第二部① モルデール領の危機

第20話『望まれて逃げる景男と、望まれずとも留まるシリアス』

「ポジラー様、見つけましたぞ!」


 アムの命令を受けたモルデール騎士団と、マックスとサンチョだ。


「あんでぇ~、ポジラー様。シリアスの若様と手なんかにぎっちまって、そっちの趣味しゅみがあるだか?」


 と、サンチョが悪意のまったくない素直な声で言った。


「こら、サンチョ! シリアスの若様とポジラー様に失礼だろう!」


 と、マックスがたしなめる。


 それを聞いたシリアスは、我に返って、ポジラーからあわてて手を放す。


「私と、ポジラーはそう言う関係ではない」


 シリアスは、言わなくてもいいのに、わざわざ手をつないでいたことを弁明する。


 すると、おっとりのサンチョが素直に言った。


「シリアス様、弁明なんてすりゃ~ポジラー様との関係は、事実だと認めたことになるだぁ」


 と、純真じゅんしんにツッコミを入れる。


 シリアスは、顔を赤らめて、「バカを申すな! 私に男色だんしょくの趣味はない!」と否定ひていする。


 景男は、必死で弁明するシリアスに、同情し、その手を取って優しく言った。


「シリアスさん、ボクはたとえシリアスさんがそんな趣味はあっても気にしないよ」


 シリアスは、景男の手を振り払って、「だから、言っておるだろう! 私にはそのような趣味はないと!」とすごい剣幕けんまくで否定した。


 だまって聞いていたヴァルダーが、妙に納得したように、言葉を次ぐ。


「若様、そのような趣味をお持ちだったのですか、長年、おそば近くにつかえていた、このヴァルダーにも知らぬことがあるのですな」


 と、深くうなずきながら、みょう納得なっとくする。


馬鹿者ばかもの! だから、私は、そのような趣味はないと言っておるだろう。お前らとは話にならん!」


 と、言って一人で、教会の外に出て言った。


「若様! このヴァルダー、若様にどんな趣味があろうと忠誠心ちゅうせいしんはかわりませぬ!」


 と、追いかけ、教会の外に出た。



 教会に残されたアムから逃げた景男と、アムの命令で追いかけてきたマックスとサンチョが残された。


 マックスはツカツカツカと景男の前まで進み出て、ひざを折り丁寧ていねいに言った。


「ポジラー様、朝食も食べずに教会にお越しになるとは、なんと、信心深しんじんぶかい事、しかし、アム様に行き先もおっしゃらずに、屋敷やしきを飛び出されては、とてもご心配の様子。私どもとモルデールの町にお帰りを」


 景男は、どう返事したものかと、困っていると、サンチョが口をはさむ。


「ポジラー様、いくらアム様が、鬼嫁おによめだって、逃げちゃいけねぇーだ。そりゃ、モルデール騎士団の者なら、みんなアム様の電撃でんげきは怖ぇ~よ。でも、みんな天気のような気分屋の性格に、我慢がまんしてつかえてるだぁ。婿むこになるポジラー様ならなおさらだべさ」


 景男は、サンチョの正直な見解に、「やっぱり、モルデール騎士団のみんなもアムちゃんのあの電撃は怖いのね」と大きくうなずいた。


 サンチョは素直に「んだ!」と二つ返事に答えた。


 マックスは、サンチョの言葉を打ち消すように、「いいえ、ポジラー様。アム様はおやさしい方です。サンチョの言うようなことはございません。サンチョの誤解ごかいであります」と弁解する。


 景男は、マックスではなくサンチョに返事を求めた。


「サンチョさん、マックスさんの言うことは本当ほんとうなの?」


 すると、サンチョは、景男に近づいて耳打ちした。


「いんや、あんちゃんは、ウソを言ってるだ。アム様はオラが言ったようなお天気屋だ」


 正直すぎるサンチョの言葉を聞いたマックスは、怒った顔をしてサンチョに近づき、脳天のうてん拳骨げんこつを食らわせた。


 ゴーン!


