▼第二十四話「十二傑発表」
学長ニンエガラが指を鳴らすと、天空に半透明のスクリーンが現れた。
「十二傑を発表する。全員が納得がいくように、試験の映像も見せてやる」
ざわざわと生徒たちがどよめく。映像が見られるなど、奇想天外すぎる話で、武功の奥深さを実感する一同だった。
スクリーンには、まず名前が表示された。
第一宮:ホルス/第三位階・八成
第二宮:ウプウアウト/第三位階・五成
第三宮:セベク/第三位階・三成
第四宮:セシャト/第三位階・三成
第五宮:マフベト/第三位階・三成
第六宮:レンシュドラ/第三位階・三成
第七宮:インプト/第三位階・一成
第八宮:メルト/第三位階・一成
第九宮:ハピ/第二位階・十成
第十宮:ドゥアムトゥエフ/第二位階・十成
第十一宮:ハトホル/第二位階・九成
第十二宮:メジェド/第二位階・八成
アヌビスはスクリーンのなかに自分の名前が見当たらなかったことを、とくになんとも思わなかった。それはそうだ。つい一か月前は武功など身に付けたくとも身に付けられなかったのだから。むしろ合格出来ただけで喜んでいる。
レンシュドラは自分が十二傑の末席に名を連ねていることを発見し、小躍りして喜んだ。
「おいアヌビス見てみいや!! ボクも十二傑やって!! ほんまうれしいわあ」
「おお!! よかったな!! 兄貴分として鼻が高いぞ俺も」
「だれが弟分やねん!! てかいつまでやんねんこのくだり!!」
スクリーンは切り替わって、映像を映し出す。
まずはホルス。第一試験で過去最高記録を出し、父オシリスの打ち立てた記録を塗り替えた場面が流れた。黒髪をかきあげるそのさまは、一個の美術品としても通用する価値がある。第二試験でも受験生中で勝ち時計最速を叩きだしていた。花獣試験で、雷の一太刀で花獣を屠った映像が流れる。紛れもなく過去にも類を見ない才能である。
ウプウアウトも、オシリスの記録とほぼ変わらない記録で通過した傑物である。黒髪を後ろで三つ編みにしている少年で、彫刻も顔を赤らめるような美形である。黒いアイメイクで縁取られた目が野性的だ。どこか陰のある少年で、屈託のない顔は決して見せない。いつもなにかを警戒しているような張り詰めた顔をしている。今回十二傑に選出されたときも、決して満足そうな顔を見せなかった。
第二試験で見せた体術は非常に素晴らしく、さきの花獣試験では花獣を正面から叩き伏せた。とてつもない膂力である。しかし、花獣を倒しても、どこか納得のいかない顔をしていた。
セベクも優秀な成績を収めた。花獣試験では水の刃を無数に作り出し、花獣を圧倒した。将来が有望な戦士だと、誰もが認めるところである。この男は花獣を倒したのち、ガハハハッとこれ以上ないほど満足げに笑った。ある種、直情的で素直な男である。
ホルスとウプウアウトのあまりの出来に、同級生となる生徒たちはやや複雑な思いだった。この者たちとこれから競わねばならぬとは、と規格外の天才の存在に、胃が痛くなる者もいた。
「目つきが気ぃ悪いけど、あいつやっぱとんでもないやつやね」とレンシュドラが言った。
「けど、卒業までには一度でも勝ってみせるさ」とアヌビスが額に汗を浮かべながら言った。
セシャト・マフベトは、双子の姉妹であった。成績もほとんど互角である。二人とも首から下に着ぐるみを着ていて、かわいらしい顔だけがちょこんと出ている。
セシャトはヒョウ柄の着ぐるみを着ており、栗色の髪形をボブにしていて、眼鏡をかけている。頬の丸みは赤子のように柔らかそうだ。花獣試験ではかわいらしい顔とは裏腹に、掌法を使って素手で花獣を倒した。花獣の頭部が胴体にめり込むほどの凄まじい威力であった。しかし、花を摘みに駆け寄ろうとして、躓いて転げた。武功の使い手としては、信じ難いほどの粗忽ものである。戦闘中でなくてよかった、とほっと一息ついた。
マフベトは虎の着ぐるみを着ていた。金髪をツインテールにしており、浅黒い肌に悪戯っぽい目が光る。花獣試験では短剣を巧みに捌き、第三位階高位の花獣を瞬殺している。
瞬殺したのち、すぐに虎柄の着ぐるみの腹部のポケットから紙巻き薬草を取り出し、一服した。美しい幻境の花の乱れ咲く野を見ながらの一服は最高だぜ、といかにも美味そうに吸いながら少女が言った。これは内功の回復を助けるための薬草であって、どの観点からも合法のものである。そして紙巻き薬草を吸い終わったあと、腹部のポケットから陶製のスキットル缶を取り出し、木製の蓋を抜いて内用液をごくごくと飲んだ。彼女の名誉のために言うが、これは内功の回復を助けるための液体であって、繰り返しにはなるが、どの観点からも合法のものである。彼女は飲み終えて「やっぱこれだよな」と満足気に言った。
この二人が映し出されると、ホルスらによって冷えた空気が、また温まった。なんといっても真ん丸の着ぐるみが、可愛すぎるのである。だが彼女たちも十二傑に余裕で席を占められるほどの力があるのは明白だった。
