第一章 レンタル軍人ヤヨイ
01 北の野蛮人ヤーノフ
帝都を数千キロ離れた、北の野蛮人の地。そろそろ初雪がちらつき始めるころ。
夜も明けきらぬ、朝未だ来。
シビル族の族長ピョートル・イリイチ・ヤーノフは、彼の2人の妻と6人の子供たちと寝入っているところを起こされた。
「ぞ、ぞ、ぞくちょうっ!」
見れば戸口に村の関の見張り役に置いていたイワンが青い肌をさらに青くして息せき切って立っているではないか。
「何事だイワン! こんな、朝っぱらから!」
2人の美しい金髪の妻はいずれもしどけない姿を晒すに忍びなく、上掛けで魅惑的な肌を隠した。
「てっ、て、てててっ・・・」
「落ち着かんか、イワン! いったい何がどうしたというのだ!」
子供たちの内最も大きな娘が瓶からすくった水を柄杓のままイワンに授けた。イワンはそれを喉を鳴らして飲み干すと、言った。
「て、帝国軍が、帝国軍が、攻めてきましたあっ!」
「・・・なんだと!」
ヤーノフは毛皮を引っ掴みイワンを突き飛ばして外に出た。
微かに響く、ドーン、ドーンという、あの一度聞いたら忘れられない忌まわしい帝国の爆裂弾の音。かつての悪夢を想い出し、身震いした。
「急ぎ村の者たちを起こせ、敵襲だ!」
村中に響き渡る大声で叫び、長く伸び切った髪を掻き毟りつつ、起き抜けで回らない頭を今何をすべきかを必死に考えた。
とにかくも、逃げる!
結局、それしか思い浮かばなかった。
裏の山、それでもダメなら、より北の奥深くに。帝国軍の兵士たちが身震いしそうなほどの凍てついた北の奥地へ。逃げるしかない!
だがここで、自らの立場を思い出した。
逃げるといってもどれぐらいの期間か。
季節は冬に向かっている。北に逃げるはいいが、食はどうするか。冬ごもりの食は一族総出で担いでも一冬越せるほどの量にはならない。
とにかくも、どれほどの軍勢が押し寄せているのか、この目で確かめねば!
「イワン、案内しろ!」
怯え切っているイワンの尻を叩いて、村はずれの関の向こう、山の谷を這い上ってどうにか南を望める高台に出た。
ヤーノフは息を呑んだ。
全身に怖気が走った。
夏前に仕掛けてきた帝国に散々に叩きのめされたオム族の話を伝え聞いたところでは、その勢力はせいぜい20を下回るものだったという。
「たった20にやり込められて逃げて来たというのか。しかも女子供を置き去りにしてか!」
オム族の腰抜けぶりを腹を抱えて嘲笑ったヤーノフだった。
それが・・・。
今彼が目にしているのはその数十倍数百倍にも達する大軍勢だった。帝国との国境の川を埋め尽くすほどの大部隊が、続々とこの北を、ヤーノフの立っている高台を目指して、進軍してくる!
その軍勢の中に閃光がいくつも見え、恐ろしい音が聞こえたかと思うと頭上を甲高い鳴き声を上げながら竜が駆け抜け、ヤーノフの背後で大地が炸裂した。
「み、み、皆殺しにされる!」
ヤーノフの頭にはもう、逃げるの一手しかなかった。食がどうであろうと、今この命を守らねばならぬ。
「ひ、引けーっ! 皆の者、北に、北に引くのだーっ!」
そう叫びつつ、村を挙げて朝靄の覚めやらぬ村を捨て、一族全てをとにかく北へ逃すだけで精一杯だった。
むろん、来年の春に計画していた南への侵攻など思いもよらぬ。
「来年は、いやこれは、再来年も無理かもしれぬな・・・」
逃げ支度の村人たちを急かせながら、ヤーノフは青い肌に冷たい汗を浮かべつつ暗澹たる思いで南の空を仰いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます