第40話『狂気と正義、レオとシリアスの戦い』

 モルデールの町へとつづく森を子供のホブゴブリンを複数ふくすう松明たいまつが追いかける。


 レオは、騎乗で弓を放ちながら、森の中を先頭切ってホブゴブリンの子供を追い立てる。


「ゴブリン、どこ行った。逃がさないぞ!」


 レオは、狩猟しゅりょうでもするように、モルデールの町へ向かって逃げまどうホブゴブリンの子供を、目が狂気きょうきに満ちた表情で、いたぶり楽しむようだ。


 息子の狂気を見守るしかできない母・マリーナと祖父・オルカンは、暴君ぼうくんに付き合わされるアラン・ホワイトホークと『白鷹しらたか騎士団』に同情を隠せない。


 オルカンは、マリーナに並びかけ肩に手を置いた。


「マリーナ、心配するなレオもいつか自分のあやまちに気づく日が来るだろう……」



 レオは、ホブゴブリンの子供を追う目がギラりと輝いている。


 ホブゴブリンの子供は、背中にたすきに回した太鼓たいこひもが引きちぎれんばかりに、両親の居るモルデールの町へ向かって逃げまどう。ようやく、町が見えてきた。


 町に近づくにつれて道は舗装ほそうされて草地くさじだった足元が草を刈り整えた地面になってきた。


 ホブゴブリンの子供は足が大きなカギつめになっている。そう簡単には転ぶことはないが、それが暗んできた。ポツリ、ポツリと雨が降り出した。


 視界の見通しが悪くなると、りの面白味が増してきたように、レオの目は一層いっそう輝いてきた。


 地面がぬかるみ、水たまりができ始めた。


 アランの『白鷹騎士団』は、川で転んだ団員が、レオによって粛清しゅくせいされた後だ。ぬかるむ足元を、バレタニア軍からスパイクのついた足底を付け進軍しんぐん速度そくどは遅くはなるが同じ悲劇ひげきを繰り返さぬため慎重しんちょうに進む。


 気が付けばレオが一人でホブゴブリンの子供を追いかけていた。


 ズルリ!


 ホブゴブリンの子供がモルデールの町の入り口で石畳いしだたみ凹凸おうとつでカギ爪が引っかかって転んだ。


(フフフ……仕留めてやる!)


 レオは、片目を閉じてホブゴブリンの子供に焦点しょうてん当て、弓を引きしごいた。


 グサりッ!


 矢はホブゴブリンの子供の肩口かたぐちタスキにかけた太鼓たいこひもを切った。


 ホブゴブリンの子供は、立ち上がって、モルデールの中央広場へ向かって駆け出す。


「仕留め損ねたか、だが、まだまだ!」


 レオは、ホブゴブリンの子供をいたぶるのを楽しむふしすらある。


 ホブゴブリンの子供を追うレオは、『白鷹騎士団』を引き連れ真っすぐモルデールの町の中央へ進軍して行く。


 町の中央に近づくと、赤地にサソリの文様もんようをあしらった幟旗のぼりばたひるがえり、とがらせた丸太で作った逆茂木さかもぎが行く手をはばむ。


 味方の進軍速度を気にも留めずどんどん進むレオに、アレンが注意をうなした。


「殿下、敵のそなえも増えてきました。これ以上、お一人で進むのはお控え下さりませ!」


 レオは、忠臣の進言を聞き入れるどころか、返ってアランに矢を向け、「先にお前が死にたいか!」と矢を放った。


 コツンッ!


