▼第三十六話「巨大迷宮と死の罠」
▼第三十六話「巨大迷宮と死の罠」
全員が驚いてウプウアウトを凝視した。ついで、お互いに目線を交わし合い、共通の意志を確認した。いま、ぼく、四歳って言った……????
みながあまりの異様さに固まっていた。大量の炎の灯りが全員の顔を照らしていて、あちこちの炎がちらちらと形を刻々変えるごとに、その顔に落とす色合いの濃淡も、絶えず揺らぐ。
「君は十四歳だよ、ウプくん」いち早く混乱を処理し終えたメジェドが言った。
「じぶんの歳をまちがえるわけないだろ。ぼくは四歳だよ」
ウプウアウトの様子を見るに、確かに一人称も喋り方も違う。一同は納得するほかない。
「きみは、どうして四歳になったんだろ?」とメジェドが尋ねた。
しかし、ウプウアウトは、質問の意図がわからないと言ったように首を傾げている。彼に、自分が十四歳であるという自覚はない。ただひたすらに天真爛漫だった少年の日々が、彼の身体を動かしている。
「それよりさ、さきにすすもうよ! なぜだか、わくわくするんだ!!」とウプウアウトは我先に階段を下ろうとしたので、慌ててアヌビスが腹にしがみついて歩みを止めた。「馬鹿野郎! お前みたいな危なっかしいのを連れていけるか!」
そんなアヌビスの制止を、ウプウアウトは武功を使って引き剥がした。アヌビスは両手を打擲され、痛みで手を離した。「いってえな馬鹿!!」
「じぶん、武功を使えんねや!」とレンシュドラが言った。
「あたりまえだろ?」とウプウアウトは生意気そうに言った。「ぼくは天才だって、よくお母さまがほめてくれるよ」
「三才剣法や七星歩法は学んだんか?」とレンシュドラが聞いた。こくり、とウプウアウトが頷いた。「それやったら大丈夫ちゃうかあ?」
そうは言ってもなあ、とアヌビスが考え込んだとき、ウプウアウトが叫んだ。
「ぼくは留守番なんて、ぜったいにしないぞ!!」
叫ぶやいなや、ウプウアウトは剣を抜いて顔の前に引き寄せた。剣気が剣に宿り、ばちっ、ばちっ、と刀身に雷が纏わりつく。
「剣気が使えるなら大丈夫じゃない?」とインプトは言った。インプトは第三位階一成で修練中でまだ剣気が出せず、メジェドもまだ第二位階だから剣気を使えない。だったら、連れていく価値はありそうだと判断した。
アヌビスは、ラーと一瞬だけ目を合わせた。ラーは「危険には変わりないぞ」と言った。アヌビスは頷いた。
メジェドは自ら、監視役に立候補した。
「……ぼ、僕がウプくんを見張るよ! 絶対に無茶させない!」
アヌビスには罠を解除する役目があったし、彼には任せられない。だったら、と、少しでも役に立ちたくて名乗りをあげた。
「わかった、助かるよメジェド」とアヌビスは微笑んだ。炎に照らされていて、どことなく妖艶ですらある。彼、うつくしけり。
一同は、火吹き蜥蜴に対応する作戦をウプウアウトを考慮に入れて立て直した。ところどころ、ラーがアドバイスもしたが、子供たちの手で作戦は立案された。メジェドにはこういう才があり、じつにうまい対応策を考え出した。ラーもメジェドの頭脳には称賛の声を惜しまなかった。「こいつは将来テーベの名軍師になるぞ」
そうして準備は整った。
「さあ、みんなで進もう!」とアヌビスが高らかに言った。
階段を下ると、早速道が四つに分かれていた。石の壁に、四つの穴が横並びに開いていて、それぞれに奥へと誘っている。
一同はその岐路の前に立ち、どの通路が正解なのか、アヌビスの顔を見た。
ラーは、心火を灯しつつ、目に内功を集中してみろ、と言った。アヌビスが言われた通りにやってみると、路の上に光る矢印が描かれている。
「俺も道順を忘れてしまってえらい目にあったことがあるから、印を描いておいたんだ」
「助かるよ」
アヌビスは一番右の通路を指し示した。一同はその選択を信じ、中へ入っていった。
しばらく歩くと、また同じような四つの横並びの竪穴が口を開いていた。背後を振り返ると、四つの通路がやはり口を開けている。帰りも選択を迫られる、いやらしいつくりである。が、アヌビスには印が見えるから問題はない。ふたたび正面に向き直り、また目に内功を集中させた。アヌビスは右から二番目の通路を選んだ。そして、また四つの横並びの竪穴に行き着いた。アヌビスは左から二番目を選び、歩いた。
「えげつない構造やなあ」とレンシュドラが言った。一人では到底踏破出来まい、と恐れを感じていた。
そして、またしても四つの通路が並ぶ間に出たのだった。そのとき、ウプウアウトが突然走り出した。
