▼第十九話「二十四個の霊薬」
特別理事長ジェフティの表情は、鳥の着ぐるみのせいで読めない。
生徒たちはまたひそひそとそれぞれの戸惑いを打ち明け合っている。無理もない。
「驚くのも無理はないっピ!! でも君たちのような優れた人間には、国のことや、自分の進退について、自覚的にあってほしいっピ!!」
いや驚いてるのはそこじゃない、と生徒全員が心の中で突っ込んだ。
「諸君、この困難な時代を、共に切り拓いて行こうっピ!!」
ジェフティは拳を天高く掲げた。決まった、と本人は満足しているようだった。
生徒たちは奇矯な語尾の着ぐるみのすべてに理解が追い付かず、呆気に取られている。
そして、脇から女が出てきた。
「特別理事長様、ありがとうございました。ここからはわたくしめが進行致します」と一人の女が恭しくお辞儀した。
ジェフティのあとに壇上に立ったその女は、顔の上半分を隠す赤い仮面をつけていた。それでも、わずかに見える目元と、口元から弾けるような色気があふれ出ていた。体のラインが強調されるような黒い革製の装束を身にまとっており、少年の視線を釘付けにする。とくに、スリットが入った腰布からこぼれる健康的な脚は、アヌビスにとって朝日のように眩しかった。
ジェフティは「あとは任せたっピ!」と言い、てくてくと帳の奥に引っ込んでいった。
生徒たちは、あれこれと今見た不可解な現象について意見を交わし合っている。
彼女はざわめく生徒たちを睥睨した。
「貴様ら、いますぐその口を閉じぬかッッ!!!!」
それは、講堂の全生徒の内臓を掴むような一喝だった。
「特別理事長様のありがたきお言葉を、なんだと心得るッッ!! 黙って拝聴せんか、このウジ虫以下の低能どもッッ!!」
重い一撃のような衝撃が、各生徒の内臓を襲った。彼女の声には内功が乗っていて、声だけでもそれだけの圧があった。
軽い内傷を追って背中を丸める生徒もいる。アヌビスも目が霞み、その衝撃に気を失いかけた。
ニンエガラはそこでやり過ぎたことに気が付き、こほんと咳ばらいをした。
「改めて。ようこそ、王立戦神学院マスダルへ。私は学長のニンエガラだ」とその女は言った。
仮面によって目は見えないものの、口元から厳しさがにじみ出ていた。
「今日から貴様らは、徹底的に鍛え直されることとなる。私は、愛と覚悟を持って、貴様らのヤワなクソ性根を、叩いて、叩いて、ぶっ叩き直してやろう。覚悟せよ、そして、感謝せよ」
言葉の圧が、とてつもない。一体どれだけの内功があれば、声にこれほどの威圧をこめられるのか。一同はみな、静まり返っていた。
「まもなく、貴様らはこの学校に入ったことを後悔することになるだろう。だが、弱卒はいらん。無理だと思ったら、すぐ母親の乳を吸いに退学してもらって構わない。わかったか?」
ニンエガラは返事を待った。しかし、恐怖で誰も声を発することが出来なかった。
「返事が聞こえんぞカスどもッ!!」とニンエガラは演壇を叩いた。空気がびりびりと震え、この振動にも内功が乗っているものだから、さらにくずおれる生徒も出た。「ここは貴様らの実家のような生ぬるい場所ではない!! ここでは貴様らはゴミに過ぎんのだ!! 教官が何かを聞いたら、『従!!』とだけ答えろ!! 絶対服従を誓うのだ!! わかったか、能無しの蛆虫ども!!」
「「「従ッ!!!!」」」
講堂が震えるほどの声量で、生徒たちは応えた。
ニンエガラは、その応答でようやく満足した。
「よかろう。在学中は常にその返事を忘れるな」とニンエガラは言った。
そのとき、帳の奥から台が運び入れられてきた。白い衣装を着た男たちがその台を演壇の前に据える。その上には、黒い木箱がいくつも載っていた。
