第13話『ホグゴブリンの襲撃:教会の防衛戦』

 ハルデン家が治めるモルデールの町の外れにある教会を借りの宿とするシリアスの手勢てぜい幻影げんえい騎士団きしだん』は、近くの森から忍びよる無数むすうの光る赤い目と、森の静けさに不気味な圧迫感あっぱくかんを感じていた。


 団員の一人が、教会の窓から外をみると、時間とともに、赤い目が無数に増えて行くことに気がついた。


「なんだこの数は、ヴァルガーデンをたまにおそってくるグリーンゴブリンの比じゃない」


 また、別の一人が、増えつづける赤い目に驚きながら、『幻影騎士団』の頭数あたまかずを数え直した。


「俺たちは、30人しかいない。パッと目算したがゴブリンの数は、俺たちの3、4倍はいるぞ。総数そうすう100匹は下らないんじゃないか」


 さらに、別の一人が、両手剣りょうてけん砥石といしみがきながら、切れ味を試しそうと、教会の古い机に振り下ろした。机は切れたというよりも、両手剣の重みで粉砕ふんさいした。


「シリウス様も、ヴァルダー様も不在の俺たちに、この数を本当に相手にできるだろうか……」


 と増え続ける赤い目に、団員たちの不安はつのる。




 キュイイ―――!


 森の静けさを、つんざくようにホブゴブリンの鳴き声がこだました。


 木陰こかげから姿を現したホブゴブリンは、木のみきと同じ色の肌をしている。ふだんは、イタズラして人間を困らせているつもりで、ハルデン家の治めるモルデール領内の小麦農家や酪農家らくのうかに、人間が眠っている間に、実った小麦を収穫して、まとめて人間の家のドアをふさぐように置いたり、やはり夜の間にちちの張った牝牛めうしの牛乳をしぼって牛乳ぎゅうにゅうを、鉄のタンクにまとめて注ぎ込み、牛舎ぎゅうしゃの入り口に並べて置き、人間の仕事を奪ったと喜んでるような平和な種族しゅぞくだ。


 しかし、ホブゴブリンは平和的種族ではあるが、一旦いったん、怒らせると手がつけられないほど凶暴きょうぼうになる。集団で怒りのままに町をおそい、目につく物すべて破壊はかいしてゆく。ハルデン家の始祖しそポジラーが、モルデール領を治めるまでは、ヴァルガーデンからどんな優秀ゆうしゅうな領主を派遣はけんされても、ことごとくホブゴブリンに町を破壊され、モルデールは人間が放棄ほうきするような土地だった。


 ポンポコ、ポコポン!


 ホブゴブリンは教会をぐるりと取り巻きジリジリとせまってきた。先頭はボンゴのような太鼓たいこを叩く軍楽隊ぐんがくたいのようだ。


 軍楽隊につづいて、神輿みこしかつがれた、つる草でんだかんむりをかぶったつえを持つ長い白眉はくび老王ろうおうが、ワンワン涙を流しながら率いている。


 その後ろにつづいて、戸板といた神輿みこしで『幻影騎士団』に斬り捨てられたおさないホブゴブリンが花の棺桶かんおけに入って運ばれてくる。


 老王は、若いホグゴブリンから文字の書かれた石板せきばんを渡され、教会にこもる『幻影騎士団』に向かって、正々せいせい堂々どうどうと殺された幼いホブゴブリンの敵討かたきうちを宣戦せんせん布告ふこくしているようだ。




