36 第一落下傘連隊、初降下開始!

 彼はもう居眠りなどはしていなかった。

「ウワーォ! ・・・スッゲー。カーックイイッ!」

 フォルカー・ハイネマン一等兵は高価なガラスをはめ込んだ丸い窓にほっぺたをくっつけるようにして船首の斜め先を眺め、歓声を上げていた。

 第一目標ゾマに降下する空挺部隊を載せたグライダーが一機、また一機と一番船から切り離され、薄い雲の下に降りていった。

 飛行船団は敵の高射砲を避けて高度を四千メートルほどに保っていた。外は右手に見えるチンメイ山脈の頂上ほどもある零下の気温。それに飛行船の居住区は与圧されていなかった。エンジンの排熱が送られてきているので酷寒ではなかったが、その小さな劇場ほどもある居住区に並べられた座席を埋め尽くした「学者大隊」約190名の兵たちの中には、うすら寒さにブルブル震えている兵もいた。その中にあっては、フォルカーは元気な方だった。ヤヨイの「マルス」小隊は、バカを集めた空挺部隊の中でもひと際「バカ度」が高かったかもしれない。

「ちょっと、あんた!」

 リーズルお得意の「ちょっとあんた!」が出た。彼女の、世話焼きの姉のような声を聞くと、緊張している兵たちも少し心を和ませ頬を緩めた。

「乱気流で揺れるかもって言われたでしょうが! 降下の前に天井に頭ぶつけて死ぬなんて間抜けすぎるわよ。遠足じゃないんだからね。ちゃんと席についてベルト締めてな! お子ちゃまかって!」

「だあーってさあ、こんなカックイーの見られるの、一生に一度かもしれないんスよ」

「そうね。あんたが天井に頭ぶつけて首の骨折ったり敵に撃たれて死ねば、そうなるわね」

 通信兵のグレタ・トラウドル上等兵は膝の上に無線機を抱えつつ、シニカルな目をフォルカーに向けた。一気に意気消沈したフォルカーは渋々席についてベルトを締めた。

 フリッツ・ローゼン上等兵は次第に近づいてくる降下に緊張しているのか目をキョロキョロさせていた。ヴォルフガング・クルッペ一等兵も飛行船が高度を上げていくまでは顔をピリピリ引きつらせていたが、その緊張が続かなくなったのか隣の席のビアンカ・エッケルト二等兵とヘルメットをくっつけるようにして、寝ていた。看護兵のクリスティーナ・エッセン兵長は緊張組らしい。口をへの字に曲げて、ムッツリと押し黙っていた。

 マルス小隊二人のパイロット、カール・ゲーテ上等兵とミシェル・ルグラン上等兵たちはすでにグライダーに乗り込み、機体各部の点検と積み込んだ荷物の固定のチェック、機器の調整に追われていた。

 二人のグライダーパイロットとヤヨイを除く全員が初めての空の旅になる。はしゃいだり緊張したりは無理もない、と思った。間際になって「怖いよー」と言い出す兵は今のところいなかった。それだけでも上等だと思った。なにしろ全員、実戦の降下はこれが初めてなのである。

 そんな兵たちを横目にしつつ、ヤヨイはカーツ大尉と共に通信機のレシーバーを分け合ってグールド大佐や各指揮官たちから入って来る無線に耳を澄ませていた。

「『きまぐれ』から『渡り鳥』。これより降下を開始します。一時通信を中断します」

 第一目標ソマに降下する二個中隊、「きまぐれ」大隊の指揮官ジークムント・アイゼナウ大尉の声が響いて来た。作戦中、空挺部隊の周波数は全て同じにしてある。だから他の部隊の通信も入って来るのだ。「渡り鳥」がこの落下傘連隊の司令部、グールド大佐のコールサインである。

「こちら『渡り鳥』。すでに『猟犬』が最初の獲物に食らいついたそうだ。予定では明日の夕方までには第一目標に到着するが、獲物に夢中になり過ぎてデートに遅れることもあるだろう。気長に、だが気を引き締めて行け」

