第5話 認められない理由

 結局、俺が福村からの質問に答えることはなかった。


 ただ一言、「帰ってくれ」と、そう言った。


 福村はどこか失望したような、それでいてまだ諦めていないような、そんな面持ちで部屋を出て行った。


 どうだろう。真実を俺の口から話すべきだっただろうか。


 その失望は、何に向けてだったのだろうか。俺にはやはりわからない。


 もし話したら、何かが変わったのだろうか。


 力になってくれる?支えになってくれる?


 いや、だめだ。きっと園田の味方をされる。


 そんな最悪の想定が、その他全ての希望を塗りつぶしてしまう。


 そうなってはもう、踏み出せない。


 そもそも信じてもらえるかすらも怪しい。あの瑞樹とかいう子も、絶対に園田の味方に着くだろう。

 

 「くそっ」


 2度目の悪態。それは何に対しての呟きだっただろうか。


 煮え切らない自分の心?どうしようもないこの現状?

 そもそも、この現状に悩まなくてはいけないこと自体?


 『辛そうだから』


 

 (あぁ、そうか)


 ふと浮かんだ、福村の言葉。


 これだ、これがムカつくんだ。何よりも頭にくるんだ。


 何故そんなことがわかる。別に妥協して一人になったわけじゃない。


 選んで、進んだ道なんだ。


 なのに彼女は首を突っ込む。遠慮なしに。不躾に。


 俺を心配するメリットなんてない。つまりは善意に近い何か。


 つまり、それは、かつての。


 「相入れない、わけだよな」


 一人呟き、俺は枕に顔を埋める。


 あの失望は、きっと誰に向けられたわけでもないだろう。

 誰でもない、他でもない自分自身へのものだ。


 その感情を、俺を破滅へ導いたその感情を、俺は絶対に認めない。認めるわけにはいかない。


 それは自分の選んだ道を否定することになるのだから。




ーーーー


 福村が家を訪ねてきた翌日、俺は重い体を引きずって何とか登校した。


 気は進まないが、これも卒業のためだ。


 もともと学校という場所が苦痛なわけではない。

 もちろん嫌な思い出はたくさんあるが、それはあくまで過去のこと。今のクラスメイトたちに当てはめているわけではない。


 その上で、関わらないことを選んでいるわけだが。


 だから福村や園田に遭遇さえしなければ、学校生活そのものは問題ないのだ。少なくともこれまではやってこれたのだし。


 まぁ、そのこれまでが通用しなくなったのが問題なのだが。


 「喜多見……って、あ!逃げるな!」


 事前に福村の来襲を予期していた俺は、男子トイレに逃げ込むことでエンカウントを回避。


 かれこれ朝から3回だ。彼女は何度も俺の元へ来ていた。


 話すことなんてない。だから徹底的に避けさせてもらう。


 園田も学校には来ていないらしい。ソース?後ろの席の奴らに決まってる。自分で確認なんてそんな危険な行動起こせるわけがない。


 俺は授業が始まるギリギリまで、トイレの中で時間を潰すのだった



ーーーー 


 「はぁ、はぁ、やっと捕まえた」

 「まじかよ」


 昼休み、とうとう俺は捕まってしまった。


 授業が終わるなり、人気のない空き教室に逃げ込んだのだが、どうやら捕捉されていたらしい。


 居場所がバレた俺は袋の鼠。観念してお縄についたわけだ。


 「何なんだよ、朝から」

 「別に?あんたと話がしたかっただけだけど?」


 嘘をつけ。知りたいだけだろ、真実を。


 「それは確かに知りたいよ?でもさ、あんた話してくれないし。でも、諦めたくないし」


 だから、と彼女は続ける。


 「話してくれるまで、待つから」

 「何勝手なこと言ってんだよ」


 迷惑だからやめてくれ。そう彼女に言い聞かせるが。


 「絶対にやめないし、絶対に諦めないから」

 

 そう言って彼女は、手に持っていたお弁当箱を開けた。どうやらここで食べるらしい。


 「おい、なんで」

 「私がどこで食べようと勝手でしょ。あ、でもあんたはここだからね?」


 福村はめちゃくちゃな理論で一瞬で矛盾してみせた。俺に人権はないのか。


 




