第44話『光と闇に彷徨う二人の王子』 

 モルデールの町は朝を迎えた。朝から町は、ホグゴブリンたちは太鼓を叩き、タンクホルムに避難ひなんしていた住民も戻り、ヴァルガーデンの3軍隊の侵略しんりゃくからモルデール領内守った女領主アムと伝説のポジラーの再来・景男をたたえてお祭り騒ぎだ。


 ハルデン家の二階の窓から顔を出し領民に顔を見せた二人を町の住人と共存するホブゴブリンは、歓喜かんきにあふれている。


 住人にモルデールの勝利を伝えたアムと景男は、窓を閉めると二人顔を見合わせた。


「ポジラー様、本当にこの勝利を喜んでいいのでしょうか?」


 景男は、隣の部屋の扉を見て、「敵も味方もアリステロスさんの復活の呪文で、シリアスさんを除いて、皆、生き返った。でも、シリアスさんは出血多量で生死の狭間はざま彷徨さまよっている。オレたちは今回の勝利を素直には喜べないね」と、隣の部屋のドアを見つめる。


「でも、ポジラー様、この度の戦は、ヴァルガーデンの侵略しんりゃく戦争せんそう、私たちハルデン家には戦う意思はなかった。シリアス様のことは残念ですが、いわばヴァルガーデンの王ダークス卿の自業じごう自得じとくの結果なのではないですか。それに、王妃のマリーナ様が着きっきりで看病している様子をみると、あの二人にはかつて何かあったのではないかと勘繰かんぐってしまいます」


 と、そもそもシリアスとの婿入むこい話に乗り気でなかったアムは、どこか済々せいせいしたようなことを言う。


「そうかもしれないけど、アムちゃん。僕らは、モルデールの盾になってくれたシリアスさんの回復を願おう」





 隣室で、青い顔してベット寝かされているシリアスを、かたわらに立つマリーナがシリアスのひたいの汗を拭ってやり、祈るように懸命けんめいに手当てをしている。


 部屋の隅に陣取るヴァルダーが、レオン、セリーヌ、アランの騎士団長に不満を漏らす。


「お前たち、モルデールの女領主アムと、ヴァルガーデンの王子シリアス様の婿入りは、すべての騎士団長きしだんちょう承知しょうち事実じじつのはずだ。戦う必要のない戦いをどうして始めたのだ!」


 侵略軍の筆頭ひっとう団長だんちょうのレオンが、素直に頭を下げた。


「ヴァルダー様申し訳ない。我らは誰も王命おうめいに逆らえませんでした」


 ヴァルダーは、アランをにらみつけて、「お前には、若き頃より王が間違いを犯せば、命をけていさめよと教えておろう!」と直言する。


 アランは、口を真一文字にこらえて、「ヴァルダー様のおっしゃる通り、申し開きもありません」と頭を下げた。


 黙って聞いていたセリーヌが、「ヴァルダー様、この度の戦は”王の槍”様もご承知しょうちのことでございます」とこらえきれず打ち明けた。


 ヴァルダーの眉がくもる。


「トリスタンも承知しただと! あいつは”王の槍!の役目をどのように心得こころえているのだ」


 セリーヌは、うつむいて言った。


「トリスタン様ももちろんダークス卿に諫言かんげん(目上の人をいさめる言葉)いたしました。我らも同意でございます。ですが、ダークス卿は、ブラックの讒言ざんげん(人をおとしいれる。事実を捻じ曲げる進言)に乗り出兵し、そのブラックが破れて後戻りできなくなり、聞く耳を持たれませんでした。逆らえば、我らの家族かぞく郎党ろうとう皆殺みなごろしにしかねない剣幕けんまくにございました。申し訳ありません」