「猟犬」は機甲部隊を指す。獰猛で任務に忠実な猟犬は、そこいらの雑魚には目もくれずただひたすらに目的の完遂、つまり最終目的地であるアルムの到達と攻略を目指すのだ。

「了解であります。もともと『きまぐれ』ですから、『彼女』が多少遅刻しても気にしません。では、行きます!」

 アイゼナウ大尉はウィットに富んだ返信を披露し、降下に入って行った。

 天気はほぼ晴天で地表は微風。降下にはおあつらえ向きの気象状況だ。一番船から切り離されたグライダー6機は滑空しながら次第に高度を下げていった。

 ゆっくりとディセント、高度を下げつつ、グライダー各機は次第にフォーメーションを組み、一番機を先頭に若干の間隔を取りながら斜め横に並んだ。にわか仕込みとはいえパイロットたちは皆なかなかの腕前をしていた。

 重量のあるグライダーは高度の維持が難しい。予定の高度に達する前に、早くも第一落下傘連隊初となる実戦降下、最初のパラシュートの花が咲いた。重さのためにその大きな翼端をやや反り気味にさせながら滑空するグライダー。その腹から続いて次々と白い花が咲いてはふんわりと舞い落ちて行く。

「きまぐれ」大隊の降下予定地点は広大な水田だった。もう稲刈りも終わって農閑期に入っているので泥だらけにはならずに済むだろう。無事6個小隊180名を吐き出したグライダーはゆっくりと翼を翻し、降下する兵たちを巻き込まぬよう少し離れた乾いた水田に車輪ではなく橇を付けた脚で着陸を試みる。

 中には着地の衝撃で一度二度田んぼの上をバンプする機もあったが、『きまぐれ』大隊6機のグライダーは全機無事着陸に成功した。幸先良いことこの上ない。

「『渡り鳥』から全機へ。『きまぐれ』は全機無事降下した。これから我らも降下する。

『学者』に伝達する。たった今機甲部隊から通信が入った。ナイグン北側の浅瀬の水深は膝下だそうだ。十分に渡河できる」

 それを聞いてカーツ大尉の口元が緩んだ。これで橋の「東」部隊が予定通り対岸に渡り作戦を展開できる。

「いいか、忘れるなお前たち。各拠点に分散してはいても、我らは皆『バカ』の血で結ばれている。無事作戦終了の暁には、オレがスブッラのレストランを借り切ってお前たちに死ぬほど食わせて飲ませてやる。オレの家を売ってでも、だ。それを楽しみに、気楽に行け。それでは一時交信を切る」

 スブッラに1000人も入れるレストランがあったかしら。

 そう思ったが、もちろん口には出さなかった。

 指揮官としての一つの形を、ヤヨイはその交信に見た。

「あるえーっ? あれ、帰っちゃうの?」

 フォルカーが素っ頓狂な声を上げた。

 見れば窓の向こうを一番船が回頭したと思う間に猛スピードで対航し、後ろへ飛び去って行ってしまった。ならんでプカプカ浮いているように見えた飛行船も、対航すればその相対速度は時速400キロを超える。ヤヨイが操縦した偵察機よりも速かった。

「そりゃお前、フツー用が済んだら帰るだろ」

 ヴォルフガングがまだピリピリ顔を引きつらせつつも、そう言った。

「あれあれ。アイツも帰っちゃうのか」

 二番船もまた船団の列を離れたが、ヤヨイたちの乗った船と航路を違えて南に向かった」

「ありゃ、アイホーに行く連隊長の大隊じゃないか。オレらはここからやや北に向かうんだもん。このバカでかい山脈を迂回する関係でここまで一緒だっただけだろ」

 怜悧なフリッツがキチンと解説してくれた。

 ヤヨイがいちいち説明しなくても、兵たちはみな自ずと答えを見出し、納得したりしている。それを小隊の女房役であるグレイが黙って見守り、兵たちが間違った時は正しい道に導いてくれる。そのありように、ヤヨイはそれまで感じることの無かった不思議な心地よさを覚え始めていた。