 痛ぅー!


 マックスはサンチョを怒鳴りつけた。


「この石頭! 手がしびれてしばらく使えなくなってしまったじゃないか!」


 サンチョは、当たり前なことで怒られても仕方ない。どうしようもないといった表情で、「兄ちゃん、バカなことを言うんでねぇーだ。オラの石頭は生まれた時からのものだ。兄ちゃんはよく知ってるべ」


 マックスとサンチョの兄弟のやり取りを見ていた景男が、突然、お腹を押さえ、もよおしてきたような素振そぶりを見せる。


「マックスさん、ボク、昨日食べたいのししの肉を食べてからお腹壊おなかこわしちゃって、ちょっと、トイレへ行ってきます。話はその後で」


 と、言い残して逃げるように、教会の控室に入っていった。


 サンチョが素直に言った。


「兄ちゃん、ポジラー様、トイレを右の部屋と左の部屋で方向を間違まちがえてら」


 マックスは、「はっ!」として、「サンチョ、ポジラー様は逃げるつもりだ。スグに追いかけろ」と命令する。


 サンチョは、なお、のんきに、「兄ちゃん、ポジラー様は、トイレで大をするんだべ、5分はかかるさね」


 マックスは、サンチョに拳を振り上げて、「サンチョ、兄ちゃんが間違ったことを言ったことがあるか!」


 サンチョは素直に首を振って、「ねぇ、兄ちゃんはいつも正しい」


 マックスはサンチョに命令した。


「サンチョ、命令だ。今すぐお前はポジラー様を追いかけて、以後、そば絶対ぜったいはなれるな! これはモルデール騎士団長の兄ちゃんの命令だ!」


 サンチョは、大きく頷いて、「兄ちゃん、わかっただ。オラ、今すぐポジラー様を追っかけて、見つけたら絶対に離れないだ!」


「よし、行けサンチョ!」




 教会の表では、シリアスとヴァルダーが『幻影げんえい騎士団きしだん』のキャンプに合流していた。


 と、そこを、そろーり、そろりと、人目ひとめけて、景男が、抜け出してくる。


 ヴァルダーが、景男を見つけて、「若様! あれは、ポジラーではありませぬか?」


 シリアスが、振り返り、「そうだな、ポジラーだ。あやつ、また、アムから逃げ出すのだろう」


 ヴァルダーが呆れて、「ポジラーは、アム様に追いかけられるくらいに好かれておるのに逃げる。シリアス様は、そでにされておるのにココに居座いすわる。まったく、不思議ふしぎめぐりあわせのお三方さんかたですな。わっはっは~」


 シリアスは、俯いて、「それを言うなヴァルダー! シクシク……、シクシク……」



 ヒュルリー! ヒュルリララー!


 そこへ、鳴き声を上げて一匹いっぴきのツバメが飛んできた。


 ヴァルダーがツバメを見つけて、「あれはヴァルガーデンからの使つかいツバメにございます」


 ヴァルダーが、ふところから笛を取り出して、「ピーッ!」と吹き、天に伸びる枝のように腕を掲げると、頭の上で旋回し、腕にとまった。


 ヴァルダーは、ツバメの足にくくりつけられた小さな文をほどいて、文面を読むと、眉を吊り上げた。


「若様! ダークスきょうより、火急かきゅうの伝令です」


 シリアスは、するどい目をヴァルダーに向けて、「父上はなんと!」厳しく問うた。


「ダークス卿は、ワシの好かん卑怯者ひきょうものの『漆黒しっこく騎士団きしだん』とブラック将軍しょうぐんをモルデール侵略しんりゃくのため出陣しゅつじんさせたようにございます」


 シリアスは、怒りの表情を見せて、「父上は、私とアムの婚姻をどうするつもりだ!」


 ヴァルダーは、眉のきずをこすりながら「おそらくは、アム様は、サハラ様と同じ道を……」




 つづく




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