第三部③ポジラーの策略

第36話『策士ポジラーの大逆転計画』

 アイアンウルフ峠のおよそ300mに及ぶ地雷原を、赤髪レオン・レッドウルフの愛狼あいろうホムラの鼻があばいたわな慎重しんちょうに騎馬に乗ったまま『赤狼せきろう騎士団』が、長蛇ちょうだれつで、景男たちのこもる関所へ進み来る。


 関所にこもる領主のアム、騎士団長マックス以下30人ほど騎士団員は、景男の作戦通り地雷原の出口で待ち構え、30人対大将のレオン一人の状況を生み出し、多人数で各個かっこ撃破げきはする作戦で、開門し一斉いっせいって出た。


 ヒュン!


 サンチョと手錠てじょうつながれた景男の頬を一閃いっせんの矢がかすめ、門柱もんちゅうに突き刺さった。


 地雷原の向こうで背丈せたけほどの西洋弓せいようゆみを構え、狙い定めたもう一人の騎士団『青空せいくう騎士団』団長セリーヌ・ブルースカイの放った矢だ。


 西洋弓は、およそ300mに届く、弓術の使い手のセリーヌは最大さいだい射程しゃていにいる景男を狙いすまして矢を放った。幸いにして、マックスの時と同じで頬を掠めたにとどまったが、レオンを30人で袋叩ふくろだたきにする景男の卑怯ひきょうな作戦もこれでは、被害ひがいがかなりになる。


 ぼんやりと関所に引籠ひきこもっても居られない。レオンはゆるりと騎馬で確実に軍団を率いて近づいてくる。


 アムとマックスが景男を見た。サンチョはこぶしをゴリッ! と鳴らした。マックスは誠実だが、アムは電流、サンチョは拳骨げんこつで景男に半ば強制的に打開策だかいさくを要求する。


 そう何度も、都合よく閃く訳がない。しかし、アムは感情に任せてコメディアンがペタンと貼る電気マッサージ器の”強”のメモリの数倍。痙攣けいれん程度ではなく気絶間近まぢかの電流を放つ。サンチョはおっとり者だが、実に兄に忠実で命令せずとも兄の心を汲み取って、景男に暴力に訴える。


 景男は、異世界に来てから、アムの電流を2回、サンチョの拳骨を3回食らっている。いくら現実世界で推しのアイドル涼宮未来にそっくりのアムのしびれるほどの愛情あいじょうだとしても、いくら兄に忠実で素直なおっとりサンチョの1発、いや、すでに3発食らっている。景男は、SFアニメの知将ユン・リーウェンならどうするだろうと考えた。


 ユン・リーウェンは『ウィザードリィ・ユン』の異名をもつ。アニメの中では、有利な戦局にある敵を、その奇抜で独創的なアイデアで必ずひっくり返す。


 景男は、110話からなるOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)を全28巻をすべて見ている。


(似たような場面……、似たような場面……)


 景男は、記憶をたどったが、アニメを楽しみ以外でみたことはない。まさか、人生において自分が『ウィザードリィ・ユン』の立場になるとはこれっぽちも考えたことはない。妄想的もうそうてきにちょっぴりセリフをモノマネして見たことはある。


 景男は、したで人差し指をめて風向かざむきを見た。


 風は、関所からレオンたちのいる風下に向っていでいる。しかし、何も閃かない。


(そうだ、ユン・リーウェンのセリフを少し真似てみよう)



「いいかい、アムちゃん、逆境ぎゃっきょうに陥ったときこそ、美味い紅茶でも飲んで一呼吸ひとこきゅうするんだ。そうすれば逆境を跳ね返すアイデアが閃くかもしれない。まずは、紅茶を一杯いただけないか? そうだ、産地はアッサムがいい。そこに、バレンシアワインを垂らしてくれ」


 と、景男は、ユン・リーウェンの声真似をして言ってみた。


 ガツンッ!


「ポジラー様、贅沢ぜいたく言うな、ここは大陸たいりくいちけわしいタンクホルム山の凶暴きょうぼうな狼が出るアイアンウルフとうげだ。なにが『美味しい紅茶でも飲んで一呼吸』だ馬鹿も休み休み言え、紅茶は砂漠のホルサリムの名産、ワインは港のバレタニアの名産、ここは岩塩と鉱石、あとは生い茂る森しかねーだ!」


「森がある……? ハッ!」


 景男は閃いた。


「サンチョさん、この関所にまきはないかな?」


 サンチョは、当たり前のことを聞くなと言った表情で、「そりゃ、薪ぐらいいくらでもあるべさ。それが、どうかしただか?」


 景男は、ホームランでも打ったかのように、サンチョの拳にグータッチした。


「オレ、ホントに閃いちゃったよ。マックスさん、『モルデール騎士団』みんなに薪を担げるだけ担いで、見張り台へ持って上がるよう号令ごうれいをかけて欲しい」


 マックスは、景男の提案に合点がいかず「ポジラー様、敵が迫り来る中、そのようなことをしてどうされるのですか? 早急に赤髪に対峙たいじしないと間に合わなくなります。まさか、子供の発想はっそうと同じで、投擲とうてき要領ようりょうで見張り台から投げつける訳ではございませんな」


 景男は、悪びれもなく素直に答えた。


「そうだよ、敵にみんなで投げつけるの!」


 マックスが眉をしかめた。


 サンチョがゴリッと拳を鳴らす。


 アムが、何か思うところがあって、景男に尋ねた。


「ポジラー様、もしかして、それは計略けいりゃくの1つなのでございますか?」


 景男は、門の近くに落ちていたれた大きな芭蕉扇ばしょうせんのような葉っぱをくゆらせて言った。


「ここから『ウィザードリィ・ポジラー』の大逆転劇が始まるよ。アムちゃん耳を貸して……」


 と、景男は、コソコソとアムに何やら作戦を耳打ちした。


 景男の作戦を聞いたアムは目を見開いて、手を叩いた。


「それだと、敵は一溜ひとたまりもありませんね。すぐに作戦に取り掛かりましょう! マックス、ポジラー様の言うとおりに『モルデール騎士団』にもてるだけのまきを持って見張り台に上がるように命じなさい!」


 マックスは、納得いかずアムに食い下がる。


「アム様、ポジラー様の作戦が失敗したらどうされるのですか、地雷原を突破とっぱされたら、アイアンウルフの関所はそう持ちこたえられませんよ」


 アムは、確信を持って言い切った。


「いいえ、マックス。この作戦は必ず成功します。敵はすでにポジラー様の術中にあるのですから」





 つづく



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