▼第二十一話「崩山穿河」
頭に花の生えた三角龍に追いかけられているレンシュドラは、目をひん剥き、汗をほとばしらせる必死の形相である。
アヌビスは懸命に駆けた。それは衝動である。勝てるか負けるかはもとより眼中にない。レンシュドラを助けなければ、ということしか頭にないのだ。
「俺が気を引くから態勢を立て直せ!」アヌビスは大声で叫ぶ。
「おおきに!」
レンシュドラはにかっと笑いつつ片目をつぶり、手でありがとうのサインを作った。
体高三メートルの巨躯が、猛然と駆ける運動エネルギーは、ヒトのそれとはけた違いである。もはや、災害の類だ。
しかも、身体の大きさはアヌビスをはるかにしのぎ、体中分厚い皮膚でよろわれている。
だがしかし、やりようはある。アヌビスは、どこにどの技を使えばいいかが直感で即座にわかった。
「三才剣法・<
アヌビスは真正面から飛び上がり、花獣の目に深々と剣を突き立てた。その衝突エネルギーを逆用するには突き技しかない。剣は頭部の奥深くにまで到達し、脳幹を破壊した。ぐびいいいいいッッと花獣は大きな声でいななき、断末魔の震えを吐き出した。
だが、花獣の突進による破壊的な衝撃は、アヌビスのか細い肩には巨大すぎた。アヌビスの小さな両肩に激痛が走る。
「ぐああああッ!!」
「その手を絶対に離すなよ、この速度で振り落とされるのはまずい!!」とラーが叫んだ。
アヌビスは痛む両肩の悲鳴を黙殺し、剣を握り締めた。手に力が入りようもないが、それをするしかない。
痛みで意識がもうろうとする。気絶しかけたそのとき、三角龍は倒れ込み、その巨体を花畑のなかにうずめた。
アヌビスもごろりと花畑の上で天を仰いだ。体中で息をしている。心拍数がとめどもなく上がる。激痛による汗が全身から吹き出した。
「アヌビス!!」とレンシュドラが駆け寄ってきた。「じぶん、大丈夫か!?」
「大丈夫じゃねえよ」とアヌビスは苦悶の表情を浮かべる。顔が青ざめていた。
「ああ、肩が外れとる。ちいと我慢しいや」
レンシュドラはアヌビスの肩を触ると、一気にそれをはめた。骨のハマる音が響き渡る。
「いってえええええッッ!!!!」アヌビスは目から涙があふれた。
「もう大丈夫や。助けてくれてほんまにありがとう」
アヌビスは涙をぬぐった。まだ肩は痛むが、動くことは動く。
「じぶん、ほんまにすごいな。三才剣法たらであないなようけ大きい獣倒せるやつ、おらんで」
「全然すごかないよ」とアヌビスは言った。アヌビスの心中には、さきほどのホルスの万雷業塵剣の残影が煌々と上映されている。
「いや正味ヤバいで」
レンシュドラはにこにこと笑いながらアヌビスの背中を叩いた。
「それより、この花はじぶんにやるわ」とレンシュドラは言った。倒したのはアヌビスだから、ずいぶんと恩着せがましい言い様である。
「あ、ああ……」アヌビスは痛みで返事をする声も震えている。
「でな。相談なんやけど、ボクが花獣を狩るのを手伝ってもらわれへんやろか」
その思いがけない言葉に、わりにお人好しなアヌビスでさえ、さすがに驚いた。なんたら厚かましいやつだ。ただ、どうしてだか、この全身に刺青の入った少年の笑顔は、ふしぎと憎めない。
「俺はもう攻撃には参加できないぞ、大丈夫なのか?」
「なに言うてんねん。ボクかてマスダルの試験に合格してるんやで?」
「ああ、そうか」とアヌビスは頷く。少年といえども、あのホルスと同様にこのマスダルの合格者なのだ。
「不意打ちされひんかったら余裕やわ」
「俺がおとりになるから、なんとかしてくれよ」
「ほんまにありがとさん!」とレンシュドラはピアスを光らせながら笑った。無数の花が背後で揺れている。