レンシュドラのシーンでは、ほかの生徒たちのどよめきが広がった。天高く突き上げられた巨大な鋼の槍。その威力は、ほかの十二傑のなかでも群を抜いているだろう。またそれが南部の部族独特の紋様が全身に入っている少年だったから、驚きもひとしおであった。貴族社会外からの刺客登場である。
「あの技が出せたのは、アヌビスのおかげや。追いかけられてたら出来ひんもん」
アヌビスは照れ隠しに頬を指でかいた。
インプトがスクリーンに映し出されたとき、男子生徒一同は生唾を飲み込んだ。アヌビスも例外ではない。黒髪に浅黒い肌、黒真珠のような瞳。まだ年幼いとはいえ、末は傾国の美女になりそうだ、という予兆がある。放つオーラがすでに他を圧倒していた。
ちなみにインプトは毒の武功の使い手であり、花獣に毒を浴びせて仕留めていた。しかしインプトは毒使いにも関わらず、溶けた花獣の死体を見ていまにも吐きそうな紫色の顔色になっていた。醜悪なる事物には、まるで免疫がない。インプトは自分の家の武功が今更ながら憎々しい。
アヌビスがスクリーンのインプトに見惚れているとき、視線を感じて顔をそちらに向けた。すると、インプトがこちらを見ていた。
インプトは、アヌビスに目で合図した。「合格おめでとう」ほどの意味であろう。試験前にホルスとのいざこざを収めてもらった恩もあり、アヌビスは顔を赤くしながら目で返礼した。
第八宮に選出されたメルトは、とんでもなく目立つ髪色をしている十五歳の少年だった。右半分が青色、左半分が鮮やかなショッキングピンクと、遠くからでも所在がわかる。そしてその髪よりも目立つのは、その顔の美しさである。絶世の美形アヌビスにも勝るとも劣らない。ニンエガラは彼とアヌビスとを贔屓しないように注意する必要があった。アヌビスは女顔だが、メルトは男らしい顔つきの美形で、またタイプが違う。彼は右眉に二つ、下唇の中心に一つ、ピアスを開けていて、それがまた玄妙なる魅力を作り出していた。彼が映し出されたとき、女生徒たちはみなため息を漏らした。
花獣試験では、少々変わった武功を使った。自作の弦楽器「ギター」を使い、音に内功を乗せて攻撃するという広範囲武功で、一度に二体の花獣を仕留めた。
「うわあ、すっげえ美形だ」とアヌビスは思わず口に出した。
「よう言うわ、じぶんが言うか?」レンシュドラがたまらず即座に言った。レンシュドラからすれば、どちらも得難い才質を天から授かっているというのに。
第九宮ハピは狒々の耳を持つ巨体の少年で、すでにハウランと肩を並べるほどの高身長である。目はどこかとろんとしていて、知能の低さがどことなく窺える。剛体術の使い手で、身体を鋼のように硬くし、拳法によって花獣を狩った。その後、お腹を空かせていたハピは、どうにか捌いて食べられないか思案していた。彼は牛一頭まるごと食べられる大食漢である。
第十宮ドゥアムトゥエフは無口な男である。十二傑に選出されたときも、感情を表に出さず、微動だにしなかった。顔に陰がさしている。弓使いで、花獣を内功を込めた矢で射て倒した。そのときもまったく感情が見られなかった。しかし、美しい花を見たときに、口角がほんの少しだけ上がるのを、アヌビスは見逃さなかった。
第十一宮ハトホルは、齢十五にして、すでに一個の女として完成されつくしていた。藍色の髪の毛に、浅黒い肌の、いかにもナイルの美人である。甘い目をしていて、厚ぼったい唇は、男たちの心を鷲掴みにした。そして本人もその武器をどのように使えばいいかを熟知している。魔性の女として、すでに一流に達していると言っていい。花獣を霧の術で倒したのち、記録されているとも知らずに投げキッスをして片目をつぶった。このあたり、天性のものがある。
第十二宮メジェドは、ピンク色の髪の毛を胸まで伸ばしている、中性的な美少年だった。顔つきに自信がなさげで、十二傑に選出されたのも、驚いていた。そして、居心地悪げに下を向いてもじもじと立ち尽くしていた。
花獣試験では、半泣きになりながら、猛獣の虚をつく術を使い、背後を取って弓でこれを射た。その矢は同時に七本も発射され、しかもそのどれもが違う軌道を描いていた。これほどの神技を見たのは、どの生徒も初めてだった。教師たちも目を見張った。しかし本人は倒した花獣に近付くのも恐る恐るで、びくびくしながら、行きては戻り、行きては戻りを繰り返しながらその花を摘んだのだった。
「さあ、今回の十二傑はこの十二人だ。十二傑は、ただ名誉があるのみで、特典はない。だが、名誉があれば十分だろう。貴様らは、誉れ高きマスダルの、栄光ある十二傑なのだから!! だが、次の十二傑は誰の手にもチャンスがある。貴様ら、奮えい!! 励めい!! 次の十二傑は、お前たちだッ!!!!」
「「「従ッッ!!!!」」」
生徒たちは次こそは自分が、と燃えている。アヌビスも燃えた。
(十二傑、絶対に入ってやる)
アヌビスは拳を固く握り締めた。試験前の午前中は合格できるかも不安がっていた男が、いまはそれを不可能とは思っていない。
(誰よりも、努力しよう)とアヌビスは誓った。
(つづく)
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