 レオの放った矢はアランを肩口を守るプレートアーマーに弾き返された。


「ふん、お前たちは、だまってオレ様に着いてくればいいのだ!」


 そう言うとレオは、再び、ホブゴブリンの子供を追いかけ始めた。




 モルデールの町、ハルデン屋敷から始まる街道筋かいどうすじ陣取じんどるシリアスと伸びちじみする望遠鏡ぼうえんきょうを覗くヴァルダーが馬上で、面白い物でも見つけたように言った。


「若様、面白い者が先頭切ってこちらに向かっておりますぞ」


 と、望遠鏡をシリアスにわたす。


 シリアスは、望遠鏡を覗くと、ホブゴブリンの子供を一人で追いかけるレオが映る。


「困った子供だな……、しかし、これは好機こうき、ヴァルダー! 我らで、レオを打倒すぞ!」


「わかりました若様!」


 シリアスとヴァルダーは、馬腹うまばらって駆け出した。





 主から矢を向けられても動じない忠義一筋アレン・ホワイトホークが、独走するレオを『白鷹騎士団』の行軍指揮を、後詰ごづめに回るマリーナとオルカンのバレタニア軍に預けて、後を追う。


 レオが、狂気の目で、行き止まりに逃げ道を閉ざされたホブゴブリンの子供に狙いを定めて矢を放つ。


 カキンッ!


 そこに、シリアスとヴァルダーがあらわれ。レオがホブゴブリンの子供を狙った矢を剣で打ち返す。


 レオは、すさんだ目でシリアスを見て、まるで挑発ちょうはつでもするように言った。


「これは、これは、元・ストロンガー家の兄上ではござりませんか」


 シリアスは、レオの挑発には乗らず冷静に、「久しぶりだなレオ、息災そくさいにしておるか。それより、私の領内モルデールに何の用だ」と言い返した。


 レオは、嘲笑ちょうしょうするように、「失礼しました。兄上は、もうストロンガー家の人間ではなく、田舎者いなかもののハルデン家の人間になったのでしたな」と馬鹿にする。


 と、そこへアランが追いついて、レオの前に盾になるように立ち、「殿下、御自重ごじちょうを!」


 レオは、アランが追いついたのを幸いに、新たなイタズラ心が芽生めばえた。


「そういえば、アラン。お前の剣術の師はガーロン・ヴァルダーだったな。これは、面白いことを思いついたシリアス・ハルデン公、ここは一つ賭けを致しませぬか?」


 シリアスはワザとハルデン家に婿養子に入った名前を使ったレオに怒りを表すでもなく。冷静に問い返した。


「どのような賭けだ?」


「ハルデン公の傅役もりやくガーロン・ヴァルダーと、私の傅役アラン・ホワイトホークは子弟の間柄あいだがら、どちらの剣術の腕が上か興味はございませんか?」


 アランが、驚いた表情で、レオをかえりみる。


「殿下、そのような賭けはせずとも、兵数は我らが有利。後続を待てば、結果は万全!」


 シュッ!


 レオは、アランの首筋に剣を抜いて、「うるさい! お前はガーロンに勝つ自信がないからそんなことを言うのか! 戦う気がないならば、ここで切り捨てる!」


 まるで、癇癪かんしゃく持ちの子供だ。到底とうていこのような子供に、将来のヴァルガーデンの主が務まるとは思えないが、父・ダークスが選んだのは、シリアスではなくこの子供だ。シリアスは、ヴァルダーに目配せして、「アラン・ホワイトホークの名誉めいよのため受けて立て!」と命じた。


 すると、ヴァルダーは、待ってましたと、槍をしごいて、「アラン、ガキのおもりはそれぐらいで止めておけ、それより、ワシが久しぶりに稽古けいこをつけてやる!」と言い放った。


 アランは、レオの両肩に手を置いて、「殿下、私がもし負けるようなことがあれば、スグに後続のマリーナ様とオルカン様の元へ逃げて下され」と真剣な眼差しでさとした。


 レオは、「ふんっ! 勝てばいいのだ」とそっぽを向いて、まだ、この場から離れず命の恩人おんじんのシリアスとヴァルダーを、物陰に隠れてこちらをうかがい見ているホブゴブリンの子供を見つけた。





 つづく

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