第一部① 異世界での混乱

第11話『ホブ・ゴブリンの誤解』

 ホブゴブリン襲撃しゅげきしらせをうけたアムは、おどろきの表情を見せた。


「おとなしいホブゴブリンが教会の『幻影げんえい騎士団きしだん』をおそうなんて信じられない! なにかの間違まちがいじゃないの?」と急報きゅうほうを報せた騎士にたずねた。


 騎士は、騎士団長のマックスの顔をみて、直接ちょくせつ、姫様と話してよいかと、目で確認かくにんした。


 マックスが、うなずくと、騎士はアムにつつしんで話した。


「はっ、おそれながら姫様。『幻影騎士団』の団員が、いつものように教会に忍び込み、イタズラのつもりでキャンドルスタンドやステンドグラス、マリア像を掃除そうじして遊んでいたのを、ホブゴブリンの性格を知らない団員が、凶暴きょうぼうな性格のグリーンゴブリンと勘違かんちがいしててたようにございます」


 アムと対峙たいじしていたアリステロスが、小振こぶりな杖をローブのふところにしまって、「なんと、おろかなことを」とシリアスにかえった。


 シリアスは、アリステロスの視線しせんから逃げるように、そっぽを向いて、「ヴェルダー!」と騎士団長の名を呼んだ。


 ヴェルダーは、高らかに笑った。


「ハッハッハ! さすがワシがきたえあげた『幻影騎士団』だ。悪さをするゴブリンを見事、倒したか」と悪びれる様子もない。


 アムは、アリステロスをハルデン家の家宰かさいとして問質といただすように言った。


「アリステロス! ボブゴブリンとグリーンゴブリンのちがいを説明せつめいもうしあげよ」


 アリステロスは、ハルデン家の家宰であるアムとシリアスの縁談えんだんについては、大国たいこく小国しょうこく婚姻こんいん同盟どうめいのハルデン家とストロンガー家の政治的問題だが、ボブゴブリンとの付き合い方は、領内りょうない政治せいじだ。シリアスが、アムと結婚けっこんしたとしても、知っておかねばならない重大事じゅだいじだ。


「ヴァルダー殿どの、タンクホルム山をにしたモルデール領内りょうないでは、親切をイタズラと誤解ごかいしているおとなしいホブゴブリンとの付き合い方が、重要じゅようにございます……」


 とアリステロスがシリアスの傅役もりやくヴァルダー苦言くげんをならべようとすると、「わかった。アリステロス、すべて聞かずともわかる」と話をさえぎった。


 アリステロスが、目をいて、説明をつづけようとすると、ヴァルダーが当然のことのようにドラ声をり上げる。


「若様が、婿むこ養子ようしに入られたあかつきには、これまでの付き合い方は知らんが、ゴブリンはすべて退治たいじしてやる。心配しんぱいいたすな」と自信じしんをもって言い切った。


 モルデール領内は、タンクホルム山にかこまれた盆地ぼんちにある。ゴブリンは、山の坑道こうどうや、岩の切れ目、森林から自然しぜん発生はっせいてきに生まれる。おとなしいホブゴブリンと、凶暴なグリーンゴブリンを見境みさかいなくてていては、周囲しゅういに敵を増やすだけ、賢明けんめい判断はんだんではない。


 ホブゴブリンがおとなしいのは、始祖しそポジラーから、アムの父・グレゴールが、凶暴だったグリーンゴブリンとけをし、なずけ、長い信頼関係しんらいかんけいきずいてきたからに他ならない。


 それを、この婿養子むこようし傅役もりやくは、モルデール領内りょうないの事情も聞かず、一方的いっぽうてきくつがえすつもりのようだ。



 アムは、アリステロスをめるように言った。


「ほれみよ、アリステロス! だから私は山のらしはヴァルガーデンのみやこものにはわからないからイヤなのじゃ」


 アムとシリアスの縁談えんだんをすすめた手前てまえ、アリステロスはハルデン家の家宰かさいとして忠義ちゅうぎと、政略せいりゃく板挟いたばさみになりこまりはてくちびるんだ。


 だからと言って、アリステロスは、アムがえらぼうとするポジラーなるどこの馬のほねともわからない人間を大事な領主の婿に、「はい、そうですか」と領国りょうごく経営けいえいをあずかる家宰かさいとして首をタテに振るわけにはいかない。ここで、アリステロスはひらめいた。


「アム様、この仲間を殺されたボブゴブリンの襲撃しゅげきけんを、シリアス様と、アム様が選ばれたポジラーとでどのようなおさめ方をするか、2人の婿殿むこどの領主りょうしゅとしての器量きりょう試験しけんされてはいかがでございましょう?」と提案した。


 アムは、ギプスとアームホルダーで両腕りょううで固定こていされた景男に、無条件むじょうけんにキラキラした目を向けて言った。


「ポジラー様なら、おとなしいボブゴブリンを平和に解決かいけつする知恵ちえをお持ちでしょう?」と信じてうたがわない目を向ける。


 景男は、素直に、「それは無理むり……」と、言いかけたとき、アムが、景男のギプスのひじにそっとれた。


 ビリッ!


