第43話『命の価値とシリアスの覚悟』

 モルデールを襲撃したレオ率いるヴァルガーデン軍を撃退した景男たちであったが、敵も味方も相当な被害者が出た。


 アイアンウルフ峠に置いて『赤狼騎士団』、モルデールの町において『幻影騎士団』と相対した『白鷹しらたか騎士団』と狂暴化し排除されたたホブゴブリンたちだ。手負いの者を含めれば100人を越える。


 景男とアムは、傷つき命を落とした者たちをハルデン屋敷に集めた。


 ヴァルガーデンの総大将レオを主犯として両手を後ろ手で縄で縛りあげられている。軍団長のレオン・レッドウルフとセリーヌ・ブルースカイ、アレン・ホワイトホークは縄こそかけられてはいないが、得意の腰の剣と弓を取りあげられている。今度の戦では、レオの横暴おうぼうに静観の姿勢を見せたバレタニア軍を統率する海シャチことオルカン・タイドンとマリーナの父娘は、無傷でモルデールのレオの裁きを見守る体制だ。


 ハルデン屋敷に、敵味方問わずこの度の戦に関わった主たる者が集まった。モルデールからは領主のアムと景男、ようやく起き上がってきた家宰かさいのアリステロスと騎士団長のマックスが、ヴァルガーデンからは、味方した『幻影騎士団』の重傷を負ったシリアスの代わりにガーロン・ヴァルダー、敵の主犯として縛られたレオと、降伏したレオン、セリーヌ、アレンの騎士団長。中立の立場としてバレタニアのオルカンとマリーナ父娘が勢ぞろいした。


 モルデールが勝利を収めたと言っても、この戦後処理せんごしょりを間違えば、おそらく無傷むきずのバレタニア軍のオルカンとマリーナは黙っていないだろう。それに、ヴァルガーデンの3人の騎士団長だっておとなしくばくに着くとは思えない。


 戦勝国モルデールの領主アムは、難題なんだいを迫られている。アムの右手には頼りない景男ことポジラー、左手にはこの戦には不参加で回復に努めた大魔法使いアリステロスがいる。


 アムは、テーブルに肘をつき、両手を祈るように組んで項垂うなだれた。


 家宰のアリステロスが口火を切る。


「いくら私でも、100人を越える人間を全員復活させることは至難しなんわざ、それが出来たとしても、レベルの高い人間シリアス様を完全治癒かんぜんちゆすることは天秤てんびんにございます」


 アムが尋ねた。


「アリステロス、100人の人間とシリアス様を天秤にかけるとはどういうことなの?」


 アリステロスがヴァルダーの顔を見て言いにくそうに、「つまり、100人の命を救うか、それとも、シリアス様お一人を生かして、他の100人をあきらめるか二つに一つの選択せんたくしかございません」と告げた。


 ヴァルダーが、当然のことのように、「戦で死んだ100人は代わりが利くが、モルデールの領主で、ヴァルガーデンの王子のシリアス様の命を救うことの方が当然だ」と言い放つ。


 レオンが、机を叩く。


「ヴァルダー様が申すことはもっともでございますが、シリアス様お一人の命を救うために、我が『赤狼騎士団』を含めた人間100人の命を犠牲ぎせいにせよとおっしゃるのですか。到底とうてい、私は納得できかねます」


「何を! シリアス様は王子なのだぞ‼ その命の価値が下々の者と同じ命の価値だと申すのか!」


「シリアス様の命は確かに下々の者と比べれば代えがたきもの。ですが、『赤狼騎士団』30人、『白鷹騎士団』、『幻影騎士団』、ホグゴブリン、このモルデールの戦いで失いうる命には、それより多くの家族がいます。その数を考えれば……私は黙ってうなずけません」


 レオンは、主であるシリアス王子の命より、下々の多くの命を救うよう進言し一歩も引かない自分を自分で信じられないといった表情でうつむき、膝を叩く。


 隣のセリーヌが、レオンに賛同さんどうするように、アムに向って、「我が『青空騎士団』はレオンの意見に賛同します!」と立ち上がった。


 レオンとセリーヌが同意見なのだ。同列の軍団長のアレンが反対する訳がない。


それがしの『白鷹騎士団』もレオンの意見を支持する!」と立ち上がった。


 黙って、話を聞いていた王妃マリーナは顔があおざめて、父・オルカンの肩にもたれかかった。


 アムは難しい判断を迫られた。味方したヴァルダーを指示すればシリアス一人の命を助け、レオンたちを再び敵に回すことになる。逆に、レオンを指示すればモルデールのために味方し犠牲をはらったヴァルダーたち『幻影騎士団』を裏切ることになる。次に乗せる重りをどちらに乗せるかで、ここに集まる人間の立場を決定してしまう。


