第37話『炎と電撃 道化師ポジラー』

「ポジラー様、命令どおり集めれるだけのまきを見張り台へ担ぎこみました」


 景男の指示で、モルデール騎士団30人は、アイアンウルフ峠の関所の見張り台に薪を運び込んだ。


 騎士団長のマックスは、領主であるアムの命令に従ったが、景男の策略に賛成したわけではない。


 景男は、団員の命を預かる団長として気が気でないマックスとくらべて、石組いしぐみ姿隠すがたかくしのぶ厚い笠木かさぎ(門の上などの上にわたす横木)の上で胡坐あぐらをかいて、向ってくる赤髪レオンの手飼てがいの狼ホムラがあばいた地雷原を進み来る『赤狼騎士団』を見定めて何かをはかっている。


 レオンを先頭に、ホムラがくわえた赤い糸を頼りに、『赤狼騎士団』がへびがうねりながら進み来るように、長蛇ちょうだに伸び切った。


 レオンが出口に差しかかったその時だ、景男は手を挙げて地雷原に向って手を振り下ろした。


「放て!」


 景男の号令で、見張り台から一斉に地雷原へ向かって薪が放たれた。


 コツンッ!


 プレートアーマーの重武装じゅうぶそうでもちろん兜をかぶるっている。暖炉だんろべる30cm足らずの薪が当たったところで痛くもかゆくもない。ヴァルガーデンの騎士団でも先鋒せんぽうを任されることの多い勇敢ゆうかんでよく訓練されている『赤狼騎士団』は、まるで雨天の戦のように気にもかけない。


 ヒュン!


 レオンが顔に飛んできた薪を掴んだ。


 薪は細い糸ですべて繋がれ、びっしょり濡れている。


 レオンの脳裏のうり一瞬いっしゅん嫌な予感が走る。


「濡れた糸……、これは敵の第二のわなだ。すぐに馬を駆け我が元へ突破するのだ!」


「今だ! アムちゃんよろしく!」


 景男がアムに号令をかける。


 アムは、待ってましたと感情をたかぶらせ、稲光いなびかりのような電撃を、雨のように『赤狼騎士団』に降り注ぐ濡れた薪に放った。


 ビリビリ!


 アムの放った電流は、びっしょり濡れた薪をつなげた糸を伝い地雷原へ走った。


 次の瞬間、ドカンッ! ドカンッ! と、長蛇の『赤狼騎士団』を包み込むように、あっちでもこっちでも地雷が爆発した。


 先に出口についたレオン以外の『赤狼騎士団』は、紅蓮ぐれんの炎に包まれた。


 鉄のプレートアーマーは、炎で焼かれて肌を焼く。馬が爆発音ばくはつおんで立ち上がり振り落とされる者も数多あまたいる。


 レオン一人を残して、その背中には悲鳴ひめいと炎のかべが立ち上がる。


 地雷原の向こう側にいるセリーヌが弓を放って援護えんごしようにも、炎と煙でレオンの姿すら見えない。



 景男が、手を叩いて、「分断ぶんだん成功せいこう! 炎とけむりかべで、厄介やっかいな弓の名手の援護もできない。しかも、敵の大将だけ残して、最初の30対1の計画通り。さあ、あの赤髪の大将をみんなでやっちゃいますか」と面白がる。


 すると、手錠でつながったサンチョが、目を細めて景男につぶやく。


「ポジラー様、ちょっと感じ悪いだべ。それに赤髪を罠にはめたみたいで、オラみんなで袋叩ふくろだたきにするのは気が引けるだ」


 マックスも、サンチョの賛同さんどうするようにうなずく。


「ポジラー様、私もサンチョに同意です。敵は赤髪一人を残して、その部隊は壊滅かいめつしました。もはや、あいつは退路たいろたれた餓狼がろう。下手にこちらが多人数で立ち向かうと返って、こちらの被害ひがいが増えます。ここは、誰かうでの立つ者に命じて、騎士なら騎士らしく”一騎いっき打ち”をされるのがよろしいかと」