 ヴァルダーは、くやしそうに、「あの佞臣ねいしんブラックめ! いつかワシがらしめてやる」と怒りをどこにもぶつけることができず自分の腿を叩いた。


 窓から陽射がシリアスを照らした。


 微細びさいにシリアスのまぶたがピクリと動いた。


 マリーナは、わずかなシリアスの表情の変化に気がついて、眠るシリアスの胸元の手を力強く握った。


「シリアス様! シリアス様! お気を確かに!」


 シリアスは、うつろな目を静かに開いた。目の前には、シリアスの身を案じた最愛のひとマリーナが覗き込んでいる。


「若様が、お気を取り戻されたか!」


 ヴァルダーが、3人の騎士団長を押しのけて、シリアスの傍らに駆けつける。


 シリアスは、まだ微睡まどろむ意識の中、マリーナとヴァルダーを見定める。


 シリアスは、声にもならないかすれた声で、「私は生きる……」と呟いた。


 マリーナは、今にもあふれ出しそうな涙を堪えて、シリアスの手を強く握る。


「シリアス様……」


 シリアスは、今にも意識を失いそうな弱さながら、指先を少し動かしてマリーナの手を握り返す。


 ヴァルダーは、大きく頷いて、「若様、よくお戻りになられました」と、二人の握った手を強い力でしっかりと包み込んだ。




 その頃、ハルデン屋敷の地下にある薄暗い牢獄ろうごくに囚われて居た『漆黒しっこく騎士団長』ブラックが、牢番ろうばんに金貨を掴ませごくを出た。


「残りの金は、後日、お前がモルデールのド田舎いなかから、みやこヴァルガーデンへ逃れてきたとき、必ず渡すことを約束するゆへ心配いたすな」


 牢番は、ブラックが隠し持っていた金貨をめるように数えて、話ながら背中に回ったブラックに気がつかない。


 ブラックは、牢番の腰から短刀を引き抜くと、そのままグサリと牢番の背中を刺し殺した。


「人間は、身分みぶん不相応ふそうおうの金に誘惑ゆうわくされ欲を掻き身を亡ぼすのだ。死んであの世で自己おのれ器量きりょうを計り損ねた自分をうらめ」


 と、背中を刺された牢番を暗い足元に押し飛ばした。


「おい、その声は、ブラックではないか? 私だヴァルガーデンの正統なる皇太子のレオだ。すぐに助けてくれ!」


 廊下ろうかの一番奥の牢屋ろうやでレオの声がした。


 ブラックは、牢番の死体の腰からかぎをまさぐって、メンドクサそうに廊下の奥に歩いて行った。


 そこには、目隠しされ、後ろ手でくくられ、視覚と手の自由を奪われたレオが格子に顔を擦りつけんばかりに張り付いてブラックに助けを求めた。


「これは、これは、偉大なヴァルガーデンの皇太子レオ様ではございませんか。このような所でまさか再会するとは夢にも思いませなんだ」


「ブラック、頼むオレを助けてくれ!」


 ブラックは、少し間をもって、「もちろんです」と答えたが、牢番から得た鍵をジャラジャラ鳴らすだけで、一向にレオを助け出す素振りを見せない。


 レオは、あらぬ方向を見て、「ブラック。私を助けたら好きなだけ金をやろう」


 ブラックは、返事をせず鍵をジャラジャラ鳴らす。


 レオはまた違う方向を見て、「そうか、ブラック、お前はセリーヌに想いを寄せていたな。よし、金とセリーヌをくれてやろう」


 ブラックは、鍵を鳴らす手を止めて、「レオ様、ヴァルガーデンへ共に戻りましたら、この唯一ゆいいつ忠臣ちゅうしんブラックをレオ様の”王の槍”に任命いたして下されませぬか?」と交換こうかん条件じょうけんを口にした。


 レオは、目隠しのままブラックの声のする方を向いて答えた。


「ああ、ブラック、お前は今からヴァルガーデンの皇太子レオ・ストロンガーの”王の槍”だ。好きなだけ、金も女もくれてやろう」


 と白い歯を見せた。


「このブラック・シャドウリーフ、この日よりレオ様を主と仰ぎ忠誠を誓います」


 そう言って、レオが囚われている牢屋をガチャリと開けた。




 つづく




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