第26話『モルデール領主の逃げられぬ手錠』


 ダークスの意を受けた『漆黒騎士団』軍団長ブラック出陣の報せをヴァルデールからの使いツバメで知ったシリアスは、母サハラの悲劇を繰り返らさないために、『幻影騎士団』を率いてモルデールの町にやってきた。


 ハルデン屋敷の広間では、アムを座長に、右手に家宰のアリステロス、『モルデール騎士団』騎士団長マックス、左手にシリアスとヴァルダーが向き合って座る。


 開口一番、マックスが、テーブルを叩いて、シリアスに詰め寄る。


「どういうことなのですかシリアス様! ヴァルガーデンとは、アム様とシリアス様の婚姻によって、不戦ふせん同盟どうめいを結ぶ運びのはず、それがどうして手の平を返したように進軍してくるのです!」


『漆黒騎士団』進軍の話は、シリアスも使いツバメで先ほど知ったところだ。父王・ダークス卿の胸の内は、昨夜、ヴァルダーの話を聞くまで、なぜ自分を捨てこま同然どうぜんに扱うのかさえわからなかった。しかし、今なら少しわかる気がする父の心の中にはシリアスのたねは、愛するサハラを次兄・カリスタンが力でおそったときに出来た子かもしれないとの疑いがあるのだ。


(父にとって、私は、愛する妻を襲った男の種。憎みこそすれ、愛されるわけはなかったのだ……ならば!)


「私も父ダークスがどのような思惑おもわくで、モルデールに軍を進めているのかはわからない。わかっているのは、私はまだ許嫁いいなずけの身ではあるが、将来のモルデールの領主として、攻めてくる者には、たとえ父であろうと立ち向かうのみだ」


 シリアスの隣にならんだ『幻影騎士団』騎士団長のヴァルダーは、腹の座った主の言葉にうれしそうに胸を張る。


 ハルデン家の家宰アリステロスが、顎髭あごひげをなでながらシリアスに疑いの目を向ける。


「シリアス様のご覚悟かくごは、うけたまわりましたが、シリアス様も『幻影騎士団』もヴァルガーデンの人間ではありませんか、我らに真に味方すると言うのならそれ相当のあかしを見せてもらわねば信じることは出来かねますな」


 ヴァルダーが立ち上がって、テーブルを叩く。


「我らに証を見せよとは、アリステロス! 口約束くちやくそく以外でどのような方法で示せと言うのだ」


 アリステロスはゆっくりと、髭をなでながらシリアスからの提案を待つように長考ちょうこう素振そぶりをみせる。


「そうですなあ……」


 シリアスは、アリステロスの腹の中を読んで、顔の前で手を組んで、自分から身を乗り出して提案した。


「疑うのはしかたない。アリステロス、私がモルデールの人質ひとじちになろう」


 ヴァルダーは、目をいて、「若様! それはなりませぬ。人質ならばワシが引き受けます!」


 黙って敵国の王子シリアスとハルデン家の家宰アリステロスのやり取りをだまって聞いていたアムが重い口を開いた。


「モルデール領内に進攻しようとする敵国の王子ならば人質として十分じゅぶんでしょう。ですが、ダークス卿の人間性を考えれば、シリアス様の人質としての価値かちがどれほどのものか計りかねます」


 アムは、まだ20歳と若く姿形も幼く見えるが、尊敬する父・グレゴールと、母・セシリアに大事に育てられた一人娘だ。女であっても両親にもしものことがあってもいいように女領主おんなりょうしゅとして自立できるように、幼き頃よりモルデール一番の知恵者ちえしゃで家宰のアリステロスを傅役もりやく同然に帝王学ていおうがくを学んでいる。いくら若く見えても、女領主としての器量きりょうは十分だ。それに、ハルデン家のには、持って生まれたいかずち特性とくせいがある。この特性は、プレートアーマーで固めたヴァルガーデンの騎士たちには脅威きょういだ。


 プレートアーマーははがねよろい言わば鉄だ。鉄はアムの放つ電流をよく通す。アムの感情のたかぶりによって放つ電流にも強弱もあって、限界もあるが、これまでモルデールが大国ヴァルガーデンの侵略しんりゃくを許さなかったのは、このジャンケンのようにパーを出すヴァルガーデンに対して、チョキを出すハルデン家の特性によるところも多い。


 それにモルデールは、タンクホルム山に囲まれている。ヴァルガーデンとモルデール領内の国境には、人の通行が限られるアイアンウルフ峠があり、そこに関所せきしょもうけ、大軍たいぐんを差し向けようとも、道幅みちはばは2人の人間がすれ違うのがやっとだ。そこを支配しはいしているのが最大の強味つよみだ。



 アリステロスは、シリアスの人質で、一応は納得なっとく様相ようそうをていしたが、まだ、心に引っかかる物があるようだ。


「シリアス様を人質として、『幻影騎士団』が我らの味方になったとしても、相手は卑怯者ひきょうものと名高いブラックが率いる『漆黒騎士団』。やつらはヴァルガーデン騎士団において唯一、アム様の電流への耐性たいせいをもつ闇属性やみぞくせいよろいをまとっております。ちと、厄介な相手でございます」


 アムは、アリステロスの懸念けねんに頷いて、「ブラックは、卑怯な男だ。もしかすると、あいつが国境の渓谷シャドウリーフに着任ちゃくにんし、ラストウッド村を領した頃より、ダークス卿は、モルデールへの進軍を計画していたのかもしれないな……」






 その頃、景男は、口先くちさき三寸さんずんで、アムの天敵てんてきブラックを口車くちくるまに乗せ、進軍を一旦止めさせたが、広げた大風呂敷おおぶろしきをどうたたんだものかと腕組みしながら、アイアンウルフ峠の関所に戻って来た。


「あっ! あれはポジラー様でねぇーか」


 モルデール騎士団長の兄マックスから、景男を見つけたら二度と離れないようにきつく命じられたサンチョに見つかった。


 サンチョは、すぐに関所の門を開いて、景男のそばると、「ガチャリ!」と景男の腕と自分の腕に手錠てじょうをかけた。


「よし、これでポジラー様は、オラから二度と離れられねぇーだ」


 そう言うと、手錠のカギを谷底たにぞこへ放り投げた。


「あっ! カギを……」景男が、驚きの声をあげた。


 サンチョは、自信満々に、「あんちゃんは、言っただ。ポジラー様を見つけたら二度と離れるなと……」


 おっとりサンチョは忠実に兄の言いつけを守った。





 つづく




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