第31話「ダークスの野望と”王の槍”トリスタンの苦悩」

 ――ヴァルガーデン領内・ヴァルダー町屋敷まちやしき


 ヴァルガーデン王宮の北面にガーロン・ヴァルダー、現在いまの当主のトリスタンの町屋敷がある。


 町屋敷を中心に、北方にある砂漠のオアシス都市ホルサリムから来たラクダのキャラバン隊が赤や青のテント屋根を広げバザールを開いている。


 バザールでは、水タバコを吹かせ、アラブコーヒーやを客に振舞ふるまいながら客を呼び込み、値段を吹っ掛け価格交渉する頭にターバンをかぶった商人が目立つ。


 テントの下では、絹織物きぬおりもの手吹てふきの香水瓶こうすいびんに入れた香水、パピルス草で編まれた織物おりもの象嵌細工ぞうがんさいく(一つの素材にかたどめこむ技法)、ファーテマ・ホルスの目をあしらったアクセサリーとヴァルガーデンの街では異質いしつなエキゾチックな商品が並ぶ。


 御前会議ごぜんかいぎを終えたトリスタンは、バザールを抜け、町屋敷へ帰ると、マントを床に投げ捨て朝に決まったモルデールへの進軍計画にいきどおりを見せる。


「ダークス卿は、一体何をお考えなのだ」


 と、そこへ、黒髪の目鼻立ちがハッキリした堀の深いエキゾチックな顔立ちのトリスタンの母・ナディア・アルサミが、トレーにに2つの花の香りのするハイビスカスティーを持って出迎えた。


「トリスタン取り乱してどうしたの。なにか、王宮で何か問題でもありましたか」


 ナディアは、テーブルにトレーを置くと、膝を折り、マントを拾い上げ丁寧ていねいにたたんでトリスタンに差し出した。


「母上、私は、王に清廉せいれんな父の後を継ぎ”王の槍”としての矜持きょうじをもって役目を果たしてきました。しかし、王はシリアス様が逆らえば殺せとお命じになりました」


 ナディアは、トリスタンの言葉に思わずハッと口元を隠した。


「ダークス卿は、まことにシリアス様を殺せとお命じになられたのですか?」


 トリスタンは、眉をくもらせて、「逆らえば……」


 ナディアは、トリスタンに冷静な目を向けて、「シリアス様は、今は亡きサハラ様の子。サハラ様を心の底から愛したダークス卿がそんなことを命じるはずがありません」とトリスタンをなじる。


「母上、ダークス卿は、しっかりと申しました。逆らえば……と……」


 ナディアは、膝から崩れ落ちるように、テーブルに手を置き、「ダークス卿に限ってそんなはずはありません。サハラ様の侍女じじょだった私はわかります。ダークス卿は心の底からサハラ様を愛していた。兄のカリスタン様の暴挙ぼうきょが行われるまでは……」


 トリスタンは、冷静に、「そうでしょう。レオ様が生れるまでは……、その証拠しょうこに、先代の”王の槍”だった父をシリアス様の傅役もりやくに任じたのが動かぬ事実。しかし、ダークス卿は、心変わりされた……」


 ナディアは、首を静かに横に振る。


「いいえ、トリスタン。ダークス卿のサハラ様を想う気持ちはそんなものではありません。二人はこの戦乱の世の中で生まれた政略せいりゃく結婚けっこんが始まりだったかも知れませぬが、そこにはまことがあった」


「しかし、母上、私もそう信じたい。だが、今朝の御前会議で決まったことは、そうではなかった」


 ナディアは、トリスタンの目をしっかりと見定める。


「トリスタン、ダークス卿は、自分の身に起こった兄弟で王座を争うような不幸を二度と繰り返したくはないのです」


 トリスタンは、目を伏せて、「母上、だからシリアス様をモルデールのハルデン家の婿養子むこようしに出したのではありませぬか」


 ナディアは、静かに深く頷く。


「だからこそ、ブラック様を打ち破ったモルデールとシリアス様を放ってはおけない」


 トリスタンは、唇を噛んで顔を上げ宙を睨んだ。


 ナディアは、トリスタンを問いただすように言った。


「あなたは、王と父どちらを選ぶのです!」


 トリスタンは、壁にかかった幼き頃に描いかれた”王の槍”時代のガーロンに頭をでられる自分と、若いナディアに肩を抱かれる肖像画に目頭熱く目をやった。


「父上は、私と違ってシリアス様への忠誠ちゅうせい一辺倒いっぺんとうの誇り高き武人ぶじん。シリアス様が、我らを裏切ってモルデールに味方すると言えば、一も二もなく従うでしょう」


「……」


「それは、誇り高い父に薫陶くんとうを受けて育った私も同じこと。ダークス卿の”王の槍”としての忠誠心、皇太子こうたいしであるレオ様の傅役もりやくとしての忠誠は、例え父が相手でもゆづれません」


「ならば、お父様と刃を交える覚悟かくごなのですね」


 トリスタンは静かに頷いた。


「しかし、私にとってガーロンは手本であり、師であり、父親です……」


 ナディアは、トリスタンの心中をさつして、「トリスタン、あなたは私に、お父様に使いツバメを飛ばすように言っているのですね」


 トリスタンは、ハイビスカスティーのカップを鷲掴わしつかみにして、一息ひといきに飲み干した。


「私は、ダークス卿に忠誠を誓う”王の槍”。裏切ることはできません」


 そう言って、マントを肩に付け直して、二階の自分の部屋へ去って行った。



 ナディアは、紙とペンで何やら書き連ねると、二階へ上がってベランダへ出た。


 ヒュールリー! ヒュルリーララ―!


 軒先のきさきをつくる使いツバメの足に文を巻き付けて、モルデールの空へ飛ばした。





 つづく

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