第3話 ようこそ、勇者様! 1

 side「勇者ヘレネ」


 よくわからないけれど、ボクはどこかに召喚されたらしい。

 気がついたらよく分からない力場に呑まれかけていて、抵抗したけど効果がなくて、意識が飛んだと思ったら、知らない広間に居た。


 目の前には、祭壇とその後ろに立つ覚えの無い女性を象った立像と、背後で太陽の光を受けて輝く豪華なステンドガラス。


 そして、私と立像をぐるりと囲むように存在する、キャソックや修道服の人々、数種類の柄の違う鎧を着た騎士達、そしてこちらもいくつかの柄のローブを被り、杖を持っている魔法使いのような連中。


 それらを確認しながらとりあえず、長らく収納魔法に入れていた聖剣(本物)を引っ張り出し、体に魔力を流す。


 誰がどんな目的でこんなことをしたのかは知らないけど、突然誘拐されてボーッとしているほど能天気ではない。


 頭の大部分を占めていた混乱が急激に冷めていき、戦闘のための思考に切り替わる。


 体が魔力により雷に近いものへと変質する。

 もともとそんなに長くない髪が腰まで伸び、金が交じる。


 魔力を込め過ぎたのか、体から溢れた魔力が小さな雷になってバチバチと周囲へ飛び散り、一際大きな雷がステンドガラスの方へ飛びんでガラスが砕け散った。


「知らない人達にあまり手荒な真似はしたくないから、素直に答えてくれると嬉しいな。ボクをここに喚んだのは誰?理由は何?」


『…』


「…」


『…』


「ちょっと。黙ってないで何か反応してく『…ワアアアアッッ!!!』うるさっ!」


 鼓膜が破れるかと思った。

 急に叫びだしたと思ったら、魔法使い達や騎士達は方を抱き合って泣いて喜んでいるし、聖職者達はボクと女の像を拝んでいる。

 こっちの話をこれっぽっちも聞いちゃいない。


 仕方がない。とりあえずちょっと痺れてもらって、一旦黙って貰おう。

 そう思ってボクが弱めの電撃を放とうとするとそれよりも早く、


「あなた達!静かにしなさい!勇者様がお困りです!」


 そう言って目が澄むような空色の髪で私と同い年くらいに見える女の子が騎士の間をこちらに進んできた。


 …それにしても、「勇者」ね。


 まぶたの裏にでっぷり太った貴族ブタたちが浮かんでくる。


 あいつらは今頃きっと、ボクがいなくなって顔を蒼くしているだろう。

 単独で魔族の将やノアを抑えられる僕がいないとあの戦役はそもそも成り立たないから。

 残された民達は少し気の毒だが本当にいい気味だ、そう思って薄ら笑っていると、目の前にはさっきの女の子。


 私達を拐った時の力場と同じように、すごく分かりにくい力で結界のようなものを張っているのが薄っすら感知できるけど、それでも現在進行形で石製の柱や床、天井を抉っているこの放電に真正面から向かってくるなんてなかなかの胆力だ。


「見知らぬ場所へと突然お呼びしてしまって申し訳ございません、勇者様。私、エルルゼ王国第二王女のアリアと申します。突然攫うような真似、お怒りはごもっともですがどうかそのお力を抑えていただけないでしょうか。私の首でお怒りが収まるのであればこの場で飛ばして頂いて構いません。」


決死の覚悟なのか、どこか必死さを浮かべながらこちらを見つめる王女様。


「…いや、なんか悲壮な顔してるけど、別に怒っては無いよ?突然攫われて警戒してるだけで。それに首なんか貰っても困るんだけど。王女様の首飛ばしても自体は好転しないし。」


「え?そう…なのですか?てっきり、お怒りなのかと…」


「いや?割とトラブルには慣れてるからね。どっちかっていうと今は怒りなんかより混乱とかが大部分かな。でも、申し訳無いけど力を抑えろってのは無理かな。」


「し、しかしこのままでは聖堂が壊れてしまいますっ!」


 それはそう。いい加減、力を抑えないと天井とか柱が危ない。

 普段はこんな電撃爆弾みたいな事にならないんだけど、なんかさっきから力の調節が難しいんだよね。

 魔法使いたちが結界を張って人への直撃は防いでいるようだけど、護られていない建物が雷でボロボロだ。

 とりあえず王女様を限り、害意がないというのは本当らしいから、力を抑えてあげたいのは山々なんだけど…



「う〜ん、そうなんだけどね。ここの人たちが僕にとって安全な人たちでもこの建物を囲んでる人たちがそうじゃなさそうだし。ていうかそもそも人かな?外にいる彼らは。」


 ほら。とガラスの割れた窓に指をさすと、


「え?外にいる…?囲んで…?…ッ!あれはっ!」


 ボクの言った事を繰り返しながら割れたガラスから外を見るなり、サァッと顔色を悪くする王女様。

 王女様につられて外を見た人たちの顔色も揃って青くなっている。

 そこにいたのは、割れたガラスから見える筈の夜空を隠す程夥しいおびただしい数の魔物たち。

 まるで夜空に輝く星の様に赤い目が瞬いている。

 

 ついにこの場にいる全員が奴らを認識したのだろう。

 先程までの空気が煙のように立ち消え、絶望が場を支配する。


「ッ!総員、戦闘態勢!これは、始めから予測された事態で、そのための我々だろう!非戦闘員を守りつつ、撤退!ここが山場だっ!切り抜けるぞ!死にたくなければ、動け!」


 王女様の少し後ろについてきていた、一際目立つ鎧を着たゴツい茶髪の男が発破をかけると、呆けていた魔法使いや騎士たちが反応し、ボク達を中心に素早く陣形を組む。


 騎士が動いたのを察知したのか、魔物たちの発する魔力が急速に高まっていく。

 うわ、分かっちゃいたけどすごい数だな、これ。


「魔術部隊!防御魔法展開!」


 かけ声と共に障壁が展開された次の瞬間、僕達の視界は建物を突き破って飛んできた色とりどりの魔法に染まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る