第38話『ミラクル・ポジラー』

 アイアンウルフ峠の関所で、景男の濡らしたまきとつないだ細い糸とアムの電流を使った地雷原の爆発によって『赤狼騎士団』を失ったレオンが、烈火の如く怒りの剣を抜いた。丸腰の景男には、得意の二刀流の一本を渡し、正々堂々、一騎打ちを所望しょもうする。


 レオンに剣の柄を差し出された景男は、「ジャスト・ア・モーメント!」とレオンを落ち着かせるように、両膝りょうひざをついて両手で、今から土下座でもするように手で「まあまあ、抑えて、抑えて」との素振そぶりをする。


 レオンは、一騎打ちの舞台が整う段にいたっても、なお命乞いのちごいでもするような景男の素振りにえる瞳を向けて言った。


「お前が何者かは関係ない。今、大事な仲間を全員失った。この自分のなさけなさ、おろかさ、そして、仲間の家族に合せる顔が無くなったオレは『モルデール騎士団』を一人で打ち倒すと心にちかった。剣を取れ! さもなくば、たとえ丸腰であろうと、このまま斬り捨てる‼」


 仲間を失ったレオンの心はもはや鬼神きしんだ。景男が何と言おうと聞く耳を持たない。


 景男は、仕方なくレオンの差し出す剣を掴んだ。が、「ちょっと、待って!」と剣を振るってみるが、現代に生きる景男は、何かの間違いで異世界に来ただけで、得物えもの(武器などのこと)は持って高校生時代に、家庭科の授業でカレーライスを作る時にニンジンを切ったのが最後だ。


 その後は、就職に失敗し、実家でニート暮らしだ。20代前半は、母親が晩御飯を作ってくれていたが、後半になると顔を合わすと将来を心配して「就職しゅしょくを真剣に考えろ」だの、「近所への世間体せけんていが」どうのだの小言こごとを聞かされることが増え喧嘩が絶えなくなった。30歳を過ぎた辺りでは母もあきらめて、一日1000円の食事代を渡して顔も合わさなくなり食事はコンビニ弁当だ。


 ここに来て景男は思った。自炊じすいして包丁ほうちょうぐらいまともににぎっておけばよかった。今更、母親の顔を思い出してみたところで時間は取り戻せない。景男のこれまでの人生は、ネット配信者とのやり取りと、推しのアイドル涼宮未来にささげた人生だったと……。


 景男は、ひざまずいて、剣を無理やり持たされ、これからレオンの怒りの刃でてられるのだ。


「あれ?」


 気がつくと景男は並みだがあふれていた。そでぬぐっても、拭ってもあふれ出してくる。


 レオンが、景男の涙に何か思いいたる物を感じて問うた。


「お前、国に愛する者でも残して来たのか?」


 景男は、涙を流しながらレオンの優しさに訴えた。


「オレは、このモルデールに来て、たまたま、戦いにり出されただけで、ホントはこの国に何のえん所縁ゆかりもない人間だ。オレにはあんたの言うように元の世界に愛するひとがいる。こんな所で死にたくない」


 と、腰抜こしぬけ丸出しで情けない同情どうじょうさそう。


 レオンは、大人になっても子供のような弁明べんめいしかできない景男にあわれみ感じて自分の剣をさやおさめ、景男に渡した剣も取り戻して同じことをした。


 レオンは、景男に軽蔑けいべつするような視線しせんを向け、「情けないやつは嫌いだ。さっさとオレの前から失せろ!」追い払うように吐き捨てた。


 景男の死んだような顔に花が咲いた。


「えっ、えっ、ホントに見逃してくれるの?」


 レオンは、静かに頷いた。


「ああ、オレにも愛する女がいる。愛する女に愛を伝えず死ぬことの切なさまで殺せやしない」


 景男は、レオンに最敬礼して、その場を去ろうと、2、3歩退がった。


「ガビーーーン!」


 ここは、人一人がちがうことができるアイアンウルフ峠、前はレオンで、後ろはピタリ閉ざされた関所の扉。


 見張り台で様子をうかがう、アムとマックスとサンチョに、門を開けるよう訴えてみたが、返事は、モルデールの細い長剣ちょうけんを1本落としただけだ。


「……やっぱり、戦うしかないのね……」


 仕方なく、景男は細い長剣を取りレオンに対峙たいじすることにした。腰の引けたへっぴり腰で、細い長剣でレオンと間合いが詰まらないように差し出している。


 キーンッ!


