第四部②決戦の準備

第42話『モルデール決戦、相克の父子』


 レオに向かって一直線にサンチョに担がれて、殺され捨てられたホブゴブリンの子供をの元に、景男が下ろされた。


 ウェー!


 景男は、サンチョに担がれて軽い船酔いみたいにレオの前で嘔吐えずいている。


 レオはヴァルガーデンの宮廷きゅうてい育ちだ。自分の目の前で吐き下す人間など見たことがない。


 レオは、もてあそんでいたホブゴブリンの死体を打ち捨てて、景男にいきなり斬りかかった。


 カチンッ!


 それには、サンチョが手錠を引っ張って、間一髪かんいっぱつで景男を引き付け、剣を手錠てじょうからめとる。


 レオは無防備だ。


 ウウェエ!


 景男は、また吐いた。嘔吐物おうとぶつが、レオのプレートアーマーにかかった。


 レオは、自己おのれの身を護るプレートアーマーを汚らわしいように脱ぎだし始めた。


 サンチョが、呆れたように、「あんでま~、敵の殿様とのさま無防備むぼうびになっちまっただ。相手がそう来るなら、オラがポジラー様の助太刀すけだちはしちゃなんねーだ」


 と、言って力任せに手錠を引きちぎった。


「ポジラー様、敵の殿さまは、無防備だ。ポジラー様も無防備で同じ条件で戦うだ」


 景男は、あおい顔して、膝に手を突いてると、「バチンッ!」いきなりレオになぐられた」


 レオは、どこまでも卑怯ひきょうでズル賢い。


 レオは、サンチョを見て、「おい、大男。お前は、こいつとオレ様が一体一で勝負することを見守るのだな」とおっとりサンチョを言葉で牽制けんせいする。


 サンチョは、素直でいいやつだ。


「うんだ。オラ、おめぇーとポジラー様が素手で殴り合うのを最後まで見守るだ」


「よし!」


 レオは、サンチョの言質げんちをとると、それをいいことに、路傍ろぼうの一握りの石を手に掴んで、殴られた反動で倒れている景男に馬乗りになった。石のこぶしで殴り殺そうという算段だ。


 馬乗りになられた景男は、体をすって、レオを振り払おうとする。しかし、レオは実戦経験じっせんけいけんがないとはいえ、宮殿で傅役もりやくのアランから戦いの手ほどきは受けている。景男の胸で馬乗りになるその膝は、両腕をしっかり踏みつけている。


「あちゃー!」


 サンチョは、景男の勝ち目がないと見たのか、手で顔を隠した。


「それじゃ、お前もさっきのゴブリンみたいに一撃いちげきで仕留めてやる!」


 レオが、石を掴んだ拳を振り上げた。


「卑怯な真似は、よせ!」


 と、レオが振り上げた石の拳を背後から近づいたシリアスが腕を掴んで止めた。


 レオは、力でシリアスの手を振り払おうとするが、日々、鍛錬たんれんを欠かさな大人おとなの男の力にはかなわずビクともしない。


 シリアスはレオの手を逆手でひっぱり起して、馬乗りになる景男から引き起こした。


「バシンッ!」


 シリアスは、父親が非行ひこうに走った我が子を、粛清しゅくせいするように殴りつけた。


 レオは、生まれて初めて、地面の味を味わった。顔を土でよごし、初めて土をめたことに発狂はっきょうしそうに「母上、祖父様おじいさま!」と悲鳴にも似た助けを求めた。


 遠目とおめで、レオのやりように胸を詰まらせて見守っていたマリーナが、一歩、二歩、レオに駆け寄ろうとするのをオルカンが肩を掴んで静かに首を横に振った。


「シリアスは、知らぬことだが、あの光景は父が間違いを犯した子に教育しているところだ。マリーナ、ここは女親おんなおやは黙って、父親がどうするかを見守るしかあるまい」



 シリアスは、いつくばって逃げ出そうとするレオのももを踏みつけて、戦場の厳しさを教えるように言った。


「レオ、お前は、本来ならば、すでに死んでいる。兄が、お前にヴァルガーデンの皇太子としての帝王ていおう教育をほどこしてやる。


 シリアスは、レオの金髪きんぱつ鷲掴わしつかみにして、引き起こすと、横っ面を思いっきり張り飛ばした。


 レオは、口元を切り血を吐きながら弾け飛んだ。


「ああ、待ってくれ、兄上。我らは、同じストロンガーの兄弟ではないか、兄弟が争ってどうするのです」


 と、この場に至ってシリアスの同情心に訴えかける。


 シリアスは、問答無用にレオの顔を蹴り、腹を踏みつける。


 レオは、うめき声を挙げてもだえ苦しむ。


「私も、ゴブリンに対して同じ過ちをした。それが痛み苦しみと言うものだ。下々の者は、日々、その苦しみに打ちひしがれて生きている大国ヴァルガーデンの王たる者はその痛み苦しみを誰より分からねばならぬ」


 レオは、あわれみをうように、「兄上、私が間違っておりました。これから、私は心を入れ直します。だから、どうかお許しを」と救いを求め地面にひれ伏した。


 シリアスは、レオのその言葉と姿を見て、憐れむように、一瞥いちべつくれると景男に近づいて手を差し伸べて、「ポジラー、弟が卑怯な真似をして済まなかった。許してくれ」と景男の手を握って助け起こす。


 助け起こされた景男は、すぐさま、レオに殺されたホブゴブリンの子供の死体を抱き上げて、「すぐにアリステロさんの魔法で生き返らせてもらわなきゃ!」とハルデン屋敷に走って行った。



 アランとヴァルダーの一騎打ちはヴァルダーが勝利し、『白鷹しらたか騎士団』と『幻影げんえい騎士団』の戦局も、マックス率いる『モルデール騎士団』の加勢でハルデン家の防衛は成った。


 狂暴化し町を破壊し、敵味方なしに人間に攻撃をするホブゴブリンは、景男の姿を見て、目の色が赤から、落ち着いた黒に変わっていった。


 ドスンッ!


 シリアスの背中にレオがぶつかった。


 シリアスは驚いたような顔で振り返った。そこには、血の付いた短刀をもって引きった笑いを浮かべるレオがいた。


「レオ、お前は……」


 シリアスは前のめりに倒れた。


「いやー、シリアス様!」


 マリーナの悲鳴がモルデールの町に響き渡った。



 つづく

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