第一部② アムの決意

第14話『ポジラーの奇跡と、アムの心』

あんちゃんー、やっただ! ポジラー様がやっただ!」


 ハルデン家の屋敷に、腹をゆらしてサンチョがけ込んできた。


 広間でアムの背中を守るハルデン家の騎士団長マックスは、弟のサンチョの報告に目をうたぐった。


「サンチョ落ち着け、ポジラー様が何をやったのだ?」


「あれだよ兄ちゃん!」


 サンチョは、町はずれの教会から森を抜け駆けてきた(およそ1km)のだ、息をぜーぜー切らして、汗がふきだして輝いている。


 マックスは、部下に命じて、サンチョに水を飲ませ、呼吸を整えさせた。


「落ち着けサンチョ、あせらずゆっくり話せ」


「うん! 兄ちゃん、わかっただ……」


「どうしたサンチョ?」


 サンチョは、素直な目をマックスに向けて、「兄ちゃん……」


 マックスは、真剣な目をサンチョに向ける。


「どうしたサンチョ」


 サンチョは、あっけらかんと腹を叩いて、「何を話すか忘れちまっただ」と大笑いする。


 ズコーッ!


 マックスも、アムもよろけた。


 アムの右腕側に控えるアリステロスが、長いあごひげをなでながら、「サンチョよ、ポジラーがホブゴブリンをどうしたかであろう」と冷静に話を戻す。


「そうだ! その話だ。オラはみてしまっただ」


 アリステロスが、回りくどく要点をないサンチョの結論を急がせる。


「サンチョよ、ポジラーは、ホブゴブリンをどうしたのだ」


 おっとりなサンチョも、この質問には簡単に答えた。


「ポジラー様は、ホブゴブリンと一緒になって踊っていただ」


 アリステロスは、「なんと!」目を見開いて驚きの表情をみせあご髭をなでる。



 マックスが、首をかしげる。


「しかし、凶暴化したホブゴブリンは、普通ならばこのモルデールの町をおそってもおかしくないはずだ。それが、どうして、ポジラー様と踊ったのだ」


 サンチョは、当たり前のように言った。


「そりゃ、ポジラー様が、おもしろいからだ」


 マックスは、なおも首を傾げて、「ポジラー様が、おもしろい?」


「んだ。ポジラー様が、突然現れて、ホブゴブリンと戦おうとするシリアス様を踏んずけて、いきなり踊り出しただ」


「サンチョ、ちょっと待て!」


 アムが、領主の席から、サンチョの報告を止める。


「アリステロス、この話、確か古文書にもあったはずだな。確認いたせ!」と命じる。


 アリステロスは、あごひげをなでる手を止め、自分の頭を指で叩いて「頭に入っております。確かに、始祖ポジラー様の伝説にも、同じ出来事が記されております」


「サンチョ、つづきを聞かせよ」


 アムは、身を乗り出して、サンチョの報告をうながす。


「オラは、見てしまっただ」


「うんうん」


「なんと」


「なんと!」


 グ~ッ!


 そこで、サンチョの腹が鳴った。突然、力が抜けたように、へなへなとその場に座り込み、「先に、飯を食べさせてくださいませ」と飯の催促さいそくをした。


 ビリッ!


 アムの体に電流が流れる。


 マックスが慌てて、サンチョを守るように、アムとの間にひざる。


「アム様、弟に悪気わるぎはないのです。生来しょうらいのおっとり者でして、腹がったらところかまわずこうなります。どうか、お許しください」


「そうか、サンチョ今回の働き大義たいぎである。裏へ行って好きなだけ食事をいたせ」


「わあ、姫様、ありがとうございます。遠慮えんりょなく、腹一杯はらいっぱい食わせていただきますだ」と言って、さっさと屋敷の台所へ下がって行った。



 アムは、椅子に深く座りなおして、テーブルにひじをつき、考え事でもするように、顔の前で手を組んだ。


「ポジラー様は、まことに……」と呟くと、すかさず、アリステロスが口をはさむ。


「姫様、たとえポジラーが、古文書の始祖ポジラー様と同じことをおこなったからとはいえ、このたびのシリアス様との縁組はなくなりません!」とピシャリと言い切った。


 アムは、きびしい視線しせんでアリステロスをみて「アリステロス、まだ、言うか! 私は、卑怯ひきょうにも父上と母上を……」


 アリステロスが、アムの言葉を断ち切るように、「姫様、それ以上は申してはなりませぬ」


 アムは、アリステロスを睨みつけて、「なぜじゃ、アリステロス!」


 アリステロスは冷静に、「亡きモルデール公とセシリア様を亡くした痛みは、私も同じ!」


 アムは、掴みかからんばかりに身を乗り出して、「母は、アリステロス! そなたの実の娘であろう! 私の怒りと、そなたの怒りは同じはずだ」


 アムに、迫られたアリステロスは、自分の取り乱しそうになる心をグッとこらえて、「私は、セシリア様の父であると同時に、このハルデン家とモルデール領内の政務せいむをあずかる家宰かさいでございます。一時の感情に流される訳にはまいりません!」


 アリステロスに言い切られたアムはくやしさをみしめるようにくちびるを噛む。


 アリステロスは、一度、深い呼吸をして静かに言った。


「姫様が、突然現れたどこの馬の骨かもわからぬ男に、伝説の始祖ポジラー様を重ねたい気持ちはよくわかります。しかし、シリアス様との結婚を断れば、大国ヴァルガーデン。っくき、ダークス・ストロンガーの思うつぼにございます」



 ポンポコポン! ポコポコリン!


 アムが、太鼓の音に気がついて、マックスにたずねた。


「なんじゃ、このたくさんの太鼓の音は?」


 マックスは、立ち上がって、「これは、ホブゴブリンの軍楽隊の太鼓にございます。まさか!」


 と、扉に向かって、剣の柄に手をかけて、身構える。


 と、そこへ、台所で骨付きの肉を食らいながら、サンチョが姿をみせて、「あーあ、これは、ポジラー様が、ホブゴブリンと踊りながらやってきただ。今夜は、祭りだな」


 と、愉快ゆかいそうに言った。




 つづく

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