異世界魔王、迷宮まおう()

さざなみ

第1話 異世界召喚!魔王様!

「行くぞっ!魔王ノア!」


「来るがいいっ!勇者ヘレネ!」


 大声で叫びながら、風を纏う剣と光る剣をぶつけ合う二人の力で、ガラガラと崩れ抉れる足場、吹き飛んでいく木々。

 勇者と魔王が全力でぶつかり、周囲にとてつもない被害が出ている‥ように見える。遠目では。


 実際は、剣を普通に打ち合わせたままお互いがそれっぽく適当に魔力を放出して、周りの物体をそれっぽく適当に破壊しているだけだ。

 ほら、二人を中心に出来るクレーターとか、放射状に砕ける足場とか、視覚的には最強同士の戦いって感じで非常にそれっぽい。


 本気で互いを殺すなら、ノアはその辺の剣に風を纏わせた風の剣なんか使わずに今は城の宝物庫に飾ってある魔剣と得意な魔法で避け先も息をつく間も作らずに薙ぎ払おうとするし、ヘレネも苦手な光魔法で作ったおもちゃの剣など捨て聖剣と雷魔法で文字通り目にも止まらぬ連撃を繰り出すだろう。

 というかそもそも、大声上げながら真正面から切りかかったりはしない。


 つまるところ、完全なお遊びレベルの戦いなのだ。これは。

 元からどちらも勝つ気はないし、いつも通り適当なところでお互い相打ちの振りをして撤退するだけ。

 そうすれば、二人に引っぱられて兵も引いていくし、力の余波でそこらじゅうズタボロになるからしばらくは戦闘が起こらない。

 なんなら一度戦場の恐ろしさを知った兵や市民の厭戦えんせんムードが高まってそのまま休戦になる戦場もある程だ。


 1年前、目の前の輝く白髪の勇者から持ちかけられた提案は、面白いほどに上手くいっていた。


 ノアがその時のことを思い返していると、勇者が整った顔でパチリとウインクをしてくる。

 どうやら、そろそろ終わりにするつもりらしい。鍔迫り合いを解いて、少し距離を取る。


「これで終わりだ!魔王!」


「来るがいい!勇者よ!貴様の力を見せてみよ!」


 勇者の背中から幾何学模様のはいったひし形の羽が3対伸び、光る剣が太陽のように輝き出す。

 魔王の背後には幾つもの竜巻が生まれ、束ねられた竜巻が魔王の掲げる剣に注がれると、こっちの剣も翡翠色に輝く。


 勇者の後ろには光が舞い、魔王の後ろには巨大な竜巻が浮かぶ。いかにも必殺技っぽい雰囲気を出す二人。

 だがその実、見た目と破壊範囲に魔力を割いた攻撃なので威力自体は低く(二人基準)、防御力が高い二人に当たっても浅い切り傷くらいしかできないが。


 あとはいつも通りなんちゃって必殺技をいい感じにぶつけ合って、二人とも少し怪我をして撤退である。


 そう、普段道りであればこれで終わったのだ。だが、今日は違った。


 雄叫びとともに放たれた二人の技、竜巻を圧縮した風の砲撃と光の魔力を込めた飛剣がぶつかりあった瞬間、爆発とともにまばゆい閃光と風と光の魔力の刃が周囲に弾けた。

 当然、二人にも刃や爆風が襲い来るはずなのだが、それらが二人に到達することはなかった。


((…ッ!?))