倒れていた生徒たちもよろよろと起き上がり、あれはなんだ、と興味を示した。後方の少年たちは、つま先立ちしてそれを窺い見ようとする。
ニンエガラは声を張った。
「国家の柱石となる貴様らのために、テーベから特別に霊薬を支給する。入学祝だ。喜べ!」
生徒たちはうおおおおお、と歓声を上げる。
霊薬にも種類はあるが、マスダルから供給されるのは『
飲むと三年分もの内功を得られる。つまり、三年間修業したのと同じだけのチャクラの増加が見込めるのだ。興奮するのも無理はない。
「はっはっは、雛鳥たちが餌を食らいたくて
(やれやれ、いい性格してるぜ)アヌビスは仮面の学長がいるこの学園での生活に、不安を思わないではなかった。
「しかしな。貴様らは合格し過ぎだ。このテーベの修行資源にも限りがある。ここには二十四個しか用意しておらんのだよ」
ニンエガラは弱く小さな者たちを見回した。そしてその懇願するような目を見て、悦を感じた。
今日から、このテーベ有数の特異な才能たちを、争わせ、すり潰し、限界まで追い込んで、一握りの本物を削り出す。
石を砕いて玉を得るが如く。
誰かが子供たちを追い込まねばならない。誰かが子供たちを限界に追い込まねばならない。
そして、私以上にそれをうまくやれる者はいない。私以上に楽しめる者も。
腕が、鳴る。
ニンエガラは狂気の笑みを浮かべた。
「霊薬を飲めるのは、わずか二十四人。これを選抜するために、いまからゲームを行う!!」
再び生徒たちが咆哮する。興奮と熱狂である。
「では、行ってこい」
ニンエガラがそう言って指を鳴らすと、暴動でも起こしそうなほど興奮した生徒たちが、全員気絶して膝から倒れた。
その場で崩れた生徒たちの群れを見て、ニンエガラはほくそ笑む。
さあ、次代の英雄たちよ、己の真価を示せ——
アヌビスが目を覚ますと、草原にいた。緑の草が野を埋め尽くしている。辺りを見回すと、ホルスやレンシュドラなど、見知った顔がたくさんある。生徒たちはここに全員いるようだった。
手には鋏を持っている。なぜだ? と訝しんでいると、天上から声が聞こえてきた。
「諸君、ニンエガラだ。今から諸君らには、私のために花束を作ってもらおうと思う」
生徒たちは辺りを見回している。当然ながらニンエガラはそこにいない。意識に語り掛けているのだから。
「出来た者は、手を挙げて『御照覧願います』と宣言しろ。合格の基準は、私が気に入るかどうかだ。心を込めて、きれいな花を選んでくれたまえ」
学長はどんな花を気に入るんだ!? と生徒たちはパニックに陥っている。
ニンエガラはそういった質問を一顧だにせず、マイペースに告げた。
「それでは、開始!!」
もう、やるしかない。
生徒たちは一目散に駆けだした。
ある者は手近に生えている、雑草のような小さな花に鋏を入れようとした。
しかし、切れぬ。
なんで、なんで、と焦るばかりで、どれほど力を入れても、切れない。
見るからに心細いばかりの薄い茎に、刃が入らないのだ。
「ふ、考えたな」とラーは腕組しながら笑った。
「どういうことだ?」
「これはな、蝋燭の修行と同じだ。チャクラ操作、意念を使わなければならない」
「なるほどなあ。だから普通にやっても切れないのか」
「それより、アーヤマカンでやったように、気の濃い部分を探ってみろ。そこに花畑があるはずだ」
「やってみる」
目を瞑って集中すると、前方にそれがあることが感ぜられた。
アヌビスは七星歩法を使い、幻想の野原を駆け出した。
(つづく)
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