「アヌビスばっかりずるい!! ぼくだってえらびたいよ!!」
「……ッ!! 馬鹿野郎!!」
ウプウアウトが右から二番目の通路に入ろうとしたそのとき、アヌビスは急いで後ろから抱き着いて地面に押し倒した。
「じゃまするな!!」とウプウアウトが怒鳴ったそのとき、ウプウアウトの荷物からこぼれて出たイチジクが、ウプウアウトが入らんとしていた通路にごろごろと転がっていった。そしてある地点まで到達した瞬間、前後左右から槍が飛び出してきて、さらには無数の矢までもが射かけられた。イチジクはあっという間に粉々に砕けた。
アヌビスは、つい先ほどまでイチジクだった残骸を指差しながら「俺の指示に従わないと、ああなるんだぞ!!」と怒鳴り、ウプウアウトを本意気できつく叱った。ここで強く言い聞かせなければ、彼の命に係わる。さしものウプウアウトも、ごめんなさい、と謝り、反省をした。
ウプウアウト以外の三人も、選択を間違えたらああなるのか、と認識を新たにした。罠があるとは聞いていたが、ここまでアヌビスのおかげで無風状態だったが、ここは眠れる獅子のように、ひとたび刺激を受ければ獰猛な牙を剥く、恐ろしい場所だったのだ、と。しかし、なんといっても、ここまで選択を間違えなかったアヌビスの鮮やかな手際に、驚きを隠せなかった。夢で見たと言っても、ここまで詳細に覚えているものだろうか? まるで製作者その人のように、秘庫のすべてを知り尽くしているようではないか。
そうして幾多もの選択の先に、小さな広間に出た。アヌビスは広間には入らず、手前の壁を触り出した。
その隙に、ウプウアウトがまた懲りずに走り出しそうになったので、メジェドとレンシュドラがこれを必死に抑えた。
「お前、いまこの部屋に入ったら死ぬぞ。即死の毒霧が噴射されるんだ」とアヌビスが呆れながら言った。
壁の一部が開閉可能な扉になっていたようで、アヌビスはそれを開いた。そして、中のレバーを押し下げた。
「さあ、解除できた。行こうか」
ウプウアウト以外の三人は、唖然としてアヌビスを見た。本来ならば、ここにも山ほどの罠が仕掛けられていたのだろう。
その小部屋の先には、正方形の石畳が、横に二列並ぶ、長い通路があった。
「ここ、左右の石畳のどちらかは偽物で、踏み間違えると死の穴に落ちるから、気を付けて」
アヌビスが一マスごとに先行し、ほかの四人に正解を示し続けた。ここにもラーの付けた印があり、見分けるのに苦はなかった。途中でラーが踏み抜いたと思われる石畳みがあり、中を覗くと、どこまで深いのか誰にも見当もつかないほどの暗闇だった。アヌビスは引率する責任を一層強く感じ、目の間に汗が流れた。
メジェドは、ウプウアウトが間違えぬよう、一歩一歩、神経を張り詰めて引率せねばならなかった。気ままに歩きたがるウプウアウトを連れて歩く苦労と言ったら並大抵のものではない。
「ダメだよウプくん!! そっち行ったら死ぬって!!」
「ドアホ!! そっちやない!! こっちや!!」レンシュドラもきりきり舞いである。
四方からあれこれと口を挟まれ、ついにウプウアウトは怒鳴った。「もう! みんなうるさいなあ」
そして、ついにその場で座り込んで泣いてしまった。怖くて、ではない。思うように冒険が出来なくて、である。
「むずかしいことあれこれ言われても、わからないよ!」
「わかった、ごめんな、ウプくん」とメジェドが腰を落とし、目線をウプウアウトに合わせてなだめた。「ゆっくりでいいんだ。ただ、間違っちゃいけない。間違えたら、死んでしまうからね。でも大丈夫。みんながついてるよ」
メジェドは、最初はただただ怖いだけの存在だったウプウアウトが、だんだん自分の弟に重なって見えるようになってきていたのだった。
インプトも腰をかがめて、目線を落としてウプウアウトを慰めた。そして、背中をさすってやった。ウプウアウトの成長途上の背中は、思いのほか筋肉で引き締まっていた。
それで、ようやくウプウアウトの機嫌がよくなった。
「わかった、ぼくもがんばる」ウプウアウトは立ち上がった。
そして、その忌まわしく危険な石畳の通路を抜けると、大きな扉が立ちはだかっていた。とてつもない古木でつくられた、年季の入った、重厚そのものの大きな分厚い扉である。
「みんな、気を引き締めるんだ。この先に、
(つづく)
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