▼第二十三話「対決・超巨大砂嵐」




 ニンエガラは、ハウランの放った爆発音を聞くと、騒いだ生徒たちを一喝して鎮めた。


「騒ぐな!! ここはマスダルぞ!! 案ずるな!!」


 そして、講堂の外に出ろと命じた。


 生徒たちが外に出ると、それは否が応でも目に入ってきた。

 遥か地平線の彼方から近付きつつある巨大な破壊そのものを見て、生徒たちは唖然とした。


 それは、テーベの街を丸ごと飲み込んでもまだ余りがあるような、馬鹿げた巨大さである。

 腰を抜かす生徒もいたが、これを怯弱だ、柔弱だ、と謗るのはかわいそうだろう。子供たちにとってそれは、決定された死、とでも呼びたくなるような、圧倒的な現実だったのだから。


 ニンエガラは涼しい顔をしながら、あわあわと口を小刻みに動かしている生徒たちに言った。


「順番は前後してしまうが、十二傑の発表の前に教師の紹介をするとしよう」


 生徒たちは、ニンエガラがなんの動揺もなく、声色も態度も平常通りにそう言ったものだから、たまげてしまった。いったい、どういう胆力をしているのか。そんな場合じゃねえだろ。



「まずはレシェプを紹介しよう。紫色の長髪の男だ。長身で眉目秀麗な男だが、優男のような見た目に反して、剣術の腕は相当なものだ。閃剣雷華と呼ばれていて——おっと魔装を解放したな。あの銀色の霊甲の男だよ。諸君、耳に手を当てておけ」


 レシェプは魔装を解放すると、剣を取り、砂嵐に向かってそれを振るった。「<万雷招雷ばんらいしょうらい>ッッ!!!!」すると、突然黒々とした暗雲が立ち込め、砂嵐の上空から巨大な雷が何度も落ちた。その強烈な力が、間断なく大地と大気をはちゃめちゃに揺らす。耳を聾するとてつもない轟音である。

 生徒たちは耳を抑えていても、全身にその音を浴びて色を失っている。


 雷の巨大なエネルギーで砂嵐を構成する自然エネルギーを散らそうという作戦だ。とてつもない威力であり、武人とは何かを武功で見せつけているようだった。


「つぎに万毒双蛇ネフェブカウ。肩に蛇を巻いている老人だ。毒を使う達人で、医学にも精通している。だが、生憎と砂嵐に毒は効かないだろう。さてお手並み拝見」


 ネフェブカウは街よりも大きなその砂嵐を見て、人体で言うところの点穴をひと目で見出した。「急所はここじゃな」と事も無げに言うと、地烈黒羊バナデジェドにその要点を伝えた。


「ほう、地烈黒羊バナデジェドと協力するのか。そうこなくては。いいか貴様ら、あのように武人は協力することで成果を何倍にも出来るのだ。見ていろ。——あの羊の角が頭から生えているあの男がバナデジェドだ。地の力を操る第六位階の教師だ」


 バナデジェドは羊の角が特徴的だ。全身を黒光りする霊甲でよろっている。やや背は低く、瘦せ型の男で、目が鋭い。無精ひげが生えている。

 バナデジェドは全身を光らせると、大地に手を当てた。「<地壁興隆ちへきこうりゅう>ッッ!!!!」

 すると、砂漠の砂が盛り上がり、高さ二十メートルはあろうかという巨大な砂の壁があちこちに現れた。とてつもない巨大構造物が一瞬で出来上がるのを見て、生徒たちはまたたまげた。なんという力であろう。


 砂嵐の気流のどこを遮断すれば力が弱まるのか、ネフェブカウの慧眼がそれを見抜いており、反り立つ巨大な砂壁によって、砂嵐の勢いはみるみる減衰していく。

 武人には個の力も必要だが、このように、時には協力することも必要なのだ、とニンエガラが言った。


「そして、あの黒髪の少年のような男がソプドゥだ。背が低く、華奢な身体をしていて、童顔だから、十六歳くらいにしか見えないが、あれでいい大人だ。天弓剣翼という別号を持っていて、風の技を使う」


 ソプドゥは顔の前で素早く手印を結び、口訣を唱えた。「<颱災烈龍たいさいれつりゅう>ッッ!!!!」

 すると、超巨大砂嵐の目の前に、もう一つの竜巻が発生した。生徒たちはあまりの規模の竜巻に、目を真ん丸に見開いている。巨大な奔流たる砂嵐だったが、これに勝るとも劣らない、強烈なエネルギーを秘めていた。