ーーーー


 そんなお昼の光景は一週間続いた。


 今日は月曜日。休みを挟んでも福村は変わらず俺のところへ来た。


 一体何が彼女をここまでさせるのだろうか。


 そんなことを思わせるほどに、彼女は諦めを見せない。


 「ねぇ、あんたって頭いいの?勉強できる?」

 「……」


 「そういえばーーーー」


 なんて会話がほとんど。話しかけられて、無視する。

 先週のほとんどは、そうやって時間が過ぎていった。


 でも、今日はどこかおかしかった。


 彼女は変わらず俺のところへは来たが、一度も話しかけてくることはなかった。

 それどころか少し居心地が悪そうにしていた。

 まぁ俺としてはそちらの方がありがたい。そろそろ無視するのにも疲れてきていた。


 無視するというのは時に、無視されるよりも疲れるのだ。


 だからラッキー程度に思っていた。でもそれは、俺にとってさらに面倒な事態の襲来を表していた。



 昼休みが終わり、教室に戻った時のことだ。

 

 俺の机の中に、こんなことが書かれた紙が入っていたのだ。



 【次は福村舞華をいじめるのか】


 

 脳裏を、あの苦い過去がよぎった。




ーーーー



 「はぁ……なかなか心を開いてくれないなぁ」


 金曜日、学校が終わった私は家に着くなりベッドにダイブ。成果のない日々に少しヤキモキしながら、そう一人ごちた。


 この一週間でわかったこと、正しくは思ったことというのが正しいか、それは彼が、口で人を拒絶する割には、人付き合いが苦手ではなさそうということだ。


 人付き合いが苦手、というよりは無理して人を遠ざけている。そんな印象を受けた。


 もはや何かを隠しているのは間違いない。


 そして一週間前、はぐらかされたあの質問。それがやはり正しいんじゃないかって私は思い始めていた。


 恵美とは連絡すら取れていない。あれから一週間彼女は学校にすら来ていない。


 メッセージを送ってみたが、既読すらつかない。


 あの時の涙は喜多見が関係していると見て間違いない。


 「でも、なんで恵美が泣くんだろう」


 仮に喜多見が本当に恵美をいじめていたのなら、喜多見の罪を暴露してしまえばいい。

 そこまでしなくても、周りに相談できる人間はいるはずだ。


 でもそうじゃない。恵美には喜多見を責められない理由がある。


 「そして喜多見は、きっと恵美のことをいじめたりしていない」


 正直、それは確定と思っていいと感じていた。


 一週間、一方的とはいえ一緒の時間を過ごした。

 

 邪険にしながらも、私が嫌がることを直接言ってきたりはしなかった。

 無視はされたけど、変に追い出されもしなかった。


 無愛想だけど、それだけだ。一緒にいて嫌な感じはしなかった。


 主観が混じるが、私には喜多見がイジメをするような人には思えなかった。


 「なら、どうして」


 二人の間にある何かが、私にはわからなかった。





ーーーー


 週明け、少々面倒なことが起きた。


 「舞華ってさー。あの喜多見?って子と付き合ってるの?」


 クラスメイトが、そう訪ねてきた。


 どうやら私が喜多見に付き纏う様子を見て、かなりの人が誤解しているらしかった。


 (あーしまった。気をつけるべきだったなぁ)


 誤解されても仕方がなかった。だって、毎日彼と一緒に昼食取ってたし、会う度に声かけてたし。


 一応誤解ということは説明したが、どこまで信じてもらえただろうか。


 私は別に言われても仕方がないし、別に特別嫌というわけじゃないからいいけど、彼はどうかわからない。


 だからその日は、少し罪悪感でうまく話しかけられなかった。

 かと言って、事情を言うのは、その、恥ずかしいし。


 まぁ、ここまでは少々、で済むレベル。


 だか、そのあと起きたことは、少々で済むレベルをゆうに超えてきた。


 


