26 11月12日 第二軍、北の大都クンカーに至る
11月12日。早朝。
ついに第二軍の一部隊がクンカーの東の郊外にある丘の上に達した。
白い雪をうっすらと乗せた甍の波が続く街並みは明らかに帝国の街々とは異質の趣を見せていた。
数十門の長距離砲が移動を終え、配置に着いた。
「ファイエル!」
恐るべき破壊力がついにチナ第三の都市であるクンカーに放たれた。
第三斉射ほどで、もう市街の一部に火の手が上がった。
やはりここでも大勢の避難民が歩兵の前線に大挙してやってきたが、第二軍のクンカー攻略担当部隊である第十六軍団の歩兵たちは、機関銃を彼ら彼女らの頭の上に威嚇射撃して追い返した。この街の人口は約40万ほどだというが、そんな人数を収容する施設があるわけもないし、命令は厳然としてあった。
ほぼ横一線で向かって来た帝国軍の背後に逃れる隙は、皆無だった。今回もまた避難民たちは皆元来た道をぞろぞろと引き返し、その姿が見えなくなるまでの間は長距離砲の砲撃が中断された。
そして・・・。
敵チナの主力と思われる一隊が燃え盛る市街を迂回して帝国陸軍の標準野砲である五十ミリ砲を撃って来たころから、この「対チナ戦役」がようやく本格の戦闘状態に入った。
つまり、本戦役の主役である第三軍進撃の時が、ようやく訪れたというわけだった。
最前線後方の第二軍司令部では、ハットン中将とその幕僚たちが各前線部隊から送られてくる戦闘詳報を吟味していた。
「ようやく敵の主力が出てきましたね」
「50ミリ砲は確認できましたが、わが軍の100ミリ榴弾砲に匹敵する砲は持っていないようです」
「もう一日現在の前線を維持してクンカー攻撃を続行し、明後日には市内の掃討に移りましょう」
「いや、どうにも腑に落ちないところがあるのだ」
ハットンはテーブルの上の地図と詳報の束とに目を落としながら首を傾げた。
「何か、ご懸念でも?」
参謀長が尋ねた。
ハットンはそれにはすぐには答えなかった。
「明日、前線を視察する。敵から来る風を肌で直に感じたいのだ。それを終えるまでは長距離砲の攻撃は街の手前までで留め、第十六軍団の歩兵部隊は陣地の守備に徹させた方がいいと思う」
ハットンは迷っていた。
どうも、敵の反応が鈍すぎる。
チナ有数の都市が攻略されようとしているのだ。もっともっと反撃が大きくならねばならないはず。できればチナ全軍の半数はこの身に引き受けたい。それほどの覚悟で臨んでいたのだ。そうすることで初めて、はるか南からこれから敵中に深く食い込んでゆく第三軍機甲部隊の進軍が容易になる。
準備会議ではモンゴメライ大将に反駁したハットンだったが、意見の相違のために全軍の方針を誤るような男ではなかった。ましてや、遺恨や私怨で大方針を曲げるような浅はかな人物ではない。彼は全軍の中で自軍の置かれている役割を正確に捉えていた。
第二軍は「囮」なのだ。
もっともっと、敵を引きつけたかったのだった。まだ敵が足りないと思った。
「視察後のことだが、最北方の第十七軍団を大きく北に纏回(じょうかい)させて先にクンカー郡部を攻略させてはどうか。敵に我々が「点」ではなく「面」だと思わせたいのだ。我々の包囲からクンカーを救わねばならんと、我々が本気で北からチナ全土を侵略しようとしていると思わせたいのだ。そのためにはクンカー中心部の攻略は後に残したい。もっと広範囲に、ハデに暴れまわりたいのだ」
「ですが司令官閣下、クンカー攻略に着手したら統合参謀本部に一報することになっております。通報はいたしますが、よろしいですね?」
それが当初からの申し合わせだからハットンに異議は差し挟めなかった。
どうも部下たちもモンゴメライ大将も、あまりにも通り一遍で功を焦り過ぎているような気がする。本来、いくさというものは、それではいかんのだが・・・。
ハットンは若い将官だったが、堅実な軍人でもあった。
第二軍のハットンと第三軍のモンゴメライ。この二人の相違はハットンが貴族であり、モンゴメライが平民出身であることに由来するかもしれない。
士官学校の優等生であり元老院に議席も持つハットンは功を焦る必要が無かった。彼は無理押しせずにセオリー通り、堅実に部隊を運営するのを好んだ。
対してモンゴメライは実績を積んで昇進を重ねてきた武人だった。もしかすると今回の戦役の功によって元老院入りを狙っているのでは、との噂もある人物だった。こうした堅実で慎重な貴族出と果敢で積極的な平民との葛藤、競合は帝国のいたるところで見られる風景だったが、この二人の場合はその典型だったかもしれない。
「通報はする。だが、敵情が思いのほか薄いことは第二軍の意見として是非付け加えてもらいたい。我が第十七軍団の郡部攻略で刺激された敵の増援部隊が現れるまで第三軍の進発は待つ方がいいとの意見も併せて付け加えて欲しい」
そうでないと、大局を誤る恐れがある。多分にある。
ハットンは、それを怖れていた。
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