 二人が1拍遅れて異常に気がつく。

 即座に周囲へと感知系の魔法を使うと、二人ですら認識が難しいほどに認識阻害が施された何らかの力が、まるでボールのように二人を囲んでいた。


 即座に脱出を図ろうとするも、その力の球体は中心へと急激に萎み始めた。

 二人が魔力で抵抗しても、まるでザルに水を通すような感覚しか得られず、閃光が薄れる頃には二人ごと力場は収縮、消滅してしまうのだった。


 その後、勇者と魔王が消えた両陣営は大混乱に陥り、戦争どころではなくなった。

 それぞれの英雄を探して東奔西走。

 特に勇者という存在に依存していた人族側が、事態の原因究明に力を注いだため、戦争は一時の休戦となるのだった。




 ⸺⸺⸺


「全く、なんだってんだ。」

 腕を組んだまま、そう言いながら蒼穹を落下するノア。

 力場に呑まれた瞬間一瞬意識が飛び、気付いたらコレノーロープバンジーである。

 自分のを見ながら先程のことを思い返す。


 自分にも勇者にも感知できない何かが自分たちの周りに展開され、抵抗はまるっと無視して連れてこられた。

 少なくとも、魔力による召喚や強制転移の類は拒否できる筈である。

 持ち前の馬鹿みたいな量の魔力を解放して、自分の周りの魔法陣や魔法を吹き飛ばしてしまえば良い。

 勇者もそのくらいは出来るだろうし、先程実際にやっていた。

 だが、放った魔力はまるでなんの抵抗も無く力場を通り抜けていった。


 少なくとも、あの力場を形作っていた物は魔力ではないことは確定である。


(となると、気力か?だが、仙人達は人魔共に界を渡るまでの量は持っていないはず…。それに彼らは争いに無関係だし…聖職者共は腐敗しきってて論外だし…だとすればババァの神通力か?…いや、そもそも、あそこまで感知できない時点での世界にあった力では無いか。)


 そこまで考えていると、はるか下の方から魔力の高まりを感じた。

 随分と大きな魔力だが、巨大な魔物が暴れているのだろうか?

 生憎と眼下に広がる森の中で姿は見えないが。


「まあ、いいか。とりあえずの第一住民に聞き込みをしなきゃな。話通じるといいけど。」


 そう、ノアは異世界に召喚されていた。

 遥か前方の垂直に天へと伸びる巨大な壁は知らないし、何より普段はあれだけ付き纏ってくる眷属たちからの応答がない上、何かに断たれたように魂のつながりも希薄だ。


 だが、ノアはそう焦ってはいなかった。

 なぜならつながりは薄く、応答は無くとも眷属の位置はなんとなく把握できたから。


 次元の壁を超え、随分と遠くに来ているようだがノアの1月分程の魔力を貯め続ければ眷属達のいる座標へと転移魔法で帰れそうな距離ではあるのだ。



「ああ、勇者も拾って帰らないといけないか。あいつもこっちに来たっぽいし。あれ?剣どこ行った?」


 二人で同じ力場に呑まれたのだから、勇者もこっちに来ているのだろう。

 もはや友と呼べる程度には付き合いのある彼女を見捨てるのは忍びない。 

 ついでに、剣は没収らしい。


 そんなことを考えていると、ノアの体は地表の300mほど上まで落ちていた。

 地上では、先程からずっと何かが大暴れしているのだろう。

 四方八方へと魔力が走り、その度に木々と土煙が宙を舞っている。


 流石にこの勢いで頭から地表に墜落すればミンチになってしまうので、風を操り徐々に速度を落とし、森に突っ込む。


 眼下に広がる枝を風で切断、ついでに身体を1回転させて着地し、顔を上げたノア。

 すると目の前には随分凶悪な見た目の馬鹿デカイ蟷螂カマキリが。

 先程から感じている魔力の持ち主はコイツであった。

 森も蟷螂も、随分と物のスケールが大きいようで、木々は目算で低くても20−30m程度、蟷螂は10mはありそうである。


 そして蟷螂はというと四本の鎌と羽を広げ、こちらを威嚇していた。

 できれば色々な事を聞きたいのだが、その姿はとても会話などできそうなものではない。

 だが、人は見かけによらないとも言う事だし、年を経た魔物は言葉を理解する者も多い。

 というか、それらの魔物が進化したと呼ばれるのが今生きている魔族の祖達だ。

 蟲だから会話ができないと断ずるのは早計である。


「あの〜、すみまっせェェッン!!」

 まぁ、結果は案の定ではあったが。

 蟷螂の4本ある鎌のうち、上の二本が淡く輝き、振り抜くと同時に風と氷の刃が飛んできた。


 X字状に交差して迫るそれを、ブリッジして躱すノア。

 後ろに生える巨大な木々は薙ぎ倒され、森中に木々が倒れる音が鳴り響く。


 こうして、第一住人?とノアの邂逅は大失敗に終わったのだった。

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