第5話(③ー1)『異世界で目覚めたら、憧れの未来がそこに!』

 目の前が真っ暗になった瞬間、景男の意識は過去の記憶に引き込まれていった。テレビの画面を切り抜いたように流れた。幼稚園時代、初恋の女の子をわんぱくな男の子に力でねじ伏せられ泣いている。


 小学校時代、どうしてもけ算の九九くくおぼえられず、指で計算しても追いつかない。中学校、運動会の徒競走ときょうそうで転んで全員に抜かされる。高校時代、国語・地理歴史・公民こうみん・数学・理科、すべて25点で父親ちちおやにテスト用紙をほうり投げられあきれられる。そして、大学受験、自分の番号がなくひざから崩れ落ちる。そして、現在、スポットライトを浴びるアイドル未来に、輝くペンライトをるオタクとしての自分の姿がフラッシュバックする……。




 ピチャン!


ひたいが冷たい……)


 景男が目を覚ますと、あたたかくやわらかな蝋燭ろうそくあかりがれているのが見えた。灯りは部屋の隅々すみずみまで柔らかく照らし、古びた木製の家具に影を落としていた。彼はベットに横たわり、見慣みなれない天井を見つめながら、ここがどこなのかを必死で考えた。隅の机にはほこりをかぶった書物が置かれていた。その横には、小窓があり月明かりが煌々こうこうとふりそそいでいる。


「ポジラー様、気がつきましたか」


 額を冷やす布を交換こうかんする優しいアムが景男をのぞき込んでいた。


「むはっ! ここは、どこ、未来ちゃんの配信は!」


 景男は、シーツをめくって飛び起きた。


「ポジラー様、お気づきになられましたか?」


 景男が声に振り返ると、未来にそっくりなアムが心配そうに様子をうかがっていた。彼女の顔を見た瞬間しゅんかん、彼ははげしく動揺どうようした。未来にそっくりな美少女がここにいるなんて夢のようだった。自分の目を疑いながらも、彼女の優しい笑顔に少しだけ安心感を覚えた。そのとなりには、複雑ふくざつな表情をした老齢ろうれいな魔法使いの家宰かさいアリステロスが見守っている。アムは結婚式の純白のウエディングドレスから、アイドルグループ『Tropical Breeze』のステージ衣装いしょうのようにメインカラーのオレンジ色の動きやすいドレスを着ている。


「未来ちゃん?!」


 教会では、流れるような展開だったので、気がづかなかったが、景男がどさくさまぎれで唇をうばったアムは、そのたらこ唇が未来にそっくりだ。いや、よそおいこそ違うがかお姿形すがたかたちはすべてあこがれの未来だ。


「え、え、どういうこと!?」ここで初めて、景男は自分の幸運を改めて再認識さいにんしきした。が、まだ夢かうつつ戸惑とまどっている。


(俺は、ニートで、涼宮未来ちゃんは『Tropical Breeze』で、オタクとファンには一線があって……でも、目の前にいるのは、未来ちゃんで……なんだこりゃ?)


 景男は、まだ、自分が置かれている状況を完全には理解りかいできなかった。


「よかった、ポジラー様ご無事で!」


 アムは、涙を流しながら景男の胸に飛びついてきた。


 むにゅ!


 景男は、アムの高鳴る胸の優しい物を感じた。


 昇天しょうてん


 現実では、景男と未来の関係はファンとオタク。特典会でも、ツーショットチェキと握手をするのが精一杯だ。さらに、そこにはお金が介在かいざいしている。しかし、目の前のアムとの関係は肌と肌が触れあおうともお金は発生しない。


 嬉しさのあまり景男は、鼻血はなぢ噴射ふんしゃして卒倒そくとうした。


つづく

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