 レオンは、いきなり抜刀すると、一撃で景男の細い長剣を弾き飛ばした。


「オレの同情も無駄になったようだな。命を奪う前に、名前だけうかがっておこう」


 景男は、がっくり肩を落とし、「オレは、追手内ついてない景男かげお、この世界ではポジラーと呼ばれている」


 その名を聞いてレオンの顔色が明らかに変わった。まるで、偉人いじんをみるようなあこがれを抱くような目で景男を見ている。


「今、名をポジラーと申したか?」


「うん、モルデールの人はみんなオレをポジラーと呼びます」


 すると、レオンは両腰の剣をさやごと引き抜いて、目の前に並べ、景男の前に跪まづいた。


「私のレッドウルフ家、同僚のセリーナのブルースカイ家、別動隊で、モルデールの町に進軍するホワイトホーク家の三家は、ヴァルガーデンのストロング家に仕える以前、古き伝説によれば、三家は皆、先祖がポジラーに命と領土を救われたいわくがある。そなたが、まことに異世界から来た冒険者ぼうけんしゃであり、名をポジラーだと言うのであれば、先祖のりがある我らはお前と戦うわけにはいかない」


 と、そこに、馬上で巧みに矢をつがえたセリーヌが、美しい白い顔をけむり黒炭くろずみで汚し、炎の壁を突っ切って現れた。


「おのれ、よくもレオンを!」


 セリーヌが、景を目掛けて、矢を放つ。


 グサリッ!


 矢は景男の胸に命中し、あっけなく仰向あおむけに倒れた。


「レオン、無事だったか」


 セリーヌは、景男に跪くレオンを見つけ、何やら自分の誤解ごかいに気がつき、馬を降りる。


「セリーヌ、何ということを、この方は、我らの先祖が命を救われた伝説の冒険者ポジラー様だぞ、今すぐ我らはモルデールに降伏して、恩返しをせねばならない」


 セリーヌは、レオンの言葉が信じられないと言った表情で問い返した。


「まことに、こやつはポジラーなのか」


 レオンは、セリーヌに頷き、確かめてみようと、関所の前まで行って、見張り台で見守るアムたちに問いかけた。


「モルデールの者よ。こいつは真にポジラーなのか?」


 アムが、胸に矢が刺さって仰向けに倒れた景男をすぐにでも助けに行きたい表情で答えた。


「その方は、ハルデン屋敷にある先祖、ポジラー様と瓜二うりふたつ、古文書こもんじょに照らし合わせても予言のまま」


 アムの言葉を聞いたレオンは、セリーヌに確認するように頷いた。


 セリーヌは、先祖の恩人を射殺いころした過ちを受け入れる受け入れることができず、毅然きぜんと強がりを言う。


「こやつが、真の伝説の男”ポジラー”であれば、私の矢などで射殺すことなどできまい。その証拠に、いつわりのポジラーは、今、そこに倒れている!」


 ムクリ!


 景男が、ゾンビのように上半身を起こした。


「危ない所だった。用心のために胸に薪を一本隠し持っていて助かった」


 セリーヌは、目を大きく見開き、レオンを見た。レオンも目を見開いて大きく頷いた。


「この強運は、正しく伝説のポジラーの物。我らは、奇跡を目の当たりにした。今こそ、先祖の借りを返す時だ」


 と、レオンとセリーヌは、景男の前に跪いた。


 景男は、何のことか、イマイチよく理解していないが、レオンとセリーヌの様子から、判断し言葉を次いだ。


「レオンさん、あなたの騎士団は敵だから罠にめ炎で焼いたけど、モルデールには、復活の呪文を使える大魔法使いアリステロスがいる。ホブゴブリンの子供を生き返らせるところをこの目で見たから、もしかすると、あなたの騎士団全員モルデールに運び込めば生き返るかもしれない」


 レオンは、景男に言葉にすがるように、「それが、真なら、『赤狼騎士団』皆の命を取り戻せるならば、私もセリーヌもポジラー様に降伏こうふくいたします。文句はないなセリーナ」


 必中ひっちゅう一矢いっしを受けても生きていたのだ。しかも、レオンの『赤狼騎士団』の団員の命も取り戻せるかもしれない。セリーナは素直に頷いた。


「よし、これで、ここの話はついた。シリアスさんに任せたモルデールが心配だ。すぐに、みんなで町に戻ろう!」





 つづく

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