしかなかった。昂奮し過ぎていた自分を戒めねば・・・。

 でもお陰で、ヴォルフガングやフリッツたちのヤヨイを見る眼差しが少し、和らいだように思った。それまでは「アイゼネス・クロイツ(鉄十字章)の英雄」を見る畏敬の籠っていた目が、デートに遅れてきたことを申し訳なく思う優しい彼女を宥めるような、愛情の込められた眼差しに変わったような、そんな気がした。俗にシンパシーともいう。それはたゆまずして得られるものではない、指揮官として望ましい資質のひとつだった。

 ヤヨイも人間だ。至らないところは、たくさんある。その至らない部分を、シンパシーを感じた部下たちがきっと補ってくれるに違いない。

 ヤヨイは丘の手前で待機している大尉に手を挙げて合図した。

 カーツはそれでも慎重な指揮官だった。

「こりゃあ、少し掃除してからの方がいいようだぞ、やはり・・・」

 そしてヘッドセットのマイクに向かって指示した。

「『東』中隊、グラナトヴェルファー斉射。丘の上を焼き払え! 中腹にマルスがいる。気を付けろ」

「『フェット』了解!」

 すぐに背後からズバッ、ズバババン、と大口径の擲弾筒の発射音が聞こえた。

「みんな、伏せてっ!」

 背後のリーズルたちに指示し、自分も身を伏せた。

 10発の噴進弾が上空を飛び、ヤヨイのすぐ頭の上で盛大に炸裂した。大口径の擲弾の連続した大炸裂は、一連だけで丘の上の木々を薙ぎ倒し、草を焼き払い、小高い山の頂上は一瞬で燃えるハゲ山と化した。

「グラナトヴェルファー、射撃中止。どうやら、一連だけでいいようだ。あまりハデにぶっ放すとあとが大変だしな・・・」

 ヤヨイと違い、カーツはあくまでも冷静な指揮官だった。このあと「マルス」たちと共に丘に登り、他の部隊の市街地攻撃を観戦、指揮し、場合によっては援護せねばならないのだった。

 丘の中腹で大量の土砂に埋もれていた4人は爆撃が止んで身を起こした。皆、頭や背中に降り積もった土砂や雑草の切れ端を払い落とした。

「ペっぺっ。・・・ああ、耳がどうにかなりそ」

 凄まじい爆発の威力に、4人ともしばしボーっとお互いの顔を見合わせていた。

「さ、登りましょ」

 そこから頂上まではすぐだった。

 ヤヨイたちが到着した丘の頂上は見事に木々が無くなり、ぶすぶす焦げた草が燻る、吹きっ晒しの丸坊主になっていた。

 南を望むと目的地の橋がすぐ眼前にあった。

 左手背後から流れる川が景色を横切って右手奥のほうに流れている。左手奥の街道は土手を降りるとすぐ市街。右手奥の西岸もまた然りである。川は街のど真ん中を南に向かって流れ、街を二つに分けていた。この主要街道の橋以外にも南にいくつかの橋があるが、それらは木造りでとても重量のある車両の通行には適さないのが肉眼でもわかった。

「へえ、これがナイグンの橋か。意外に小さいわね」

 リーズルは肩の上にライフルの銃身を預け口の端で葉巻を咥えた。

 後ろを振り返り、ヤヨイは手を振った。丘の頂上を占拠した、の合図である。

 すぐにカーツ大尉が残りのマルス達を引き連れて登って来た。

 彼はヤヨイの隣に立つと双眼鏡で市街や橋や背後の今降下したばかりの田園地帯を一通りぐるっと見渡した。

 そして、言った。

「少し、気が変わった」

 彼はグレタの背中の無線機に寄った。

「『覗き魔』は予定を変更し丘の守備に当たれ。『でぶ』、他の『東』中隊を率いて当初の予定通り川を渡河し、北から拠点を目指せ。『西』中隊も前進を開始!」

 矢継ぎ早に命令を下した。

「ヴァインライヒ少尉。オレはこの丘が気に入った。この高さがあれば橋の両岸にも、予想される北西からの脅威にも対応できる!」

 と、「学者」は言った。


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