 砂嵐とは逆回転になるように生成された竜巻が、砂嵐に向かって突入していく。それは世にも激しい衝突だった。お互いがお互いを打ち消しあい、砂がとてつもなく舞い上がった。風に巻き上げられた物質同士がぶつかりあい、あちこちに飛散する。狼やジャッカルやラクダが、その気流から押し出され、地面に落ちていった。


 ハウランはその動物たちを受け止めてやっている。


「動物たちを助けているのがハウランだな。ハウランの武功は炎だから、もし砂嵐に撃っていたら、炎の嵐になって災害が悪化していただろう。あれでいい」


 ハウランはその敏捷なる歩法によって、動物たちを次々に救助していく。


「ちっくしょう!! こんな賭けは無効だ!!」とハウランがウサギを抱き止めながら叫んだ。

「お前が言い出したんだろうが」とソプドゥは勝ちを確信した顔で言った。

「賭けの勝ち負けはなあ、覆してなんぼなんだよ!! この国難を賭けの対象にするなど、不謹慎極まりないと思わんのか!!」


 つい数十分前に自分が言った、賭けの勝ち負けは神聖にして犯すべからずと言った言葉は、頭からすっかり抜け落ちているようだった。


「さあ、最後に出てくるのが、このマスダルの守護者、裁剣論鬼メフルベテク先生だ」


 メフルベテクはハウランの暴論を聞きながら相好を崩している。戦闘の緊張感はまったくない。美容師が鋏を手に取るような何気ない感じで剣を抜いた。余計な力みはどこにも感ぜられない。


「各々方、余波にお気をつけなされい」と穏やかな顔でメフルベテクが言った。


 そうして、「ほっ」と一息で剣を振り抜いた。


 すると、雲まで切り裂くほどの巨大な斬撃の波が発生し、それが砂嵐の真ん中を突き抜けていく。

 砂嵐どころか、砂漠が割れ、雲まで割れた。砂嵐は勢いをだいぶ減衰させていたこともあって、それがとどめとなってたちまちに消散した。


 しかし、驚くべきはその威力である。

 遥か地平線の彼方にまで、その剣の傷痕が刻まれた。剣跡の上空には、雲ひとつない。


「相変わらずとんでもない爺さんだ」とハウランが舌を巻いた。

「メフルベテク先生、お見事でした」とレシェプがねぎらった。

「なんのなんの」とメフルベテクは穏やかに謙遜した。


 しかし教師一同は知っている。いまのは技でもなんでもなく、ただ剣を振り抜いただけであると。



「というわけで、これがマスダルの教師たちだ。運が良ければ、彼らに教えを乞うことが出来るぞ」


 ニンエガラの言う「運」とは、マスダルの教師たちは弟子を選ぶ権利があるからである。

 教師に見初められた者は、個人的に武功を教授してもらうことが出来る。

 ただし、その数はさほど多くはない。抱えられる弟子の数には限りがあるからだ。


「本当にすごい先生ばかりだなあ」とアヌビスは目を輝かせながら言った。

「ほんまやなあ。ボクはバナデジェド先生に教わりたいわあ。ボクの鍛地錬兵功たんちれんぺいこうとセンセの武功、共通点ようけありそうやもん」とレンシュドラが言った。


 生徒たちは口々にどの先生に教わりたいかを囁き合っている。ある意味で進路を決定するようなものだから、その熱はおびただしい。


「アヌビス、お前はハウランに弟子入りすることを目指せ。お前の心法は神炎錬魄訣しんえんれんぱくけつで炎系だからな」とラーが言った。

「ハウラン将軍、全然活躍してなかったけど……」とアヌビスが小声でラーに言う。

「この学園でジェフティを除けば第七位階はたったの四人しかいないが、そのうちの一人だぞ。軽んじていい者ではない」

「だって俺にはラーがいるじゃんか」

「生身の年長者から学べることは、数多くある。お前はどんどん人間関係を広げていき、さまざまなことを学べ」


 なるほど、とアヌビスは素直に納得した。


「さて、せっかくだからこのまま十二傑も発表するぞ」とニンエガラが言った。


(つづく)

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