 電流だ。景男は、あわてて前言ぜんげん撤回てっかいする。


「無理じゃない。このポジラーに不可能ふかのうはない! わっはっはー」


 と、微量びりょうに全身を流れる電流で顔を引きつらせて言ってのけた。

(絶対、無理だって、たたでさえ右も左もわからない異世界で、いきなり『ゴブリン討伐とうばつ』のイベント。しかも、オレの両腕りょううで骨折こっせつしてギブスとアームホルダーで固定され自由が利かないですからーーー)


 と心の中で叫んで見ても、それを感じ取ったアムの電流が微弱びじゃくから、「中」をとばして「強」になるだけだ。「NO!」の選択肢せんたくしは与えてくれそうにない。



「アリステロスの提案ていあんあいうけたまわった」


 シリアスの傅役もりやく武人ぶじんヴァルダーが、よほどの自信があるのだろうあるじゆるしなく承知しょうちする。


「シリアス様、ここで功名こうみょうを上げれば、もしかするとヴァルガーデンの主への道が見えるかもしれませぬな」


 とちからつよくはげますが、シリアスはうつむいて「シクシク……、シクシク……」必死で、妾腹めかけばらに生まれたばっかりに長男ちょうなんでありながら国をげない自分の身のあわれのくやし涙をこらえている。


 ボンッ!


 ヴァルダーは、主の心の内を知ってか知らずか、力強くシリアスの背をたたく。


「さあ、若様。我ら『幻影騎士団』の実力を存分ぞんぶん発揮はっきして、正々せいせい堂々どうどうとアム様をよめにもらいましょう」


 シリアスは、うつむいていた顔をそでぬぐったかと思うと、切れ長の一重ひとえらして顔をあげた。


「よし、行くぞヴァルダー! 我が『幻影騎士団』の実力を嫁御よめごに見せつけてやろうぞ!」


 と言って、マントをひるがえして、とびらを開けてかかとを返して出陣しゅつじんした。



 ヒュー!


 冷たい風が感電かんでんした景男の顔に吹きつける。


 景男は、意識を取り戻して、アムに言った。


「アムさん、オレには無理むりだて!」と、ギプスとアームホルダーで固定された腕を微妙に動かしてうったえた。


 アムは、信じて疑わない瞳を景男に向けて「いいえ、ポジラー様なら、不可能はございません。アムがついております」


 すると、アムのやり様をだまって聞いていたアリステロスが、「平」の字に眉と目をして冷たい口調くちょうくぎした。


「アム様、ポジラーへの協力きょうりょくはなりません。あくまで『ホブゴブリンの討伐とうばつ』は、二人の婿むこ候補こうほため試験しけん。アム様には、公平こうへい中立ちゅうりつ立場たちばを守ってもらわなければなりません」


 アムは口をとがらせて、アリステロスに不満ふまんをぶつける。


「アリステロス、ポジラー様は、両腕を骨折して動けぬ体なのだぞ。体の自由がききヴァルガーデンでも精鋭せいえいそろいと評判ひょうばんの『幻影騎士団』をひきいるシリアスがってしまうではないか、マックス! ポジラー様に協力せよ」


「ないませぬ姫様! ポジラー様に、ハルデン家の騎士団長きしだんちょうのマックスが協力しては、公平とはいえません。先ほど、ポジラー自身じしんが申したように、どんな状況でも不可能をひっくり返すのが、始祖しそポジラー様の伝説でございます。姫様もよくごぞんじにございましょう」


 アムは、アリステロスに言いくるめられ悔しそうに、ポッテリとしたタラコ唇を噛んで言った。


「ポジラー様なら、やればできる! 不可能はございませんわ」


 と無条件の信頼のキラキラ美しい目を向ける。


 景男が、それでも、「無理な物は、無理……」と、言いかけたとき、電流が全身を流れ、屋敷やしきから放り出された。


フワン!


と、同時に景男の足元にワームホールが開き落ちて行った。



 アムは、アリステロスの目をぬすみ、マックスに声をしのんでささやいた。


「マックス、誰でもいいから、誰かポジラー様のサポートに人をつけてちょうだい」


「はい、姫様!」


 マックスは、アムの命令めいれいしたがい、ハルデン騎士団きしだん屋敷やしきへ下がって行った。





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