第2話 裏切り

「おい!嫌がってるだろ!こんなことしてんじゃねぇよ!!!」


 そう言って俺は、同じクラスの生徒数名の前に、校舎裏でいじめられていた子を庇うように立ちはだかった。


 その子は男子数名に囲まれて、悪口を言われていた。この時は確認できなかったが、もしかしたら暴力も振るわれていたかもしれない。詳細はどうでもいい。ただそこにいじめがあったのは間違いなかった。


 なんでそんなことをしたのか。


 その子が好きだったとかそういう特別な理由は別に無かった。ただ目の前の光景を見過ごすことができなかった。それだけだ。


 本当に、ただそれだけの理由。


 その子に対するいじめは、その日を境に無くなった。


 代わりにその日を境に、俺へのいじめが始まった。


 靴が隠されるのは当たり前。プリントは破り捨てられ、露骨に席を離され孤独を感じさせる。


 あっという間にクラスに俺の居場所はなくなっていた。


 俺と仲の良かった友達も、俺と関わるのを露骨に避けた。


 理由はわかる。俺みたいになるのが嫌だったのだろう。


 後悔はなかった。もとよりそうなるリスク込みで助けたつもりだったから。


 周りに相談はしなかった。そうすることが、いじめている奴らにできる抵抗だと、その時は信じてやまなかった。


 ただの意地だ。なんの意味も持たないくだらないプライド。それでも当時の俺は、それが正しいと思っていたんだ。


 いじめには耐えられた。自分が正しいことがわかっていたから。


 実際、抵抗の仕方はともかく、悪いのはいじめてきていた奴らだ。それがわかっていたから、耐えられた。


 でも、それは長く続かなかった。


 ある日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻った俺は見てしまったのだ。


 俺の机に、悪口の書かれた紙を入れる彼女を。


 今までも何度か机に入っていた、その紙を入れる瞬間を。


 かつて俺が助けたはずの、いじめられていた彼女がいじめる側に立っているという事実は、俺の心を折るのには十分だった。





ーーー


いじめは程なくして発覚した。俺が学校に行かず部屋に閉じこもったため、学校側で調査が行われたからだ。


 でも、俺に降りかかる不幸はここで終わらなかった。


 いじめとなったきっかけは、元々俺が発端、ということになったのだ。


 曰く、俺がある生徒をいじめていたから、仕返しのつもりでやってしまった。


 俺をいじめていた奴らはそう証言したらしい。


 そしてそれを、あの子は否定しなかったらしい。


 俺はもちろんは否定した。当然だ。そんなの身に覚えがない。


 「反省しなさい!!このバカっ!!」

 「お兄ちゃん……。ううん、シュウヤ、あんた最っ低だね」


 母と2個下の妹は信じてくれなかった。父は数年前に死んだ。生きていたら味方になってくれただろうか。俺の言うことを信じてくれただろうか。


 泣き寝入りしかできなかった。だって、何を言っても信じてもらえないんだから。家族だってそうなら、他の人だってそうに決まっている。


 それが3年前、中学2年の夏の出来事。この出来事を境に、俺は人を信じるのが怖くなってしまった。




 だから自分を守ることにした。最初から、人を信じるのをやめた。今思えば、ただ怖かったとも言える。


 裏切られるぐらいなら、親しくなんてならないほうがいい。


 髪を目元まで伸ばし、マスクを常に付けることをかかさない。高校2年生になった俺は、こうして学校生活を送っていた。


 中学はほとんど不登校だった俺は、それでも必死に勉強を頑張った。その甲斐あって、なんとか県内でも進学校と言われているこの高校に入学できた。


 入学にあたって、親には反対された。代わりに通信制の高校に通うことを勧められた。それでも俺の模試の成績を見て思うところがあったのか、入学を許してくれた。


 お金は父方の祖父母が支援してくれた。母さんも父さん亡き後働いてはいたが、二人を進学させるには稼ぎが足りなかった。要するに、俺の進学よりも妹の進学を優先させたのだ。まぁ、そこに関してはどうこう言うつもりはないけれど。