 アムは頭を抱えた。


 アリステロスが厳しい視線で、「アム様、早く決断せねば、私の魔法で生き返らせるのも死後3時間まで、『赤狼騎士団』の団員を生き返らすならば、判断を急がねばなりますまい」とアムの決断を急かす。


 アムは、モルデールの領主といってもまだ20歳の新人領主だ。両親がダークス卿の陰謀いんぼう不慮ふりょ事故じこか真実はわからないが、両親が存命なら自由気ままに生きる娘のはずだ。国と国のパワーバランスを計り、敵味方の力を見定めて、命の重さを決めねばならない。とても、若い娘のアム一人で背負いきれる決断ではない。


「アムちゃん、その判断はオレがしていい?」


 現実世界では、自分の人生もなかば放棄ほうきし親と妹に寄生きせいする景男が、眉をよせ苦悶くもんの表情を見せるアムを見てられずに、生れてはじめて逃げずに、自分で責任を取る言動をした。


 景男の心の中で、アムの姿がステージに立つ未来の表の輝きと、裏腹うらはらに人には話せない苦悩くのうがあることを想像できたのだ。それに、景男だって、現実世界では日陰者ひかげもの人生だ。近所の人間にどんな目で見られているかは知っている。家族が景男の存在があることで世間体せけんていがどれだけ悪いかも承知している。


 だから、幸運にもマンホールにはまって異世いせかい界転生てんせいしたやり直しのこの人生は自分で変わらなきゃ、自分が責任を背負わなきゃと覚悟かくごを決めたのだ。


 アムは、すがるような目で景男を見た。


「ポジラー様、何か良案りょうあんがございますのですか?」


 景男は、首を横に振る。


「そんな都合の良い案はないよ。でもわかることは1つだけある。シリアスさんの命は確かに大切だけど、『赤狼騎士団』や他の多くの人、ホグゴブリンだって同じ1つの命だってことには変わりないよ」


「では、ポジラー様は……」


 景男は、アムの目を見て頷いた。


「オレは、100人を越える人たちを救った方がイイと思う!」


 ヴァルダーが、机を叩き壊さんぐらいにぶ厚いテーブルを叩いて立ち上がった。


「馬鹿を申すな。モルデールに味方したシリアス様を救わず、どうして敵やゴブリンを救うのだ。納得いかん!」


 マリーナは、アムに代わって下した景男の決断にそでで顔を隠した。


「ヴァルダーよせ……」


 そこに、隣の部屋から、レオに背中を刺されたシリアスが上肢じょうしに包帯を巻き、出血であおい顔して現れた。


「若様!」


 ヴァルダーが、倒れそうなシリアスに駆け寄り、脇に肩を入れ身体を支えた。


「シリアス様、御無事で」


 今にも泣き出しそうなマリーナが、ヴァルガーデンの王妃として、主犯のレオの母として、愛しいシリアスのおもひととして思わず口を開いた。


 シリアスは、しっかりと自分の身を案じるマリーナに目を合わせて言った。


「私は、まだ、生きている。このまま、ここで死ぬようならそれまでのおとこと言う事だ。このような無様ぶざまな姿をさらしているがオレはこれでもヴァルガーデンの元・皇太子としての誇りがある。アリステロスの魔法で治癒されずとも生きて見せる。皆、心配するな!」


 ヴァルダーが今にも泣きだしそうな声で、「しかし、シリアス様は出血しゅっけつ多量たりょうで今も傷口をっただけではございませんか」と情けない言葉を発する。


 シリアスは、まるでヴァルダーを実の父親にでも話しかけるように、「オレの傅役おやじは、どんな時でも、笑い飛ばすかなぐり飛ばす豪傑ごうけつだったはずだぞ。オレは、そんなおとこの主だ。ヴァルダー情けないことを申すな!」


 景男は、シリアスの覚悟かくごを確かめるように問うた。


「シリアスさん、それでいいんですね?」


 シリアスは、静かに頷いた。




 つづく









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