第一部③ シリアスの嫉妬

第17話『涙の剣士シリアスの忘れられない影』

 その頃、景男の活躍でホグゴブリンの制圧に、なんら功績こうせきの無かったシリアスは、教会のベンチでうつ伏せになり例のごとく……。


「シクシク……、シクシク……」


 隣のベンチのヴァルダーが、「若様、いつまでマリーナ様への未練を引きずっておられるのです」あきれたように言った。


 うつ伏せのシリアスが一瞬、泣きやんだ。次の瞬間、突然、顔をあげて「うぇーん……、うぇーん……」滝のような涙を流して大泣きした。


 ヴァルダーは、大泣きするシリアスを見慣みなれているのか、大剣たいけんさやから抜いて、やいばの切れ味を確かめるように輝きを睨んでいる。


「マリーナ様は、現在は、ダークス大王の御妃おきさき様にあらせられます。いくら、シリアス様と幼き頃よりの許嫁いいなずけであったとはいえ、それは、10年も前の話。ダークス大王とマリーナ様の間には、嫡男ちゃくなんのレオ様も生れ、10歳となり正式にストロンガー家の世継よつぎに任じられました。いくら、若様が、マリーナ様をおもおうと、もはや、御妃様は若様の手には戻りません」


 ヴァルダーが言い終えるやいなや、シリアスはいきなり手元の剣を引き寄せ、抜刀し、ヴァルダーの喉元のどもとに刃を突きつけた。


「ヴァルダー、いくらお前であっても、それ以上の侮辱ぶじょくゆるさぬぞ!」


 と、切れ長の一重で睨む。


 ヴァルダーは、悪びれもせず、「さすが、若様! その切っ先のするどさには感服かんぷくいたしました。その怒りの剣技が10年前にあれば、マリーナ様をダークス大王に奪われることはなかったに、ございますな」


 ツー!


 シリアスの刃が怒りで震えている。自分を支える傅役もりやくのヴァルダーを傷つけるつもりなどなかったが、言い交わした幼馴染おさななじみみの許嫁いいなずけうばわわれた10年もの父王ちちおうダークスへの鬱屈うっくつした怨恨えんこんが、刃を振るわせ、この忠臣ちゅうしんヴァルダーののどに赤い筋をつけた。


 シリアスは、蛇目じゃがんをヴァルダーに向けていった。


「そうで、あったなヴァルダー、10年前のあの時、私に現在の剣技があれば、マリーナも、ヴァルガーデンの跡継ぎ……、いや、主の座も奪われずに済んでおったな」


 と、言って剣を鞘におさめた。


「がはは~、さすが、それがしがきたえあげた若様! ストロンガー家の皇太子の座はレオ様に奪われましたが、アム様と結婚しモルデールの領主におさまれば、ダークス大王様も高齢こうれい。後、10年、レオ様が成人されるまでどうなるかはわかりません。その時まで、大王様への復讐ふくしゅうの刃をここでおぎなされよ」


 と、ヴァルダーは、のどの切り傷を手のひらでぬぐい去った。


 シリアスは、マリア像に蛇目を向けて、「マリーナを奪われたのも、皇太子の座を奪われたのも、母が……、いいや、すべては、オレが弱かったのが原因だ」


 ヴァルダーは遠い目をして、「シリアス様の母御サハラ様は、まことの王妃様でございました。10年前に、あのような悲劇ひげきがなければ、シリアス様が今のような境遇きょうぐうおちいることなどなかったはず……」


 母・サハラの名を聞いたマリア像を見つめるシリアスの蛇目が、元の涙目に戻る。


 ヴァルダーはがらにもなく、唇を噛んで、「まさか、ダークス大王が、サハラ様の母国・ホルサリムに進軍しんぐんほろぼしてしまわれぬなど、臣下しんかの誰も夢にもおもいませぬこと」


 ヴァルダーの言葉に、シリアスは、俯いて涙を見せるでもなく、口を悔しそうに真一文字に結んで必死であふれ出しそうな憤怒ふんどの涙をこらえている。その肩は小刻こきざみにふるえ、今にも吹き出しそうなくやしさをはらの底へ押しとどめている。



 10年前、大陸の中央に位置する大平野だいへいやヴァルガーデンを領するダークスは、北面に広がる砂漠さばくのオアシス国家の王・トトメス・ホルサリムと同盟を結び、その娘サハラを正妻せいさいに迎えることにより、婚姻こんいん関係を結んでいた。


 だが、ダークスは、ハルデン家の領するタンクホルム山を源流とするを大河たいがマルサネス川をたどり海へと流れる川下かわしもしおの王オルカン・バレタニアの娘で、シリアスの許嫁、日々、美しくなるマリーナの美貌びぼうこころうばわれ、からぬことを思いついた。


 砂漠のホルサリムはえる水を産出さんしゅつするとはいえ、所詮しょせん砂漠の小さなオアシス国家。それよりも、息子シリアスの許嫁マリーナを我が物とすれば、川を使った港への航路こうろが開け、内陸のヴァルガーデンでは、タンクホルムを領するハルデン家から買うしかなかった岩塩がんえんの代わりに、海の塩を手に入れることができるとの考えにいたった。


 ダークスは、サハラとともに、その父トトメスに息子のシリアスを合わせることを名目に、軍隊を率いて行幸ぎょうこうした。


 砂漠の王トトメスも、まさか、娘のサハラと婚姻関係にあるダークスがそのまま刃を向けてくるとは思わず、あっけなく滅ぼされた。サハラは、国と父を同時に失い心痛のあまり、ホルサリムの王家が眠る巨大な墓、パラミードの頂にから身を投げた。


 同行していたシリウスも、母の苦しみ知り、父王・ダークスに取りすがったが、皇太子として母から甘やかされて育ったシリアスは剣すら握ったことがなく、常在じょうざい戦場せんじょうの父に、たやすく地面に叩きつけられ、許嫁のマリーナを奪われ、逆らえば殺すと首に刃を突きつけられた。


 シリアスは、弱かった。父に逆らい、母を追って死ぬこともできなかった。シリアスに出来たのは、いつか、母の恨み、愛するマリーナを奪った父への復讐ふくしゅうに燃えて、傅役のヴァルダーと剣技を磨くことだけだった。


 しかし、シリアスが一人前の剣士になり、自身の騎士団『幻影騎士団』を率いるまでに10年の歳月さいげつを要した。


 父・ダークスへの復讐を果たすためには、まずは、自分の城と領地を持たねばならない。そのためには、シリアスにとって、モルデール領とアムとの結婚は、最初の布石ふせきなのだ。


 シリアスは、どこからともなく現れた男・ポジラーなどにアムの婿養子の座で何が何でも負けるわけにはいかないのだ。




 つづく






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