 息子の愛した家族として、支援を惜しまずにいてくれた祖父母には感謝しかない。


 しかし、あれから親子の仲は最悪と言っていいものだった。お互いに不干渉。そんなに息子と関わるのが嫌なのか、一人暮らしをしたいと言ったら、割とあっさり許してくれた。妹も何も言わなかった。きっと煙たがられていたんだろう。


 その結果、今の俺はバイトと学業の二足の草鞋。遊ぶ時間とかはほとんどない。


 もとより、遊ぶ相手もいないのだが。


 誰とも会話せずに学校が終わる。学校から離れてカフェでバイトをして、帰れば勉強。そんなつまらない、代わり映えのしない毎日を送っていた。


 それでも、あの不登校の日々と比べればなんでもない。


 これ以上は望まない。望めない。


 なんでかって?そんなの簡単だ。


 怖いから。ただただその一言に尽きる。

 


 

ーーーー


 だから同じクラスじゃなくてよかった。まず思ったのはそれだった。


 クラスさえ違えば、きっと大丈夫だ。関わることさえしなければ、きっと大丈夫。


 ともかく自衛すればいいのだ。


 もう間違えない。同じ失敗は繰り返さない。


 そう決意した俺は、そのあと放課後まで教室から出ることはなかった。


 




ーーーー


 「なぁ、聞いたか?園田さんさ、あの篠宮に告白されたらしいぜ!?」

 「え、一週間で?早いなー。でもまぁ、あんだけ可愛ければなぁ」

 「結局それは断ったらしいけど、絶対篠宮も諦めてないよなー」


 彼女の転入から、一週間がたった。


 これは俺の後方席の生徒の会話だ。


 ちなみに俺は読書中。聞き耳を立ててるわけじゃない。会話の音量がデカ過ぎるだけだ。内容が内容なので、途中からは耳を傾けているが。


 

 彼女は、順調に人間関係を築いていったようだ。


 篠宮といえば、サッカー部の次期エースとまでいわれるようなやつ。ちなみにうちのサッカー部はかなり強い。去年も全国大会に出たようだ。詳しくないからよくわからないけど。


 そんなやつに告白されたのか。何か、自分が小さく見えてくる。


 ま、どうなっても俺には関係ないか。


 いや、関わってはいけない。


 傷つくのは俺だ。彼女のことはもちろん気にはなるが、しっかり一線を引くことをしなければ。


 ということで、俺はかなり不自由な学校生活を送っていた。


 朝の登校はもちろん、教室移動だって危機管理は欠かさなかった。


 自意識過剰かもしれない。いや、きっとそうなのだろう。


 向こうは俺に気づかないだろう。もう忘れているに違いない。


 それでも、怖いのだから仕方ない。長くても、後2年の辛抱だ。


 いや、ほんと長いな。


 この先の苦労を想像して、少しナイーブな気持ちになった。





ーーーー


 1ヶ月が経った。


 依然、俺は彼女とのコンタクトを避けている。

 上手いこと避けれているのか、向こうはまだ俺の顔さえ見れていないはず。はぁ、流石に気疲れしてきた。


 もういいか。そう思いかける心を叱咤激励。用心に越したことはないだろう。


 彼女は、トップカーストとやらに君臨しているらしい。


 らしいというのは、基本情報源が後ろの席の2人だからだ。声大きいとかいってごめんな?これからも頼む。


 彼女の噂話を聞いて、俺の胸中は複雑な思いで埋め尽くされていた。


 その気持ちに、名前をつけるのはやめた。きっとそれをしたら、本当にそのことしか考えられなくなる。


 その事実から、必死に目を逸らす。仕方がないだろう。それと向き合えるほど、俺は強い人間じゃない。





ーーーー


 「わっ」

 

