第23話『モブならぬ軍師ポジラー』  

 その頃、モルデールから逃げ出した景男は、タンクホルム山のとうげを通過し、マルサネス川沿いに山裾やますそ渓谷けいこくシャドウリーフに降りていた。


 渓谷シャドウリーフの集落しゅうらくは100人ほどが暮らす小さな村で、立て看板かんばんにはラストウッドと書かれている。


 景男が、この谷間のラストウッド村の名所めいしょで、圧巻あっかんのスターリーフォールズの滝に、一瞬で心奪われた。


 段々の岩山をマルサネス川の流れが落ちてくる。水は岩にぶつかり、あちらもこちらも乱雑らんざつに白い糸を引く。


「絶景かな、絶景かな……」


 と、景男が※滝に見とれていると、シュッ! 背後から漆黒しっこくのプレートアーマーで武装ぶそうした騎士が、景男の首筋に剣をあてがった。


あやしいやつだ。お前は、このラストウッド村の者ではないな」


 景男は、漆黒の騎士の剣を人差し指と親指でそーっとまんで、首からはなして「やあ、この町は、初めてかい、この滝はとってもきれいだよ」


 騎士は、「うん?!」と、剣を景男の首筋にまた当てて問うた。


 景男は、絵文字のコピペしたようなお道化どけた笑顔で答えた。


「やあ、この町は初めてかい、この滝はとってもきれいだよ」


 と、繰り返した。


 騎士は、「なんだ、モブキャラか……」と剣を納めた。


 しかし、騎士はいきなり抜刀し、景男を能天のうてん唐竹からたけりに、斬りつけた。


 景男は、ヒョイッと身をかわす。


 騎士は、眉をひそめて、「おかしいな、モブキャラならば私が斬りつけても逃げないはずなのになあ」


 景男は、顔面を引きつらせながら、「やあ、この町は初めてかい、この滝はとってもきれいだよ」


 騎士は、景男を睨みつけて、横切りに景男のどうを払い切ろうとした。


馬鹿者ばかもの、モブキャラが何度もけるか! この『漆黒しっこく騎士団きしだん』団長、ブラックを騙し通せると思ってか!」


 と、ブラックは、三の太刀たちを入れる。


 すると、景男は、ずかしげもなく飛び退さって、大地に手をついた。


「お許しください、ブラック様、私は、実はモブキャラに身をやつした、元・海鮮かいせん問屋どんやのご隠居いんきょなのです……」


「そうか、お前は、元・海鮮問屋のご隠居なのか! 馬鹿者ばかもの!」


 と、有無うむを言わせず四撃よんげき目を放ってきた。


 景男は、ブラックを落ち着かせようと、「ちょっと、待って下さいブラック閣下かっか、私は閣下にシリアス殿下でんかから大事な情報を預かって来た密使みっしです」と口から出まかせ、シリアスの名前を勝手に使ってみた。


「シリアス様の密使だと!」


 ブラックもヴァルガーデンの一領主いちりょうしゅ一軍団長いちぐんだんちょうにすぎない。ダークス卿の王子シリアスが、モルデールへ婿養子むこようしになるため滞在たいざいしていることも承知しょうちしている。シリアスの使いと言うのなら話を聞かずにいきなり斬り捨てるわけにもいかず、一旦、剣をさやおさめた。


 ブラックは、景男に文を出せとでも言うのか、右手を差しだす。


 景男は、思わず自分の右手を差し出して、がっちりと握手あくしゅを交わした。


「平和が一番ですね」


 景男は、外交がいこう平和へいわブラボー、白い歯を見せた。


 対して、ブラックは真顔で、一体何が起こっているのか頭の中で「・・・?」と一瞬、思考しこう停止ていしした。


「はっ!」


 ブラックは、我に返って、景男の手を振りほどき、「俺とお前が握手してどうする! 文をよこせ‼」と、再び右手を伸ばした。


 景男は、また、がっちりと右手で握手をし、左手で、ブラックの右手を包み込み、口角をしっかり開いて胡散うさんくさい笑顔を見せた。


 ブラックの頭の中で、また、「・・・? ・・・!」一瞬の思考しこう停止ていしのあと、景男の優しく包み込む両手を振りほどいた。


「だ・か・ら! シリアス様からの密使と言うからには、文を預かっているだろう。それを渡せ!」


 景男は、「・・・? ・・・!」シリアスの密使だと言うのは口から出まかせ、そんな物持っているはずがない。その時、景男は閃いた。


「ブラック閣下、シリアス様は、ブラック閣下以外の誰にも知られてはいけないとおおせで、文では無く、私に口頭こうとうで伝えよと命じました」


 ブラックは、妙に納得なっとくして、「そうか、俺に極秘ごくひ伝令でんれいなのだな。道理どうり突然とつぜん、ダークスきょうが、モルデールへ進軍しんぐんせよとお命じになるわけだ。シリアス様とは、初めからこうする段取だんどりができておったのだな。よし、聞かせよ!」


 と、ブラックは、景男に耳を寄せた。


 景男は、本当は密使ではない。今、ブラックの口から、モルデールへ進軍することを初めて聞いて、町が焼かれてアムが泣き叫ぶ顔が浮かんだ。


 景男は、とりあえずブラックの進軍しんぐんを遅らせるため、「フーッ」と耳に息を吹きかけた。


「いや~ん!」


 ブラックは、耳が弱いのだろう。思わず乙女おとめのようなかわいい声を上げた。


 景男は、ブラックのかわいい声に、「ぷぷぷ……」と笑いがこらえきれなかった。


 ブラックは、再び、剣を抜いて、景男ののどに突きつけた。


「俺は、昔から人殺ひとごろしが得意とくいでな、例え、高貴こうきな身分の方でも容赦ようしゃしない」


 景男は、「まあまあ……」と、両手を向けて、ブラックを落ち着かせて、「今のもシリアス様が、私が本物の使いであることを証明しょうめするため、そうしろとおっしゃいました」


 ブラックは、眉間みけんしわを寄せているが、妙に納得して、「そうか」と言って剣を鞘へ納め、耳を景男に向けた。


 景男は、口から出まかせヒソヒソとブラックの耳にあることないこと吹き込んだ。


 すると、ブラックの目の色が変わった。


「そうか、シリアス様は、モルデールを制圧後せいあつごは、俺に、タンクホルム山の鉱物こうぶつ利権りけんまかせると仰るのか」


 ブラックは、あごで、ニヤついた。


「悪くない話だ。よし、俺と『漆黒しっこく騎士団きしだん』はシリアス様の計画けいかくしたがおう。早く、モルデールに戻って、シリアス様に伝えよ『ブラックは、シリアス様の仰せに従うと』」




 つづく









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