第34話『激突! アイアンウルフ峠の赤と青との攻防』

 5日後、朝靄あさもやの中、アイアンウルフ峠に、2つの影が現れた。


「ポジラー様、あの影はなんだべか?」


 見張り台で夜警やけいをする夜目よるめくサンチョが、山の寒さで毛布もうふをかぶって震える景男に問いかけた。


 景男は、眠い目をこすって、遠目とおめを利かせるとぼんやりと赤と青の騎馬に乗る騎士、ヴァルガーデンの『赤狼せきろう騎士団きしだん』のレオン・レッドウルフと「青空せいくう騎士団』のセリーヌ・ブルースカイが現れた。


 レオンは峠に差し掛かると、クンクンと鼻を利かせた。


「セリーヌ、ちょっと待て、この先は臭いが危ない気がする」


 レオンは、おおかみのごとく鼻が利く。景男たち、「モルデール騎士団」が敷設ふせつした地雷の火薬の臭いを嗅ぎつけたのだ。


 レオンは、珍しい赤毛の狼を付き従えている。


「ホムラ! 道を示せ‼」


 レオンは赤い糸をホムラの首に巻きつけて命じた。慎重に牙をむき鼻を利かせて、景男たちが仕掛けた罠をかわして行く。




「あれは、ヴァルガーデンの新手あらてに違いない! すぐに、アムちゃんとマックスさんに知らせるんだ」


 見張り台のサンチョが、のんびりした声で言った。


「あんでまぁー、ポジラー様、あの赤い狼が歩いた道は、地雷を全部、かわしちまっただなぁ」


 と、そこに、呼び起されたでアムとマックスが表へ出てきた。


 アムは、まだ眠いのか目をこすりながら、「ポジラー様、どうかしましたか?」


 景男は、ホムラが地雷を躱し来る様子を指さして言った。


「罠がすべて無効化むこうかされた。今すぐ、地雷道の出口にマックスさんを向かわせ、出口を封鎖ふうさしないとここを防げなくなる!」


 アムはすぐさま頷いて、「マックス、すぐに!」


「ハッ! アム様‼」


 と、マックスは、見張り台を降りて、地雷原の出口に向かった。




 マックスが地雷原の入り口に立ふさがり、牙を威嚇いかくするホムラに剣を向けた。


 地雷原の向こうのセリーヌが、背中に背負った弓を取って、「あの男、中々の使い手ね。よーし!」


 セリーヌは、背中に背負った筒から矢を引き抜くと、弓につがえた。


 ヒュンッ!


 カキンッ!


 セリーヌの放った矢を、マックスは、剣で弾き飛ばした。


 見張り台から見ていたサンチョは、マックスを心配して、「あんちゃん!」と景男を担ぎ上げ救援きゅうえんに向かおうとした。


「サンチョ、来るな! ここは関所に引くしかない!」


 と、マックスは、次の矢を警戒けいかいしながら、関所に引きあげた。




 セリーヌは、レオンに目を合わせ、「レオン、厄介な敵は、関所に引っ込めたわよ。スグに『赤狼騎士団』を進めて、敵が出てきたら私の弓で援護えんごするわ」と、背中の弓に手をかけた。


 レオンは頷いて、「ありがとうハニー!」と投げキッスをセリーヌへ送った。


 セリーヌは、つがえ、「ふざけるなレオン! お前のような女であれば誰にでも甘い言葉をささやく女たらしは願い下げだ」と矢を向けた。


 レオンは、真剣な目をしてセリーヌを見つめ、口角をあげて呟いた。


「案外、オレはセリーヌには本気だよ。一度、真剣に考えてくれよ」


 シュパン!