 「っ!あ……ご、ごめん」


 そしてついに、その時が来てしまった。

 もういいか、なんて思ってしまったからだろうか。


 教室移動の際のことだ。不幸にも俺は、園田と教室の入口で鉢合わせてしまった。

 彼女は友達だろうと思われる女子と2人だった。


 一瞬思考が跳びかけたが、何とか謝罪の言葉を捻り出した。


 そのまますぐにそこを立ち去ろうとするのだがーーーー


 「まって!」


 それを遮るように、俺の手が掴まれる。


 時間が、止まる。


 一緒にいた女子も、園田の行動に、目を丸くして驚いている。


 そして対する、俺の反応は最悪だった。




 「さ、触んなっ!」



 俺はそんな言葉を吐きながら、彼女の手を振り払ってしまった。


 俺は1人静かに、平穏な学園生活が終わったことを悟ったのだった。


 彼女にしては、大したことじゃなかったかもしれない。


 でも俺にはそうじゃなかった。だから俺は、反射的にその手を払ってしまった。


 「っーー!」


 そんな俺に、彼女は怯えるような仕草で、一歩その場を後ずさった。そしてぺタンと、その場に座り込んでしまった。


 俺は今どんな顔をしているだろうか。怒った顔か?それとも,泣きそうになっているのか?昂った感情の下では、そんな自己分析もままならなかった。


 (終わった)


 どこか客観的に、どこか他人事のようにそう思った。


 幸いにも、見ていた人は友達と見られる女子1人。


 でも、噂が広まるのなんてすぐだ。


 きっとまた、あの頃に戻ってしまうと、それが俺にはわかってしまった。


 仕方ないじゃないか。俺だって悔しかったんだ。彼女に対して、俺は劣等感を感じていたんだ。


 あの時からずいぶん変わった彼女を見て、「何でお前が」って。


 気にしないふりしたって、負の感情は常に俺の中に渦巻いていたんだ。


 「あっ!ま、待って!」


 俺はその場を逃げ出した。耐えられなかった。これ以上あそこにいたら、それこそ止まれなくなる。


 結局その日は早退した。

 


ーーーー


 それから一週間。俺は学校を休んだ。また不登校に元通りなんて、最悪な想像が否応なく頭をよぎる。


 高校は中学とは違う。このままでは待っているのは退学処分だ。


 それに今回は、以前と違っていじめはない。学校側に俺を鑑みる理由は存在しないのだ。だからどこかのタイミングで学校には行かなければいけないのだが。


 (だめだ、怖い)


 怖かった。またあの日々が始まると思うと、俺に一歩踏み出せるだけの勇気はなかった。


 結局その日も学校には行かなかった。





ーーー


 「修也?その、どうしたの?」


 翌日、俺の家を訪れたのは妹の幸だった。どうやら学校から俺が一週間休んでいることを聞いて、様子を見にきたらしい。母は仕事で来れなかったらしい。


 「別に、体調が悪いだけだ」


 「嘘つかないでよ。学校で何かあったの?」


 嘘は分かるらしい。本当のことは信じてくれなかったのにな。


 「うるさいな……関係ないだろ」


 そもそもなぜ幸に事情を説明しなければならないのだろうか。というか、説明しても無駄だろう。


 「関係ないって何よ……そんな他人みたいに言わないでよ」


 そうだな、はっきり言おう。


 「帰ってくれ。過度に関わらないでくれよ、迷惑だから」


 「なっ!そ、そんなこと言わないでよ!!何でよお兄ちゃん!」


 久しぶりに聞いたな。お兄ちゃんって。あの日を境に言わなくなったくせにな。


 扉越しだが、幸は泣いているように感じた。それを見て思ったのは、ふざけるなってこと。泣きたいのはこっちだっての。


 程なくして幸は帰った。去り際に、また来るからと言って。


 幸がこんな態度を取っているのはごく最近の話だ。どんな風の吹き回しかは知らないが、迷惑そのものだ。


 どんよりとした空気の残る部屋で、俺はカップ麺にお湯を注いで、無言で食べた。

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