第21話『アムの決断』

 父王・ダークスからのモルデール侵攻しんこうの知らせを受けたシリアスは激昂げっこうした。


「父上は、母上サハラのことの砂漠の国ホルサリムを滅ぼして、私の許嫁いいなずけマリーナを奪い取り、今度は、私の領国になりうるモルデールを滅ぼすというのか! 父上は、どうしてこうも私の大切な物ばかりうばい取るのだ。ヴァルダー、父上の心を教えてくれ‼」


 ヴァルダーは、ダークスきょうの心中に心当こころあたりがあるのだろうか、むずかしい顔をして言った。


「ダークス卿にも、思うところがあるのでしょうなあ……」


 と、言葉をにごした。


 シリアスは、ヴァルダーにするどい視線をおくって、「ヴァルダー、父上の心中に何か心当たりがあるのか?」


 ヴァルダーは、どう答えたものか困って、まゆきずをさすった。


 シリアスは、厳しい口調でヴァルダーに命じた。


「ヴァルダー、私の忠実な家来けらいならお前の知っている父上のことを正直に申せ!」


 ヴァルダーは、大きなため息をついた。そして、ポツリポツリと語り始めた。


「若様、この話を聞いても、決して自分を見失わないと約束して下さりますな」


 シリアスは、真剣しんけんな眼を向けて答えた。


「ああ、どんな話を聞いても神にちかって、取り乱しはしない」


 ヴァルダーは、記憶をたどりながら重い口を開いた。


「これは、シリアス様が生まれる前、ヴァルガーデンが統一される前の話にございます……」




 ――35年前。


 金髪きんぱつ長髪ちょうはつ、シリアスにそっくりのダークス王の率いる右腕みぎうでには『金色こんじき騎士団きしだんちょうを、まだ、眉に傷のない若いヴァルダーが団長を務めている。左腕には、『漆黒しっこく騎士団きしだん』長ブラックがいる。


「かつて、ヴァルガーデンは玉座を争う、ダークス王の二人の兄が国を二分して対立しておりました。長兄ちょうけい・ガイルズは山の主モルデールのアムの父・若きグレゴール・ハルデン公と同盟を結び、次兄じけい・カリスタンは港町みなとまちバレタニアのマリーナの父・オルカン・タイドンの支援を受け、真っ向対立しておりました。しかし、兄弟の協力を願うダークス王は、相対する二人の兄をなんとか調停ちょうていし、兄弟きょうだい結束けっそくしてヴァルガーデンの平和を模索もさくされました。しかし、ダークス王が、懸命けんめい調停ちょうていうながそうとも、二人の兄は争いを止めませんでした」




 ヴァルガーデン城の広間で、ガイルズとカリスタンが、互いにおのと細いけん喉元のどもとへ向け対峙たいじしている。若いダークスは、兄たちの決闘けっとうを広間の入口で見守っている。


「ガイルズ、カリスタンの兄上、協力して国を支えるヴァルガーデンの王子が相争あいあらそってどうするのです! 今は、ヴァルガーデンは一致いっち団結だんけつして国を守り本来、外的がいてきであるモルデールとバレタニアを牽制けんせいすべき時です!」


 ガイルズ・カリスタン「うるさい、腰抜こしぬけのダークスはだまってろ!」


 ガイルズが挑戦的に、「カリスタン、お前は、長兄ちょうけいであるオレからヴァルガーデンを奪い取ってどうするつもりだ!」


 カリスタンはあざ笑うように返答した。


「私は、内陸部の広大な大平原しか持たないヴァルガーデンをうれいております。しかし、兄者あにじゃも知っておろうが、人間が生きていく上では塩が欠かせない。ヴァルガーデンは、モルデールのタンクホルム山の岩塩がんえんか、バレタニアの海塩うみしお、どちらかを手に入れなければ生きていけない。だから、オレは海洋につながる海を選ぶ」


 ガイルズがあざけるように、「ふっ、大海へのあこがれか、噂では、バレタニアの海の向こうには、また、別の大陸があると聞く、それは冒険心ぼうけんしんがあって面白かろう。だがな、それは我らが大海を知らない井の中のかわずの可能性だってこともあるのだぞ。だから、私はまずはタンクホルム山の向こうにある蛮族ばんぞくがいると言うまだ見ぬ平原に進んだ方が良いと思うのだ」


 ガイルズ・カリスタンは互いに相手に薄ら笑いを浮かべて言った。


「我らはお互い、目指す道が違うようだ。お前か俺か、この決闘で最後まで生き残った方がヴァルガーデンの真の王だ!」


 ガイルズとカリスタンは同時に飛び退すさって、間合いを取った。


無益むえきな争いはおやめ下さい!」ダークスがさけんだ。


 ガイルズ・カリスタン「ダークスお前は、口出くちだ無用むよう!」


「行くぞ!」


 カリスタンが、ガイルズに斬りかかる。


 ガイルズは自己おのれの斧で受け止め、火花ひばならせて、膂力りょりょくに勝るり「ふんぬ!」と鼻息はないきあらくカリスタンをね飛ばす。


 カリスタンは、ひらり跳び退さって、ガイルズの重い二撃にげき目をかわす。


 カリスタンは、剣を胸の前でかかげて呪文じゅもんとなえる。


「ウォータープール!」


 カリスタンの呪文で、ヴァルガーデン城の広間は、膝ほどの水面になった。


「重武装の兄上は、これで、足を取られて動けまい」


 ガイルズは、悔しそうに眉を吊り上げて、「男同士の決闘に卑怯ひきょうだぞカリスタン!」


 カリスタンはさも当然といった表情で「生きるか死ぬかの決闘に卑怯ひきょうだなどと綺麗ごとを言う兄上はおろかだ。卑怯かどうかは勝ってから申すことですな」


 と、カリスタンはさらに、呪文を唱える。


「ソード・レイン!」


 カリスタンの胸に掲げる剣が雨となって、ガイルズに降り注ぐ。


 ガイルズは、「こんな、小雨こさめが何するものぞ!」と斧を小枝でも振るように、頭上で回して、剣の雨を防ぐ。


「はっはっは~、カリスタン、卑怯者のお前の魔法など、私には効かぬわ、わっはっは!」


 ブスリ! 


 ガイルズの背後から、短刀で布の使用人しようにんの姿のブラックが短刀で、ガイルズのプレートアーマーの繋目つなぎめ牛刀ぎゅとうを差し込み、じり上げる。


 ガイルズは、目を剥いて、ブラックの首を片手で掴み上げ、床に叩きつける。


 グホッ!


 ガイルズは、血を吐いて、そのまま前のめりに倒れた。


 床に叩きつけられたブラックは、牛刀を両手で握ったまま震えている。


 そこへ、カリスタンが歩み寄って、ブラックの肩に手を置き、「使用人しようにん、お前は、これで軍団長の身分を得た。よくやってくれた」と言い残して、ダークスの

 元へ歩み寄って来た。


 そして、カリスタンは、ガイルズを卑怯な手段で殺した次兄を厳しい目で睨みつける。


 カリスタンは、「弱いお前には何も残らん!」と言って、ツカツカとヴァルガーデン城の奥方おくがたの集まる後宮こうきゅうに入って行った。


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