第7話(③ー3)『シリアスの涙のわけ、教会での決意』

 夜空には三日月みかずきが登っている。昼間、結婚式が開かれた村外れの教会の前には赤地あかじに黒のサソリが描かれたはたがはためき、テントが10ならび小隊が野営をしている。馬が焚火の近くに30はつながれている。シリアス直属ちょくぞくの騎士団を束ねる傅役もりやくで、背中に大剣たいけんを背負い、重装甲じゅうそうこうのプレートアーマーを着込んだ大柄で武骨な老将ろうしょうヴァルダーが、一騎いっきけつけかぶとを部下にあずけた。


 ヴェルダーは、シリアスの父・ダークス王が若い時から王にりあがるまでささえた歴戦れきせんゆうだ。武骨ぶこつ忠臣ちゅうしんゆえに、老いてなお、シリアスの傅役もりやくとして、ひっくり返った結婚式のしららせを聞いてけつけた。


 ヴァルダーは、まゆの上の古傷ふるきずさすりながら、若い騎士に命じた。


「ハルデン家の家宰かさいアリステロスのしらせでは、このあたりはゴブリンが出ると言ううわさだ。ストロンガー家の名誉めいよけて、いや、シリアス様の名誉に賭けて我ら『幻影げんえい騎士団きしだん』今夜は、一寸いっすんすきゆるされん!」


 彼が言い放つと、若い騎士は敬礼けいれいし、緊張きんちょうただよった。



 昼間、教会の礼拝堂れいはいどうでアムとシリアスの結婚式が開かれたはなやかなかざりはそのままに、集落しゅうらく避難ひなんしたのか神父の気配も消えている。しかし……。


「シクシク……シクシク……」


 マリアぞうかざる最前列のベンチに、ポッと蝋燭ろうそくの明かりがともっている。


 礼拝堂の入り口に立ったヴァルダーは、口をへの字にし、まゆの古傷を摩って、情けない物でも見るような顔をして灯りに向かって行った。


「シクシク……シクシク……」


 灯りの元に立ったヴァルダーは、両腕りょううでこして、体育たいいく教師きょうしが生徒をきびしく指導しどうするように、腹の底からひびき渡る声で言った。


若様わかさま、泣くのは御止おやめなさい!」


 ヴァルダーがみると、シリアスはベンチにうつ伏せになり顔をかくして寝そべって泣いているのだ。


 ヴェルダーの怒声どせいに、シリアスは、これでも貴族きぞくの子かと言うほど滝のような涙を流し、泣きじゃくりながら抱き着いた。


「アムのやつ、アムの奴、俺様をフリやがった! 俺様はどんな顔してストロンガー家に帰ればいいのだ。このままじゃ居場所いばしょすらない。シクシク……、シクシク……」


 シリアスは、結婚式でアムの唇を先に奪った景男ことポジラーに、花嫁はなよめを奪われたことで、正式に婿養子むこようし縁談えんだん破棄はきされたのだ。


 ヴェルダーは武人ぶじんだ、政治的なことは得意ではない。だが、嫡男ちゃくなんだが妾腹めかけばらのシリアスが王位を継げないことはわかる。そのシリアスにってわいた近隣きんりん小領主のハルデン家との縁談。これが政治的にハルデン家をシリアスが事実上、乗っ取ることくらいわかる。しかし、それが、降ってわいた男・景男ことポジラーによって花嫁を結婚式でうばわれた挙句あげく決闘けっとうし負け、ヴァルガーデンへ帰るわけにも行かず、女々しく教会で涙するシリアスの情けなさにはへきへきしている。


「若様、もう泣くのはおよしなされ!」


 すると、巨漢きょかんのヴァルダーの胸の辺りで泣くシリアスは、滝のような涙き顔を向けて情けない声で言った。


「どぼじでー俺様ばかり、貧乏びんぼうくじを引くんだ~~~あ。じえでぐれーヴォルダ~~~!」


 すると、ヴォルダーは、シリアスの両脇りょうわきを強い力で掴んで持ち上げて、高い、高いと赤子あかごをあやすように持ち上げた。


「ほーれ、若様。高ーい、高ーい。若様は、いつか立派なヴァルガーデンの領主になられますぞ!」


 火に油を注いだ。シリアスは、父王ちちおうダークス・ストロンガーのおさめる首都しゅとヴァルガーデンのあるじにはなれないのが決まったから厄介払やっかいばらいされたのだ。都合つごうよく両親と夫のいない若い女領主のアム・ハルデン家への婿養子むこようし縁談えんだんがまとまり居場所いばしょが見つかったと思った矢先やさきのどんでん返し。繊細せんさいなシリアスは、ナイアガラの滝のような涙と鼻水まで流しはじめた。


「ヴァルダーのばがーーー!」


 持ち上げられたシリアスは、子供が駄々だだをこねるように、両手を振り回して叩こうとするが、なにしろ、ヴァルダーは巨漢で手足も長い。一発も当たらず、さらに悪いことに、シリアスが何に腹を立てて自分を叩こうとするのか、豪放磊落ごうほうらいらくな人の良い彼にはわからない。




 コンコン!


 教会のドアをノックする音が聞こえた。


 ヴァルダーが、シリアスを床に降ろして、「何事だ?」と怒声を発した。


 ガチャリとドアが開き、騎士団員がひざいた。


閣下かっか! ハルデン家より家宰かさいアリステロスが、シリアス様と直接話したいとお越しです」


「アリステロスが参ったか、どうされます若様?」


 シリアスは、今の今まで赤子のように泣きじゃくっていたのがなかったように、切れ長の冷たい一重を騎士団員に向けて言った。


「アリステロスは、なんと?」


「はっ、アリステロスは、姫様の無礼ぶれいをお許しくださいとのことです」


 ヴァルダーが、シリアスを力強く見つめて、「若様、勝負はまだついておりませぬな!」


「うむ!」


 シリアスは、ヴァルダーに力強く頷き返した。





「ポジラー様~、ポジラー様~……」


 その頃、ハルデン家の屋敷では、結婚の喜びでアムが景男を引っ張って、屋敷を案内して歩いている。


 バンッ!


 とびらを開くと、そこには、カイゼル髭の中年貴族と、アムによく似たドレスを着た女性の肖像画が並んで大きく飾られていた。


「あれが、おとうちゃんで、隣がおかあちゃん」


 と、アムは肖像画を指差して、ウウウ……と、突然、景男の肩で涙ぐむ。


「うえぇぇぇーん」


 アムが大声で泣き出した。


 ビリッ!


 アムが、泣き出したと同時に、景男の肩口に電流のようなものが流れた気がした。


「痛い!」


 景男は、思わず呟いた。


「うえぇぇぇーーーん、ポジラーが、私をイジメるーーーー!」


 ビリッ! ビリビリッ!


 景男の肩に、電気マッサージ器をぺちゃんと貼り付けて、いきなりメモリを強にされたときのような痛みが走った。


 バケツをひっくり返したようなハルデン家の屋敷は、壁面に部屋へやのドアが等間隔とうかんかくに並ぶ、中央には広いホールがあり、長方形の数十人は座れるテーブルが置かれている。


 景男は、リアクション芸人のように、ね飛んだ。屋敷の廊下をグルン! と転がって、一階のホールへと通じるゆるやかな壁面へきめん階段かいだんを、ゴロン、ゴロン、ブリュリュン!と転がり落ちた。


 一階まで、落ちた景男は時代劇じだいげき脇役わきやく浪人ろうにんられたように、うらめしくアムのいる二階にかいに手を伸ばすと、その背中の肖像画に自分の顔そっくりなポジラーを見た。




 つづく













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