第2話 魔王様、魔王になる。(???)

「やっぱりだめか。顔動かないから蟲型の魔物は何考えてるかホントわかりにくいなぁ。ていうか強くね?コイツ。あれ何十回か連続で当たったら死ぬぞフル装備の俺。」


 腕を組んで頭が地面に着きそうな程仰け反った体勢のまま呟くノア。

 先程の攻撃、込められた魔力の量だけでいえばかなりのモノで、魔王城に置いてきたノアの本来の装備ですら、何度も当たれば無事ではいられない威力である。

 だが。

「まあ、でも威力だけだしなあ。大振りすぎるな、これじゃ。」


 体勢を戻して掲げられたノアの手と、いつの間にすぐ近くに来たのか蟷螂の振り下ろした鎌がぶつかり合い、ガギンッ!ととても生物から出る音ではないような金属音が鳴り響いた。

 蟷螂は鎌が止められたのを見ると、他の鎌も一斉に振り下ろしてきたが、鎌が当たる頃にはノアの姿は既に少し離れた枝の上であった。


「足音消すなら姿も消そうよ。蟷螂さん。魔力もダダ漏れだし。というより、考えるような頭は持ってないのか?攻撃大雑把だし、本能任せな気がするな。話しかけた意味無いじゃん。」


 キョロキョロとあたりを探す蟷螂に向かって飛び降りると、魔力を纏わせて右手を思い切り振り下ろす。


 蟷螂は少し遅れて気がついたらしい。鎌を交差させて防御の姿勢を見せるが、ノアの爪とそこに宿った魔力は、鎌ごと蟷螂の顔や身体を縦に叩き斬った。


「鬼族だけで十分だよ。あんな力任せの攻撃…あぁ、思い出すだけでも嫌になって来る…うん?」


 元の世界に居たバトルジャンキーおにの脳筋具合を思い出し、嫌な顔をしているとノアの足に何かが当たった。


 見てみると、ノアの頭よりも少し小さな水晶のようなものでできた球体だった。細部まで美しく磨き上げられ、光に反射してキラキラと輝いている。


「魔石…にしちゃあ一切魔力が無いな。何だ?これ。」


 とりあえず近くで観察するために持ち上げようとしたノア。

 …ここに未来の自分がいたら、ノアおのれをぶん殴ってでも止めただろう。絶対に。


「は?」


 水晶に直接ノアの指が触れた瞬間、水晶からまた、先の物と同じような謎の力が広がった。さらに、水晶の中から先程まで全く感じられなかった筈の魔力が凄まじい程に溢れ出した。


「またかよ!まーじで何なのこの力!しかも魔力多すぎだろ!」


 そう悪態をつき、水晶を手放そうとするも、まるで手と水晶が一体化したかのように離れない。


 球体のついたままの手をブンブンと振り回しながら、最悪腕を飛ばそうかと考え始めたその時。


〚生体情報の取得一部失敗。原因不明。当イレギュラーによる稼働時の問題発生は現状予測されません。未取得部分は後程再取得を試みます。継承を継続しますーーー新たなまおうを確認しました。遺産引き継ぎダンジョンリワークの為、まおうを制御層へと転送します。〛


「は?また転移?いやもういいって!ストー」


 と2つの声が響き、慌てるノアの姿はまたもや掻き消えるのだった。





 ⸺⸺⸺

 side「冒険者」

 

 先程までが戦場だったというのが嘘だったように静まり返った。


 数日前、俺たちを含め全7つのAランクパーティーは、自分たちならば倒せるだろうという根拠のない自信と英雄願望によって意気揚々とダンジョンに足を踏み入れた。

 魔王の直接侵攻など、150年前が最後。それ以降、ダンジョンから出てきた報告はない。

 ならば、今の魔王は外に出てこれるような強さを持っていないのではないか。それが今の通説であった。

 

 ダンジョンに入って始めのうちは、鬱蒼とした森と、そこかしこから飛んでくる蟲型による不意打ちや突然に茂みから飛び出したり、木を蹴って立体的な動きをする獣型の魔物たちに苦戦したが、慣れてくればそう強いものではない。

 周囲の木々は軒並み巨大で水分量が多く、延焼の心配をせずに奴らの弱点である炎魔法を使えるのも都合が良かった。

 だが、それは奴が現れるまでのたった2日だけだった。3日目の朝、唐突に仲間の首が撥ねられたのだ。


 いつの間にか真横にいた超巨大な蟷螂によって。



 それは、魔王もしくは魔王種とも呼ばれる本来の種族の枠を突き破った化物たち。人類を滅ぼすべく、迷宮を操る、そのうちの一体。

 