二人は多種の花が色とりどりに咲き乱れる野で、新たな花獣の気配を察知した。
体高三メートルはある巨大な花獣が、鼻をひくつかせながら周囲を警戒している。一歩歩くごとに、ずん、と重い振動が伝わってくる。
二人は視線を交わした。
こくり、とアヌビスが頷き、作戦を決行する。
レンシュドラは身を屈めて、音を立てないように花のなかを進んでいく。アヌビスから離れて、花獣の背後を取る心づもりだ。
アヌビスも呼応して、花獣の正面まで伏せながら進んでいく。
花獣は、咲き誇る花々を
そのとき、アヌビスが茂みから立ち上がり、大声で叫んだ。
「かかってこい!! 俺はここにいるぞ!!」
花獣はその声に反応し、ぶもおおおおッッという雄叫びをあげながらアヌビスに向かって駆け出した。
すると、レンシュドラが花獣の背後から立ち上がり、剣を振りかざした。
「
剣が黄色い光りを放つと、レンシュドラは大地に剣を突き立てた。強烈な光が放たれ、大地から力の波が花獣に向かって走る。
そしてそれが花獣の腹の下に到達すると、大地から巨大な鋼鉄の槍が猛烈な勢いで突き出された。槍の穂先が花獣の分厚い皮膚を突き破り、天空はるか十メートルの高さにまで突き上げた。
花獣は空中でしばらく悶えていたが、やがて息絶えた。血が鉄の槍をしたたって落ちていく。
鍛地錬兵功は、土中の岩や鉄分を基に武器を錬成する、特異な独門武功である。
その使い手は、久しくナイルの表舞台には顔を見せていなかったが、ここに新時代の旗手となり得る天才が現れた。
「あの若さであの実力、あいつも只者ではないな」とラーが驚いている。
「ああ、とんでもない化け物揃いだ」とアヌビスは顔をひきつらせている。自分はこのエリートたちを相手にやっていけるのか。
いやあ、ほんまにありがとうな、とレンシュドラが朗らかに笑いながら近づいてきた。
「レンシュドラお前、強かったんだな!!」
「なんや、第二試験でお前を襲ったアホどもと同じやと思っとったんかいな。そらな、細かいコントロールは苦手で、水晶試験ではぎりぎりの合格やったけどな」とレンシュドラは笑った。
「だってさっきは逃げてたから」
「あれは不意打ちやったっちゅうてるやろ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
そして、花獣の額から光る花を摘み取ると、二人は声を揃えて言った。
「御照覧願います!!」
学長ニンエガラは一部始終を見ていた。くくく、と笑っている。呪われた褐色の美少年と、全身に刺青の入った野性的な少年の活躍が、小気味よかった。
「うむ、二人ともすばらしい花束だ。苦しゅうない。合格とする!!」
「よっしゃあああ!!!!」
二人は抱き合ってお互いを讃えあった。
「ボクはじぶんを弟分にしたるからな!」
「馬鹿言え、お前が弟だろが!!」
「なんでやねん!!」
二人が仲良く口論していると、光に包まれて意識を失った。
目を覚ますと、石造りの講堂だった。アヌビスが身を起こすと、レンシュドラも気が付いていて、合図を送ってきた。アヌビスは手でそれを返した。肩の痛みはない。幻術の痛みは本物だが、現実世界には影響しないのだ、とアヌビスは身をもって知った。
「二人はここに来なさい」とニンエガラが壇上から言った。もはや言葉に圧はない。
「従ッ!!」と二人は威勢よく返事し、倒れた生徒たちをまたいで演壇に向かった。
「貴様らの健闘、見ていたぞ。その資格にいささかの不足なし。玄明蝶丹をやろう」
「ありがとうございます!!」アヌビスは恭しくそれを押し戴いた。
(つづく)
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