第四部①母子の戦い

第39話『非情の皇太子レオ』

 タンクホルム山から湧き出た源流は、山を抜けヴァルガーデンの大平野を抜け、やがて大河となってバレタニアの海へとつづく。


 ヴァルガーデンをタンクホルム山に向かって船で逆流するかたちでさかのぼった皇太子レオを総大将とするヴァルガーデン軍『白鷹しらたか騎士団』アラン・ホワイトホーク、海の民バレタニアの領主で”海シャチ”の異名をとる海賊衆を率いるオルカン・タイドンと、その娘でヴァルガーデンの王妃おうひマリーナ・オルカンが、船を降り浅瀬あさせを抜け、モルデールの森に入った。


 森は静寂せいじゃくに包まれている。人の気配はない。


 ヴァルガーデンとバレタニア連合軍は、レオを先頭に徒歩かちでモルデールの町を目指して進む。


 ポンポコポン! ポンポコリン!


 レオの視界に、ホグゴブリンの子供が太鼓たいこを叩いて現れた。


 レオは、ホグゴブリンの無邪気むじゃきな子供を見て、ひねくれたようにアランに命じた。


「あのゴブリンを殺さずただひたすらに追い立てよ!」


 アランが、直言ちょくげんする。


殿下でんか、あれはホブゴブリン、ヴァルガーデンに出没するグリーンゴブリンとは違って、おだやかな性格と存じます」


 レオは、意地の悪い目をアランに向けて、「だからよ。性格が穏やかだからと言ってもゴブリンはゴブリン。所詮しょせん小物こものモンスターに変わりない」


 忠臣アランは、眉をしかめて食い下がる。


「殿下、先頃、モルデールに入られたシリアス様が、風の噂では、ホブゴブリンの処理しょりあやまり、一時いっときはガーロン・ヴァルダー率いる『幻影げんえい騎士団』を混乱こんらんおとしいれるほどの事態じたいまねいたとのこと、殿下、どうかそのような命令は御自重ごじちょう下さりませ」


「あん?」


 レオが、アランの忠言ちゅうげんに、不機嫌ふきげんに左の眉を大きく吊り上げた。


「アラン、お前は私の命令が聞けぬと言うのか!」


 アランは、身を正して、「いや、決してそのようなことは!」


「では、私の命令に素直にしたがえ」


 アランは、奥歯を強くんでのどまで出かかる「小僧こぞう調子に乗るな!」との思いを飲み込んだ。


「レオ、アランを困らすではない」


 と、そこへ母・マリーナと祖父・オルカンの父娘おやこが息子の横暴おうぼうを正すように止めに入った。


 レオは、マリーナに冷たい一重の瞳を向けて、「これは、母上と祖父様おじいさま、なにか?」ととぼけて聞き返した。


 マリーナは、目を吊り上げて、「何かではありません。無益むえき殺生せっしょうを好むようでは、将来のヴァルガーデンの王は務まりませんよ!」


 レオは、しらけたうす微笑えみを浮かべて、「ははは、母上は、面白いことを言う。私の耳に入った噂では、母上はつては、兄上・シリアスにご執心しゅうしんだったとか、やはり息子の私より、想いを寄せた男の方に思い入れがありますか」といやみを言う。


 母子おやこの会話を黙って聞いていた祖父のオルカンが、「レオ、そこまでにしておけ、我が娘をこれ以上あらぬ噂で侮辱ぶじょくすると、孫であっても容赦ようしゃせぬぞ!」としかりつけた。


 レオは、嬉しそうにオルカンを見て、スッと親指をめた。


「これは、これは、老いてなお海シャチの渾名あだな返上へんじょういたしておりませぬな、さすが祖父様おじいさまだ。アラン!」


 と、レオは話の途中でアランの名を呼んだ。


「ハッ!」


 アランは、かしこまってひざまずいた。


「アラン、お前は、誰に忠誠ちゅせいちかっている」


「私が忠誠を誓うのは、ダークスきょう、ただ、お一人であります」


 レオは、大きく頷いた。


「アラン、お前の主は我が父ダークス・ストロンガーだ。その父から総大将に任命された私の言葉は何だ?」


 アランは、目を伏せ、マリーナとオルカンに申し訳なさそうに歯噛はがみしながら応えた。


「殿下の言葉は、ダークス卿の御言葉と同じにございます」


 レオは、満面まんめん微笑えみでマリーナとオルカンに白い歯を見せた。


「私に逆らってバレタニアは、ここで、ヴァルガーデンと一戦交えますか?」


 と、子供がイタズラするように、ワクワクが隠せないように楽しそうに母と祖父に言った。


 オルカンは、「子供の相手は出来ぬ!」と腕を組んでそっぽを向いた。


 パシンッ!


 マリーナは、母だ。レオに詰め寄ると、いきなりほほを張り飛ばした。


 レオは、母に頬をたれ一旦は、あっけにとられたが、次の瞬間しゅんかん、鬼の形相ぎょうそうで、母の顔を張り返した。


「レオ、母に手をあげるとは何事だ!」


 オルカンが、張り飛ばされたマリーナを抱き止め、剣のに手をかける。


 レオは、口元をゆるめて楽しそうに、「祖父様おじいさま、どうするのですか?」と試すように聞き返した。


 マリーナは、オルカンの柄をにぎる手を押さえて静かに首を横に振った。


「お父様、味方みかた同士どうしでなりません」


「マリーナ、しかし、こいつはお母である前に手をあげた」


「それでも、私の息子です。子の教育は親の務め。間違った育て方をしたのは、私の責任です」

(私の心に仮面かめんがなければ、このような暴君ぼうくんには育てなかった。申し訳ございませんシリアス様……)


 レオは、嬉しそうに、まるでフラメンコのカスタネットを鳴らすように、顔の横で、母と祖父を小馬鹿こばかにするように小さく拍手した。


「さすが、私の母上だ。私のことを良くわかっている。それでは、あらためて『白鷹しらたか騎士団』に命じる。あのホグゴブリンをモルデールの町へ向かって追い立てよ!」


 つづく

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