 居住区の前のドアが開き、飛行船の乗組員が顔を出した。

「大尉。そろそろお時間です」

 この飛行船の船長らしきパイロットがグライダー移乗の時が来たことを知らせてくれた。

「ありがとう、キャプテン。とてもいい乗り心地だった」

 カーツ大尉は落ち着いた笑顔で礼を言った。

「ご武運を、お祈りしております」

 船長に無言で頷くと、大尉はグレタが大事そうに抱えている無線機のヘッドセットのマイクを手にした。

「『学者』から『大工』、及び『優等生』へ。我々も降下準備に入ります。これにて交信を一時切ります」

「大工」はハーベ少佐の、「優等生」はヤヨイの乗った三番船とともにナイグンに向かっている四番船に乗っているヨハンセン中尉のコールサインだった。

「『優等生』より『学者』、了解しました。降下準備に入ります。アウト」

「『大工』から『学者』へ。『渡り鳥』が言った通りだ。演習だと思って気楽に行け。お互いに最善を尽くすとしよう。アウト」

 いざ戦場に向かうに際し昂奮するでもなく、平素の市井のおじさんのような落ち着き払ったハーベ少佐の語り口に、大尉も交信をモニターしていたヤヨイも心強さを覚えた。

 交信を終えた大尉はヤヨイと目を見合わせた。そして席を立ち、後ろの座席に居並ぶ200名弱の兵たちを見渡して、言った。

「では諸君。そろそろ、行くとしようか!」

「おおっ!」

『フェット(デブ)』『鍛冶屋』『道化師』『詐欺師』『覗き魔』、そしてヤヨイの『マルス』。各小隊の面々は大声で唱和した。そして一斉に席を立ち、居住区左右三基ずつ六基のステップに通じるドアを開け、それぞれのグライダーに移乗していった。

 高空の冷たい外気が音を立てて直接居住区に吹き込んできた。与圧はされていないから、吸いだされる恐れはない。各ドアにはそれぞれの小隊の下士官がつき、兵たちの最後に移乗することになっていた。

「行こうか、少尉」

「はい、大隊長殿」

「学者」と「マルス」も兵たちに交じってすでにカールとミシェルが乗り込んでいるグライダーに続くステップへと向かった。

「ウッヒャーッ! うひょうわーっ! ・・・スッゲーわ」

 先頭のリーズルに続いてステップに立ったフォルカーの、またまたお茶目な叫び声が上がった。

 飛行船の居住区のドアの外に一歩出ればそこはもう吹き曝しであった。肌を突きさす冷たい風以外何もなかった。薄い雲を見下ろす四千メートル上空の虚空が無限に広がっているだけだった。丸い地平線の上、さらに真上の空は青を通り越して蒼く見えるほどだった。ステップを一歩踏み外せばもう、終わりである。背中と腹の予備のパラシュートで降下はできるだろう。が、敵地のどまん中で仲間と逸れて孤立すれば、命の保障はない。

「いちいちうるさいわね、あんた! いい? 絶対燥ぐんじゃないわよ!」

 振り返った怖いおねえさんの一喝で、騒ぎ屋フォルカーも口を閉じた。

 他の兵たちもまた、ドアの外に出るとフォルカー同様に戦慄した。皆、手摺に掴まって一歩一歩ゆっくりと階段を降り、グライダーの背中に開いた暗い穴の中に入って行った。

 機内は窓がなく操縦席から漏れる外光だけが差し込んでいた。両側の壁に長いベンチが伸び、機体中央の床には持ち込んだ機銃やグラナトヴェルファー、コンテナ、全員分の背嚢が縦に長く置かれベルトで固定されていた。

 真っ先に機内に入ったリーズルが機体左側中ごろからやや後方のベンチの終端に掛け、

「みんな、入ったらサッサと座る。ベルトを忘れないようにね」

 ヘルメットの庇をあげて、続々と乗り込んでくる兵たちに言うとジャケットの胸のポケットに指を突っ込んで細い葉巻を取り出して吹き込む風の中、器用にマッチを擦りさっそく紫煙をスゥーッと吸い込んだ。