 と、マックスは自分は行く気はないのか他人事のように言って、景男の目をまっすぐ見つめている。


 アムも、マックスの言葉に頷いて、「そうね、相手が部隊で来るなら、こちらも部隊で戦う。相手が一人ならこちらも一人で戦うのが”騎士道きしどう”。ポジラー様♡」


 アムも景男の次の言葉に期待を込めて見つめている。


「えっ、えっ、もしかして、オレに一騎打ちする期待している?」


 アムもマックスも黙って頷く。


 景男は、「そういえば!」とサンチョと繋がった手錠で繋がれた手を持ち上げる。


「オレは、これだからサンチョさんも含めると2人だから、2対1で卑怯な戦いになるから、無しだね」


 と、安心しつつも、残念な顔をする。


 すると、マックスがサンチョを見て、「サンチョ、もう、いいぞ!」と何やら命令する。


 サンチョは素直に頷いて、景男にかかる手錠と自分の手錠を掴んで、大胸筋だいきょうきんを大いにふくらませて引き千切った。


「あっ!」


 景男は、間の抜けた声をあげた。


 サンチョは、当然と言った表情で、「まったく、あんちゃんの命令だから付けてたけんど、まったく、ポジラー様と一緒だと動くのにわずらわしくてなんねーかっただ」と頼りがいのある父親みたいな表情を景男に向ける。


「サンチョさん、いつでもそうやって手錠外せたの?」


 サンチョは、大きく頷いて、「うんだ。オラは石頭いしあたま馬鹿力ばかちからだけが取り柄だね」


 景男は、蟀谷こめかみあたりに大粒おおつぶの汗を垂らして、「そう、なのね……」と微笑ほほえんだ。


 転瞬てんしゅん、景男は、顔の横で手を開いて、「では、私は急用きゅようを思い出したので、この辺で失礼させていただきます」と言ってソソソと忍び足に逃げ出そうとする。


 バタンッ!


 アムとマックスが、見張り台と詰所つめしょにつながる扉を同時に閉める。


「ポジラー様、どこにも逃がさないわ」


 と、アムが今にも景男に電流を放ちそうな真剣しんけんな表情を向ける。


 景男は、ソソソと後ろに巻き戻ると、デ~ン! とサンチョの腹に突き当たる。


「ポジラー様、みんなあんたに期待しているだ。ここはみんなの期待にこたえて、おとこをみせるだ」


 サンチョは、そう言うと景男をいきなり担ぎ上げ、見張り台から、烈火れっかの如く闘志とうしを燃やすレオンの目の前に放り投げた。


 クルクル、パシッ!


 景男は、二回転半の空中大回転をして、レオンの前に体操たいそう選手せんしゅが見事な演技を決めたように、きれいなY字のポーズを決めた。


 騎乗きじょうのレオンは、団員を皆、焼かれた怒りを含んだ目を景男に向けて、スッと馬を降り、両腰の剣を胸でX(くろす)するように引き抜いた。


「お前だな、オレの団員を炎の海に落としたのは」


 景男は、レオンと目を合わさず首をかしげて、パチクリまばたきを何度も繰り返しながらとぼけて言った。


「私は、モルデールに暮らすただの道化どうけにございます。そのような大それたことは、とてもじゃないができやしませんよ」


 と、言ってソソソとその場を去ろうとする。


 しかし、ここは人がすれれ違うのがやっとのアイアンウルフ峠の関所だ。目の前には怒りの炎を背負ったレオンがいて、後ろは戻ることを許さないようにしっかり閉じられた門があるのみ。景男に逃げ場はない。


 さらに、見張り台のアムが、「ポジラー様、見事な計略のように、今度は、いさましい武勇ぶゆうをみせてください」としっかり素性すじょうをレオンに明かした。


 レオンは、景男を真っすぐ見て、「やはり、お前だな」と剣を喉元のどもとに突きつける。


「あわわわ~」


 武器すら持たされずに放り出された景男は、たじろいで尻もちをついた。


 レオンは、景男が武器すら持っていないことに気がついて、「丸腰まるごしの者をっても、名をけがすだけ、さあ、剣を取りオレと戦え!」と二刀流の一本を景男の足元に突き立てた。





 つづく








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る