第6話 いつか見たあの子の笑顔が

 「いじめらしいよ。3組の子が死んじゃったのって」


 中2の春のことだ。

 通っていた中学でイジメを理由として、一人の生徒が自殺した。


 隣のクラスの子で、約2年間同じ中学に通っていたが、一度も話したことのない女子生徒だった。名前は知ってるが、顔は一致しなかった。


 この事件はニュースでも報道された。私はテレビで、その生徒の名前を知った。


 見覚えはあった。たまに日直などで早く学校に行くと、彼女はすでに登校していて、花壇に水やりをしていた。


 目があった私に、にこりと笑顔を向けてくれたのを私は覚えていた。


 たったそれだけ。それだけの思い出だけど、彼女の死は私の胸に大きな空洞を開けた。


 気づいてあげれば、何かできたんじゃないかって。


 もちろん、わかっていた。そんなたられば、いくら言っても仕方ないことだってことは。


 それでも、あの子の笑顔が幾度となくフラッシュバックする。


 後から知った。あの時彼女はすでにいじめられていたのだそうだ。

 だとしたら、あの笑顔はどんな気持ちで溢れたものだったのか。


 助けてよ。


 そう、訴えかけてきていたのではないか?

 

 または、気丈に振る舞っていただけではないのか?


 全て根拠のない想像だ。

 後から彼女の気持ちを決めつけているだけだ。


 どうであれ、いじめた奴らが許せなかった。


 名前すら知らなかった少女だけど、特別な理由なんてないけど、怒りは収まることがなかった



 あの日、友達が手を振り払われ傷ついた姿に、我を失うところだった。


 いや、失っていた。現に私は彼に怒りをぶつけた。

 突然あんなことをするなんて、最低なやつだと思った。


 でも、彼を見る目はすぐに変わった。


 決定的だったのは、瑞樹が彼を弾糾した時だ。


 あの、諦めにも似た瞳が、態度が。


 何よりも独りで立ち尽くす姿が、脳内のあの子と重なった。


 何かがある。普通ではない何かが、恵美と喜多見の二人にはある。


 それに気づいた私は、行動せずにはいられなかった。


 あの時気づけなかった過去を、繰り返したくなかった。


 「迷惑、か」


 薄っぺらい正義感。数々の無礼。

 身勝手な親切の押し売り。


 何様だったのだろう、と思う。


 救う立場であると勘違いした。そして彼の邪魔をしてしまった。


 ここが分岐点。ただし片方は通行止め。


 私が彼に用意してもらえた、絶対の引き際。


 何もできない自分の小ささに、私は小さく歯噛みした。


 その行為でさえ、自惚であることを自覚して、それでも私は我が身の矮小さを自重する他なかった。

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一人と独りの静電気 枕元 @makuragenn

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