「ああ・・・。生き返ったわ」

 火気絶対厳禁の飛行船の中でずっとガマンをしていた彼女だった。そして煙を吐き出しつつ背嚢の中にある買い込んだ十日分の葉巻を思った。彼女は任務が長引くのを心配していた。パクリ上手のチナがリーズル愛用の葉巻もパクって作って売っててくれればいいんだけど・・・。

 ヤヨイは機内に乗り込むと真っ先にコクピットに行った。すでに操縦席に着いているカールとミシェルの肩を叩いて、

「お疲れ様。いよいよね。頼りにしてるわよ」

 声をかけた。遮光のための高価な軍用サングラスをかけた二人は共に後ろを振り向いて親指を突き立てて見せた。

 操縦席の前面の窓の向こうに目をやった。はるか前方の薄い雲の下にそれらしき市街が見えそうな気がした。

 最後に乗り込んできたグレイ曹長がコクコク頷きながら機内を見回し兵たちの頭数を数えた。

「よし、全員乗ったな。小隊長殿、全員乗機完了しました!」

 その声にキャビンに戻ったヤヨイもコクピットのすぐ後ろにいるカーツの隣に座りベルトを締めた。反対隣りには無線機を抱えたトラウドル上等兵がいる。

「大尉、全員乗機完了しました。離脱準備完了です」

「よし、各小隊を点呼せよ」

「はい」

 ヤヨイは無線機のヘッドセットを着けた。

「こちら、『学者』。各小隊、切り離し準備完了を報告せよ」

「『フェット』完了」

 その名前に似合わず、相変わらず小気味の良い小隊が真っ先に報告してきた。続いて『覗き魔』が、そして『鍛冶屋』『道化師』『詐欺師』と各小隊がグライダーの切り離し準備が完了したことを報告してきた。

「グート(Gut よろしい)!」

 カーツ大尉は顔を引き締め、ヤヨイに頷いた。

「各小隊、了解。ドア閉鎖」

 そう言ってヤヨイもまた、グライダーの背中の入り口から顔を覗かせている飛行船の乗組員に親指を立てた。切り離し準備完了の合図である。

「では、ドアを閉めます。Viva Imperium(帝国万歳)! 帝国に勝利のあらんことを!」

 乗り込んだ「マルス」小隊の兵たち全員が彼を見上げ親指を突き立てた。

 ドアが、閉じられた。

「『学者』より三番船へ。各小隊切り離し準備完了。いつでもどうぞ」

「三番船了解。それでは切り離します。皆さまに神々のご加護がありますように」

「ありがとう、船長。いい船旅でした。アウト」

 そしてヤヨイは交信を終え、グレタは目の前の床に通信機を下ろし、ベルトでしっかりと固定した。

「行くわよ、みんな!」

「おうっ!」

 各機のドアを閉めた乗組員たちが居住区に引き上げた。

 三番船の船長は操舵室の壁際に6つ並んだグライダーの切り離しレバーに手を掛け、胸に手を当て、最後方の左舷側六番機の切り離しレバーをガクン、と押し下げた。

 重量のあるグライダーはスーッと下に、後方に落ちてあっという間に遠ざかって行った。続いて五番、四番・・・。次々とグライダーたちが切り離されて後方に落ちていった。

 そして最後に「マルス」が切り離された。

 ガクンッ!

 一瞬だけ無重力状態が来たが、すぐにその大きな翼が風を受けて揚力を発生すると、グライダーは順調に滑空を続けていった。1キロほど北の上空でも「学者」大隊の残りの6機、ヨハンセン中尉指揮の6個小隊が順次切り離しを終えて滑空を始めた。そしてヤヨイたちの後方の5機と四番船から切り離されてきた6機、計12機のグライダーは空中で徐々に距離を詰め、先頭を飛ぶマルス機に従って編隊を組み始めた。

 落下傘降下はグライダー同士が密集し過ぎてもいけないが離れすぎてもいけなし時間差があり過ぎてもいけない。最適な距離とタイミングで降下できるよう、飛行船側とカールやミシェルたちグライダーパイロットたちがあらかじめ何度も図上シミュレーションを繰り返していたのをヤヨイは知っていた。だが、これが初めての本物のフォーメーションになる。パイロットたちは皆、上手くやっていた。

