▼第二十二話「マスダルの教師たち」
その後、続々と生徒たちが目を覚ました。
インプトも額を抑えながら、目を覚ました。起き上がりざまに美しい黒髪が揺れ、アヌビスの目を奪う。つややかな光沢はシルクの織物のようだった。
インプトも試験を合格し、霊薬の玄明蝶丹をニンエガラから授けられた。インプトは安堵の表情を浮かべた。こんなところで後れを取っていては、父に逆らって自主独立の道を歩むことが出来ない。
やがて、全員が目を覚ました。
何十人かが一斉に起き上がり、呆然としている。花獣とやり合うも、決定打がなく、倒せなかった者たちだ。めいめい拳を固めて悔しがっていた。泣き出す者も少なからずいた。
子供だけに視野が狭く、これで人生がすべて終わったとでも言いたげな顔でたそがれている者もいた。
ニンエガラはやれやれ、と毎年のように見られるこの光景に収拾をつけるべく、壇上から言葉をかける。
「諸君、これで入学式の前半部分は終了だ。あとは十二傑の発表と、教師陣の紹介を持って入学式を終える。その後は寮に案内されるだろう」と一通りの進行をした。「霊薬を手に入れたものはおめでとう」
そして、辺りを見回す。お通夜のような空気であり、とても祝福の空気ではない。ニンエガラは拳を振り上げた。
「そして、手に入らなかった者どもよ、前を向け!! いいか、まだ人生という長い旅は始まったばかりだ!! いまついた差は、あとでいくらでも取り返していける!! 貴様らは挫折するためにここにいるのだ!! 挫折から立ち直ってより強くなるために!! 可能性を自らの手で閉ざす愚か者は、よもやおるまいな!? あがけ、あがけ!! 貴様らはそれでこそ、強い戦士となる!!」
多くの生徒たちが顔を上げた。
「死ぬまで一度も負けない者がいるものか!! 死ぬまで一度も失敗しない者がいるものか!! 貴様らはその苦杯を先に乾しただけだ!! ここで立ち止まる者だけが、真の敗者なのだ!! 後日、この失敗が糧となったと言えるのだ!! 立て、立って胸を張れ!!」
ニンエガラは胸に宿る熱い情熱を、生徒どもに惜しみなく分け与え、着火していく。
全員が腹に芯の入った顔をして立ち上がった。霊薬を得た者も、油断は出来ぬということを思い知らされ、気を引き締め直した。こうでこそ、珠は磨かれる。
生徒たちが声を揃えて返答した。
「「「従ッ!!」」」
場の空気が暖かくなったそのとき。
突然、巨大な爆発音がし、大地が揺れた。その音は火山の噴火を思わせるほどに轟々とした音量で、あまりに唐突な爆音に、生徒たちが叫び声をあげた。
爆発音の起きる少し前、入学第二試験が終わったころ。
ハウランはアヌビスに賭けた金がこれでもかと膨らみ、大層上機嫌だった。しかし、緊張感はなくしていない。ハウランは警護の任を負っていたからだ。
試験中も、賭けに興じつつ、目端はつねに観衆に向いていた。怪しい者がいれば、これを捕らえて尋問する心積もりであったが、観衆のなかにはこれといった不審者はいなかった。
ところが、試験が終わったあとに試験コースの脇で、二人の男が言い争っている。
ハウランは諍いを収めるために二人の男に近付いた。
「おい、揉め事は学院の外でやれ」
落ち着いた男たちに話を聞くと、どうやら賭けのトラブルらしい。周りを見渡すと、そういう奴らが山ほどいた。
「賭けの勝ち負けは神聖なものだ。これ、犯すべからず。ぐだぐだ言う奴はそもそも勝負師ではない。貴様ら、賭博とは、負けを受け入れることなのだぞ。それが出来ぬのなら、賭けなど二度とするな!!」
ハウランがその持ち前の大声で一喝すると、男たちは縮み上がり、裏返った声で「ひゃいっ!」と返答した。
やれやれ、近頃は賭博師の質も落ちたものだ、と頭をかきながらその場を去ろうとしたそのとき、ハウランは足を止めた。
学院の外から、異様な気配が近付いてくるのを察知したのだ。
何かが、来る。
「お前ら、離れろ!!」とハウランは叫び、その場で剣を抜き放った。剣を天に突きあげると、ハウランの身体が光りを放ち、剣が燃え上がる。「マスダルの教師たちよ、呼応せよ!!」
剣から直径三メートルほどの巨大な火球が放たれ、勢いよく打ちあがり、天空で爆発した。ハウランなりの救援信号である。王立戦神学院マスダルじゅうに、その爆発音が響き渡った。生徒たちが聞いた爆発音はこれであった。
マスダルの東の砂漠に気配を感じた教師たちは、ハウランの信号とほぼ同時に身体を動かしていた。
めいめいが学院を飛び出してゆく。ハウランも学院の外へと急行した。
そして、教師たちは息を呑んだ。
信じられぬほど巨大な砂嵐が、刻一刻とマスダルに近付いているのを発見したからだ。
その超巨大砂嵐は、直径にして数キロメートルを超える、甚大にもほどがある混乱の塊であった。天を覆うほどのサイズであり、辺りは暗く翳りだす。
貪欲なる騒乱は、手近のものはなんでも飲み込み、砂やヤシの木や岩やラクダやジャッカルや鳥などを巻き上げ、踊り狂わせている。そうしてさらに成長し、身体をさらに大きくしていくようだった。
そんな暴風の不吉な風切り音が、マスダルの教師の元にも届いている。
巨大砂嵐とは、距離にして数十キロメートルはあるが、それが現在の進路である西に進めば、マスダルはおろか、テーベの街さえも壊滅するだろう。進行速度を考えれば、猶予はない。
それは一個の人間ではとても太刀打ちのできない、巨大な災害であった。
「これは立派な竜巻ですなあ。これほどのもの、一生に一度見られるかどうかですよ」と、【
メフルベテクは若い時分にはテーベ有数の勇士としてその武名を
「メフルベテク先生、感心している場合ではありませんよ。どうかご指示を」と、【
メフルベテクは髭を撫でながら笑った。これは失礼しました、と愉快そうに言いながら、各教員にそれぞれの役割を下知する。
「どうだみんな、賭けでもしないか? 普通にやっても面白くないだろう」と【龍炎獅牙】ハウランが言った。存亡の危機が目前に迫っているとは思えぬ呑気さである。
「あんたさっき大儲けしてただろ。まだ賭けようってのか?」と【
「賭けは嫌いじゃ、わしは」と【
「何を賭けの対象にするんだ?」と唯一【
「一番貢献した者が賭け金を総取りするってのでどうだ」とハウランが言った。
「乗った」とソプドゥが首肯した。
「よし、よう言うた! ほかにはおらんか?」
誰も名乗りをあげず、ハウランはやや物足りぬ思いがあったが、誰も乗らないよりはマシか、と気持ちを切り替えた。
「それでは皆さん、教師の力を生徒たちにとくとご覧に入れましょう」と【裁剣論鬼】メフルベテクが言った。
(つづく)
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