 と、そこへ、二頭にとう駿馬しゅんめって、シリアスとヴァルダーの主従しゅじゅうが教会にけつける。


 ヴァルダーは馬を降り、背中の大剣たいけんを引き抜いて森にひびき渡るような大声おおごえをあげる。


「『幻影騎士団』の騎士たちよ、皆、表へ出よ!」


 騎士団長の命令だ。重武装じゅうぶそうした団員が、教会のとびらを開いて、整列せいれつする。


 ヴェルダーは、並んだ団員の面前めんぜんで大剣をよこ一閃いっせんに振るって見せ言った。


「このゴブリン討伐とうばつ活躍かつやくすれば、褒美ほうびは思いのままだ。みなもの存分ぞんぶんにゴブリンを皆殺みなごろしにするのだ!」


「おおっ!」


 ヴァルダーのいくさ褒美ほうび話に、団員の士気しきが上がった。


 馬上のシリアスが、たたかいの気配けはいを感じて、しきりにいななき、前足をり上げる仕草しぐさをする馬をなだめながら、自己おのれもピリピリと神経質しんけいしつそうに眉をピクピク小刻こきざみにふるわせながら断言だんげんした。


「皆の者、ヴァルダーの申した通り褒美は意のままだ。私がモルデール領主りょうしゅになったあかつきには、働きしだいで兵長へいちょうしょく約束やくそくしよう!」


 と、高らかに宣言せんげんした。


「おおっーーー!」


 整列した軍団からおどろきの歓声かんせいがあがった。いよいよ『幻影騎士団』の士気は最高潮さいこうちょうだ。


 そして、シリアスが天高く剣を突き上げ叫んだ。


「かかれ……」




「ちょっと、待った―ーー!」


 シリアスが、剣をホブゴブリンの群れに振り下ろそうとしたとき、またまた、突然、頭の上にワームホールが開き、景男が落ちてきた。


「若様!」ヴァルダーが、シリアスの身を案じ、すぐに駆けろうとする。


 景男は、馬から転げ落ちたシリアスを下敷したじきに、ギプスとアームホルダーで固定された両腕を小刻みにらして、「こんにちは、皆さん」気の抜けたあいさつをする。


「ええい、何度も、何度も、私の上に乗りおって!」


 シリアスが、景男をね飛ばす。


 ぺちゃ!


 シリアスが景男を跳ね飛ばしたときに、景男の足がすべってどろを跳ね上げ、見事、シリアスの顔面に命中めいちゅうした。


「ヒ―――ッ!」


 シリアスは、神経質だ。顔の手入れも余念よねんがない。すぐに、プレートアーマーのつなぎ目にかくしたハンカチをゴソゴソ取り出して、執拗しつようぬぐって、拭って、何度も、何度も、ほほが赤くなるまでき取った。


「ポジラー、貴様きさま、私の顔に泥をぬるなどゆるさぬぞ!」


 と、すごい剣幕けんまくひたいをぶつけんばかりに詰め寄られた。




 キー――ッ!


 足元が泥濘ぬかるみでツルツルすべる景男の背中に、背後から子供のホブゴブリンが飛び乗って来た。


 およよ!


 景男は、反動で「ブチュ!」とシリアスとキスをした。


 シリアスは、景男をあわてて突き飛ばし、「ペッ! ペッ! ペッ!」と、男同士おとこどうしのキスを拒絶きょぜつするように、つばを吐き、ハンカチでくちびるれあがるまでぬぐった。


 景男はというと、ヌラヌラする景男の背中から振り落とされまいする子供のホブゴブリンが、目隠めかくしまでするので、あわわ! あわわ! フラリ! フラフラ! あやしいおどりでもおどっているように見える。


 すると、それに合わせて、森から「ポンポコポン! ポコポコポン!」ホグゴブリンの軍楽隊がリズムを取りだした。


 景男がフラフラするのを面白がるように、太鼓の音が増えてゆく。


 ポポンガ、ポポンガ、ポンポコリン!


 ポポンガ、ポポンガ、ポンポコリン!


 好戦的こうせんてきに赤く光っていたホブゴブリンの目が、しだいに優しい黒い目に変わっていた。


 仲間を殺され怒り狂っていたホグゴブリンが、景男の怪しい踊りに乗せられて、今や怒りはとけて、一緒になって面白そうに踊っている。




 と、そこに、レザーアーマーに収まりきらない腹を突き出したサンチョが駆けつけた。


「あんでまぁー、怒ったはずのホグゴブリンが、ポジラー様と一緒に踊ってら、スグに帰って兄さに教えてあげねぇーと」




 つづく





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