「すごいわね。尊敬しちゃう」

 同じパイロットとして気になってコクピットに立ち横の窓から編隊を見たヤヨイは思わず声を上げた。

「少尉。申し訳ないのですが操縦のジャマですので後ろに控えていてください」

 ミシェルから叱られ、ヤヨイはすぐに首をひっこめた。

「ゴメンなさい」

 そして席に戻り、ウリル少将の言葉をもう一度思い返した。

「いくさは一人の力ではどうにもならぬ。兵を頼れ、ヤヨイ。兵をして、『自分が援けねばこの指揮官はダメだ』そう思わせるのだ。そうすれば兵たちは本来の二倍も三倍もの働きをする。必ずだ。バカになれ、ヤヨイ。そして兵を頼るのだ」

 12機のグライダーは次第に高度を下げた。そして兵たちがツーンと来ている耳のためにツバを呑み込み始めた時、

「小隊長殿、そろそろ、予定空域です」

 カールがキャビンを振り返り、落ち着いた声で言った。ヤヨイはカーツ大尉と目を合わせ、頷いた。グレタが席を立ち、固定した無線機を操作した。ヤヨイはヘッドセットを通じて命令を伝えた。

「『学者』より各機へ。これより降下を開始する。ダイブ、ダイブ、ダイブ! ・・・アウト」

 そして機内のマルス小隊の面々を見渡して、言った。

「じゃあ、みんな。行くよ」

 そしてグレイ曹長にウン、と頷いた。

 曹長は席を立ってそこだけ椅子が無い壁の傍に着いた。

「お前たち。降下訓練を思い出して落ち着いてやれ。焦るな。各自、フック確認!」

 兵たちは皆左手に背中のパラシュートから伸びたベルトのフックを持った。

「分隊、フック掛け方!」

 左側の列の者たちが一斉に頭の上にあるバーにフックを掛けた。曹長は壁の握手を握ると真っ先に自分のフックをその握りにかけた。彼はパイロット以外の全員の降下を見届けた後、一番最後に飛び降りる。

「リーズルから降りる。では、行くぞ! 訓練を思い出せ! 五点着地を忘れるな! 脚、尻、腰、背中、肩だ! いいな?!」

 そして壁の一角の留め金を外し、思い切り、蹴とばした。

 薄い布と軽金属だけのドアは簡単に外れ吹き飛んでいった。途端に機内に外の猛烈な風が吹き込んできた。

「小隊、ダイブ、ダイブ、ダイブ!」

 まず最初にリーズルがニヤっと笑って飛び降りた。続いてフォルカー、ヴォルフガング、そしてビアンカ、フリッツたちが続いた。

 ヤヨイとカーツはコクピットに声をかけた。

「しっかりね。神々のご加護を!」

「頼むぞ!」

 そして機体後部に向かいフックを掛けた。

「曹長、後を頼みます!」

「了解しました、小隊長殿!」

 グレイの落ち着いた表情が頼もしく見えた。

 勢いよく、ドアの外に飛び出した。ヤヨイは、飛び降りた。

 バサササッ! ズウンッ!

 すぐにパラシュートが開き、ベルトが、内股と腰に食い込んだ。強烈な反動が来た。

 首を巡らし、周りを、上下を見まわした。

 下も、上も、そして北に続く空一面に12個小隊、約400輪の白い花が咲いていた。

 ヤヨイは緊張していた。

 だがそれまで北の野蛮人たちとの戦いやミカサでの戦いで感じていた緊張とは全く違っていた。

 ゾクゾクするのだ!

 身体中がゾクゾクして堪らなかった。

 ヤヨイは一人ではなかった。部下たちと、そして大勢の兵たちの一員としてこれまでにないほどの楽しさをも感じていた。それは愉快とか興味とかいうものとは、ちょっと違う、兵たちとの連帯感のなせる、どこか温かいもののように感じた。

 はるか向こうにナイグンの街を望みながら、ヤヨイはゆっくりと未知の戦場へ降りていった。

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