 「舞華。隣のクラスに、こんな紙落ちてたらしいんだけど」


 仲の良い女子が隣のクラスから持ってきてくれたその紙は、私の理解できる範囲を超えていた。


 【次は福村舞華をいじめるのか】


 私は慌てて隣のクラス、つまり喜多見のいるクラスへ向かった。


 でも、遅かった。


 彼はすでに、早退したのだろうか、学校にはいなかった。


 だけど私がその足を止めることはなく、自然と彼の家へと向かっていったのだった。





ーーーー



 家に帰ってきた俺は、ベットの上で状況を整理していた。


 【次は福村舞華をいじめるのか】


 このメッセージが示しているのは、俺の過去(真偽はともかく)を知ってる人間に限られる。


 一つ目は福村の自演。まぁこれは一番可能性が低いだろう。時間的にも、紙を入れる時間はなかったはず。それにあれだ、そんなことをする人だとは思えない。する意味もない。


 二つ目は園田による犯行。現状この可能性が一番高い。

 福村の話によれば学校にはきていないらしいが、協力者がいる可能性だってある。


 三つ目は、全くの第三者。どこかで俺の話を知ったとか。可能性はゼロではない。


 (わかんね)


 ともかく言えることが一つある。

 俺に答えは出せないと言うことだ。


 だって直接聞いて回るわけにもいかないしな。


 (どうでもいいや)


 勢いで学校を早退してきた俺だったが、ショックはあまり大きくなかった。

 はっきり言ってしまえば、この程度の嫌がらせは覚悟していた。園田が転校してきたあの日に。


 それに送り主不明の手紙に、ヤキモキしていても仕方ない。


 もし送り主がわかったら、その時は訴えてやればいい。そいつも道連れだ。


 俺はもう半ば開き直っていた。どうせ園田がその気になれば、俺はいつだって悪者にされる未来が待っている。


 だったらもう祈るだけ。そんなバカなことをしませんように、と。


 「ちょっと!?喜多見!生きてる!?」


 なんてことを考えていたら、来客だ。声からして、多分福村。


 いや、死んでるわけないだろ。どうした?


 俺は扉を開けずに、返事をする。


 「よかったぁ。なんで早退なんてするのよ!」


 いや、別にいいだろ。早退ぐらいさせてくれ。



 「一つだけ言わせてね」

 「え?何だよ」


 扉を隔てたまま、彼女は告げる。

 

 「私は、気にしないからね」


 (まじ、かよ)


 こんな言い方をするということは、福村は事情を知っているということで。


 つまりあの紙は、すでにばら撒かれてしまっている?


 「だから、明日も学校にはきてほしい」


 福村が何かを言っている。言葉は届いているが、その意味までは理解できない。


 いや、理解したくない。


 「うるさいな」


 「えっ」


 自分でも驚くほど冷たい声色だった。

 でも、やめない。止まらない。


 自分が嫌がらせを受け始めたことを、彼女には知られたくなかったのだと、この時気づいた。


 彼女が特別だからじゃない。絆されたわけでも、そう言う感情からでは決してない。


 だって、それを知ったら彼女は。


 「わ、私は味方だから」

 

 知っていた。彼女がそう言うことを知っていた。


誰よりも俺がよく知っていた。


 だってそれは、いつかの誰かと、同じだから。

 そしてその誰かが、やがて後悔と絶望の淵に立たされることも、俺は知っている。


 だからそれを、俺は認めるわけにはいかない。




 「迷惑だからやめてくれよ、そういうの」

 「っ!な、何でそんなこと言うのよ!」


 「そもそもお前が近づいてきたせいでこうなってんだよ。いい加減気づけよ、人の生活の邪魔してるって」

 「それは」


 知ってるよ。この言葉が間違っていることなんて。

 でも、それ以上に彼女は間違えている。


 彼女のように、俺は彼女を信じられない。


 「帰れよ。じゃあな」


 そう言って俺は、扉の前から立ち去った。


 声はしなかった。諦めたのか、それとも。


 胸中を渦巻くどす暗い感情に、俺は少しの懐かしさを覚えたのだった。

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