 セリーヌの放った矢がレオンのほほかすめた。


「ほほう、レオン、身動みじろひとつしなかったな、ちょっとでも動けば、お前の額をつらぬいていたところだ」


 レオンは、頬の傷を指でさすって血をめた。熱い目をセリーヌへ向けて「本気だよ。いつも、オレは」と微笑ほほえんだ。


 セリーヌは呆れたように、「まったく、6年も私に断られているのにお前は、まったく、あきらめないな」弓を背中に戻した。


 レオンは、馬腹うまばらを蹴り、「セリーヌ、この戦が片付けば、『青空騎士団』騎士団長の役目を捨ててオレの妻になってくれよな」と背中の剣を抜いた。


 セリーヌは、おもしろい物でも見るように、レオンの告白を受けるでも断るでもなく、「考えておく」と言葉をにごした。




 レッドウルフ峠の関所の見張り台に集まったモルデールの首脳陣しゅのうじん、アム、マックス、そして、景男とサンチョは、赤狼ホムラがあばいた地雷のわなけながら、騎馬きばを下りることもなくゆっくりと赤い糸を辿たどってくるレオンと『赤狼騎士団』を見守りながら、生唾なまつばを飲み込み、次なる対策を話し合う。


 マックスは、アムに頭を下げて、「アム様、申し訳ございません。敵には弓術きゅうじゅつすぐれた者がおりました。命をけて、あの場に踏み止まり、あの先頭を来る赤髪と一騎打ちを仕掛けてもよかったのですが、あの弓に狙われていては、『漆黒騎士団』の卑怯者ひきょうものブラックのときの二の舞になると思い無念むねんながら引き上げました」と、くやしそうに自分のももを叩く。


 サンチョが、嬉しそうに、「あんちゃん、相手は容赦ようしゃなく矢を放つ弓の使い手だ。オラが近くにいたらそんな真似は絶対させねぇーけっど、まあ、無事ぶじに関所に戻って来れて一安心だべ。後は、ポジラー様が打開策だかいさくを考えてくれるべ」と景男の背中を押しだすように叩いた。


 景男は、押し出されて、準備していた罠を無力化され突破されつつある現状に、今すぐにでも対応をせまられるモルデールの女領主おんなりょうしゅアムの目の前に立った。


 アムは、景男が何かこの窮地きゅうちを打開する策を提案してくれるものと、期待きたい高まる目を向ける。


(……困ったな)


 景男は、アムの電流を利用した地雷の敷設ふせつも、口から出た思いつき、ひらめきにすぎない。そおそも、社会人経験もないニートの景男に逆境ぎゃっきょうを跳ね返す知恵などあろうはずもない。求めてもそもそも無理むりな話だ。


「アムちゃん、ごめんだけど。策はもうない」


 景男は、正直に言った。


 アムは、ビリッ! 


 マックスは、剣の柄に手をかける。


 サンチョは、握り拳の音を鳴らす。


(あはっ、策がないのは”無し”なのね……、異世界って甘くない……)


 景男は、あごに手をやり思案しあんした。


 ……1分。ビリビリッ!


 ……2分。スーッ!


 ……3分!ガツンッ!


 サンチョの拳骨げんこつが、景男の脳天のうてんに落ちてきた。


「赤髪がそこまできてるだ。何をのんびり長考ちょうこうしてるだ。すぐに打開策をひねり出さぇーか」


 ”!”


「閃いた!」


 景男は、現実世界で、ここでも大好きなSFアニメの主人公ユン・リーウェンに成り切って答えた。


「ここは、少し、こちらも損害が出るかもしれないけど、地雷原を辿ってくる間は、敵は長蛇ちょうだ一人ずつしか戦えない。こちらは、一人に30人全員で当たる各個撃破かっこげきはの戦術で行こう。いくら、後ろに控えた弓の使い手が達者たっしゃでも30人全員を射抜いぬくくことは不可能ふかのうだ。それに、幸いなことに先頭は赤髪、おそらく敵の大将だろう。大将さえ討ち取ってしまえば後はこっちのものだ」


 すると、サンチョが、あっけらかんと、「う~ん、ポジラー様の作戦は卑怯だけんど。モルデールを守るためだ不本意だけんど。仕方あるめぇーオラ協力するだ」


 サンチョの言葉につられて、アムもマックスも目を見合わせ、「よし、その作戦で参ろう!」と頷いた。




 つづく






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