第7話 わたあめ
「よし、クラスに紙をばら撒くのは誰にも見られずに済んだな。ま、ばれたところで秘密にさせるだけだけどな」
「ああ。でも、これじゃあ舞華まで巻き込むことになるんじゃないのか?」
放課後、ほとんどの生徒が出払った教室で、二人の男子生徒が話していた。
「だからそれもこれも、あいつのせいにしちゃえばいいんだよ。数の暴力でな」
「俺はバレたりしなきゃ何でもいいけどな。俺の目的は別だし!」
日が沈み始め夕日さす教室で、二人の密談は続く。
「てかさ、あいつが園田のことをいじめてたっての、ほんとのことなんだろうな?もし違うなら、結構やばいことしてるからな?」
「そこは問題ねーよ。何せあいつと同じ中学の友達からの情報だからな。間違いない。だから安心してくれ」
「そうか、なら安心だな」
となれば、と一人が続けた。
「次はどうする?いっそのこと、直接脅してやるか?見たところ本人に度胸なんてなさそうだし、手っ取り早くていいんじゃないか?」
「いや、まだ舞華との関係性は謎だからな。ここは慎重にいこう」
だからこそ気に入らないと、そう拳を握りしめて溢すのを、内心白い目で見つめる男子生徒。
「確かにそうだな。となれば」
ピロン♪
「あ、悪りぃ。先輩からだ。早く練習でろってさ」
「そうか、練習終わったらまた連絡してくれ」
そんなやりとりの後、一人は足早にグランドへ向けて去っていった。
もう一人は教室を出て、廊下を歩きながらポツリとつぶやいた。
「大変だな、我らがエース様は」
空になった教室に、冷たい風が吹き込んでいた。
ーーーー
甘いものが好きだ。
私が好きなのは特にわたあめ。
好きだからと言って、毎日食べるわけでもない。食べるのは年に何度か、お祭りとかでだ。
甘いものが好きだ。食べてて幸せになれる。
嫌なことがあった時は、いつだって甘いものに逃げる。そして気持ちを切り替えるのだ。
だけどそれは、甘いものが好きなだけで、元となる砂糖が好きなわけじゃない。
甘みの元は砂糖だ。それは間違いない。でも、だからって砂糖を舐めたりしない。
剥き出しのそれは、受け入れるには強すぎるから。
必要な過程を経て、甘さは人に受け入れられるようになるのだ。
あの時の私は、その過程を経ていなかった。
ただ責めて、ただ貶めて、ただ許さなかった。
本人の弁解すら聞かずに、ただ決めつけたのだ。
実際私は、怒ってもいたのだ。いけないことをしたお兄ちゃんに本心から怒ってた。
だけどそれは、剥き出しの凶器で。
あれは糾弾とは呼べない。ただの一方的な暴力だ。
それでもいつか、ちゃんと元通りになるって、そう信じてた。
だけど気づいた頃にはお兄ちゃんは、すでに不登校になってしまった。
それでも当時はいじけているだけだと、自業自得だと思っていた。
いつかきっと立ち直るって、底に叩き落とした当人のくせに、そう思っていた。
兄が立ち直ることはなかった。それどころか、家族との距離はたちまち離れていった。
1番の原因はお母さんの態度。明らかに、お兄ちゃんのことを煙たがっていた。
そしてついに、兄は家を出ていってしまった。
私はお母さんに止めるように言った。お母さんは止めなかったけど、ここで止めなきゃ、取り返しがつかなくなると思ったから。
私はお兄ちゃんに、どうして出ていっちゃうのって聞いた。
「言っても信じないだろ」
私にとって、決定的な一言だった。
取り返しのつく時期なんて、とっくに過ぎていたのだ。
あの時話をちゃんと聞かなかった時点で、すでに手遅れだったのだ。
そんな事態を引き起こした自分の罪を、今更ながらに自覚したのだった。
そしてお兄ちゃんは独りになった。
家を出て行かれてからも、私は何度かお兄ちゃんに会いに行った。
繋がりが完全に途絶えてしまうのが怖かった。
お兄ちゃんは、優しい人だった。そんなお兄ちゃんを私は大好きだった。
そんな大切な人を傷つけた。
私がわたあめを好きなのは、お兄ちゃんがわたあめを好きだったからだ。
一つのわたあめを、二人で分け合った。そうやって育ってきた。
そんな日々を、私は取り戻したい。
だから私は、ある計画を実行に移すことにした。
迷惑を承知で、それでも私はするんだ。
私は覚悟に満ちた目で、お母さんにそれを打ち明けた。
「私、お兄ちゃんとまた一緒に暮らしたい」
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