 四本の巨大で魔鋼よりも頑強な鎌と身体。膨大な魔力。そして何より、一切の音がしないのに、まるで姿が追えぬ程に高い機動力。 

 弱くなったなど、とんでもない。俺たちが何人いたところで全員の首が泣き別れにされるだけだろう。

 出てこなくなったのは、魔物による攻撃の方が効率がいいとされたとか、奴らの強さに起因しない、もっと他の理由があったのだろう。

 実際その腕が振るわれれば、狙われた仲間たちの命が一つ、また一つと散っていった。


 こちらの攻撃はその甲殻によって一切通らず、やつの飛ばす斬撃によって巻き起こる土煙や吹き飛ぶ木々と一緒にいつの間にか真横に現れ、首を飛ばそうとしてくる。

 恐らく元は影蟷螂アサシンマンティスであったであろう蟷螂型の魔王は、まるで人が蚊を殺すように俺達を殺し回った。


 はじめは36人いた合同パーティーは、撤退を考える時間もなく、あっという間に俺と残り数人になってしまった。

 この魔王は危険すぎる。

 己の浅慮を呪う前になんとしても、どうにかギルドへ情報を持ち帰らねばならない。


 息を潜めて念話で残り少ない仲間たちと相談していると、ふと探知範囲の限界ギリギリの上空に何かが現れた。

 魔王も、それに気がついたのだろう。

 周囲に無差別に放っていた攻撃を止めて上空を、正確には何かが現れるであろう樹冠の部分を見つめている。

 

 少しすると、枝を吹き飛ばしながら一人の男が飛び降りてきた。軽鎧を身に着けた若い男だが、目の前の魔王に気がつくとあろうことか、話しかけ出したのだ。

 相手は極少ない例外を除き、人類抹殺を地で行く魔王。

 

 当然、彼に向けて振るわれる刃。4つに別れるかと思ったが、何ともふざけた姿勢で回避し、やつの攻撃を酷評し出した。

 なんだよ、威力だけって。俺たちにとっちゃそれが一番ヤバイんだが。だが、その後の展開は男の言葉を裏付けるかのように一方的だった。


 恐ろしい量の魔力を掌に集めやつの攻撃を受け止めたと思ったら、いつの間にやら少し離れた木の上へ。そして、魔力を込めた爪撃であの馬鹿硬え鎌ごと奴をバラバラにしやがった。信じられねぇ。魔鋼や魔法を込めたミスリルすら防ぐ鎌を、素手って。

 

 魔力を光として探知する特殊な魔法を使う仲間の魔道士なんか、攻撃の瞬間の魔力で目が眩んでしばらくは見えないそうだ。目の前に太陽が現れたかと思ったと、そう呟いていた。

 さっきの魔王でさえ、少し眩しい程度だったらしいが。

 

 その割には攻撃の余波が少ないと思っていたら、魔王の後ろに俺達の仲間がいるのを知ってか知らずか、男がワザと攻撃範囲を限定していたらしい。あの量の魔力を余波が出ないレベルで制御できるとか、まじかよ。

 道理で、男から溢れているはずの魔力を感じないわけだ。


 ここまででも十分にとんでもない出来事だったのだが、こんなものは序の口に過ぎなかった。

 魔王の体から出てきた宝珠が転がり、それを男が拾ったのだ。

 

 あんなものは初めて見たが、その大きさからは考えられない程のとんでもない魔力と神力がいていた。

 信仰心の浅い俺では誰かの神力としかわからなかったが、神殿のいけ好かない僧侶によるといろんな神の力がごちゃまぜになっているらしい。

 多すぎて、僧侶にも分からんらしいが。

 

 それが、男の体を包み込むと同時、全員の頭に、衝撃の事実が流れてきた。

 なんでも、あの宝珠はダンジョンのコアで、今からダンジョンの引継ぎに入るらしい。


 …あの男が魔王を継承?!俺達を片手であしらうやつを更に片手であしらう化物が、魔王種になったというのだ。絶望以外の何者でもない。男が侵攻を始めれば、止められる戦力など地上には存在しない。


 魔力と神力の嵐が収まると、そこには何も残っていなかった。コアの話が本当であれば、あの男は魔王となり、我らの領域へと侵攻を開始するのだろう。昔の文献だと魔物の強さの上限は、魔王の強さによって決まるらしい。

 強ければ強いほど、配下の魔物の強さの限界値も上がっていくそうだ。

 俺たちでは、配下の魔物すら倒せないかもしれない。


 …今なら、まだ何とかなるかもしれない。奴の準備が整う前に、どうにかしなければ。

 ギルドにも、聖王国の上層部にも報告をしなければならない。


 それからすぐに俺たちは、証拠として魔王だったものの鎌と、仲間の遺品を担いで、ダンジョンを後にしたのだった。


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