第3話 呼出し

 俺が再び登校したのは、早退してから10日のことだった。


 正直登校するのは辛かったが、退学はもっと嫌だった。


 担任の先生もかなり心配してくれてたようで、しきりに体調を心配してくれた。

 実際は心の問題だったので、仮病を使ったことに対する罪悪感が少し湧いた。


 (いつも通りだな)


 端的に言えば、何も変わらなかった。


 久しぶりに登校してきたことに対する視線はいくつか感じたが、それもすぐに無くなった。


 普段の存在感がわかるというものだ。いてもいなくてもあまり変わらない、それが今の俺の立ち位置だ。


 ともかく一安心だ。少なくとも園田にあんな態度をとってしまったことは広がっていないようだ。


 (やっぱり、謝るべきだろうか)


 昼休み、一人で昼食をとりながら俺はそんなことを考えていた。


 もし彼女が、俺のことを覚えていなかったとしたら、印象は最悪だろう。穏便に済ますにはそれが一番だ。


 とはいえ手を取って俺を引き止めたのは彼女だ。やはり、俺のことは覚えているとみるべきか?藪蛇とならないか?


 (ま、関わらなきゃいっか)


 話は結局振り出しに戻った。今度は油断しない。偶然だって回避してみせる。


 結局あの出来事だってそうだ。俺の行動次第で回避できた。

 もう失敗しない。



 そう決意改めた直後だった。



 「ちょっと付き合いなさいよ、あんた」


 教室を入って一直線で、彼女は来た。


 そして俺の座っている席に着くなり、そう告げた。


 彼女はあの日、園田の隣にいた女子だった。



 「私は名前は福村舞華。心当たりはあるわよね?」


 その有無を言わさぬ視線に耐えきれず、俺は言う通りにする他なかった。



ーーーー


 「あんた、あの日のあれはどういうつもりなの?」


 福村と中庭の人気のないところに移動して、まずそう聞かれた。


 福村は園田と同じクラスらしい。


 (どう答えるのが、正解なのだろうか?)


 この口ぶりからして、イジメの件は知らないらしい。


 知っていてこれなら、もう打つ手はない。お手上げだ。


 「恵美、すごい傷ついてた。あんたあんなことしておいて謝罪のひとつもないわけ?」


 まぁ、事情を知らないならそうなるよな。多分この子は、本当に園田のことを大切に思ってるのだろう。


 「理由は聞いてあげる。よっぽどのことじゃないなら、絶対に謝ってもらうから」


 前提を排除すれば、正しいのは彼女だ。そりゃあんなことしたら、理由はともかく謝るのが普通だろう。


 その上彼女は理由を聞く姿勢も見せてくれている。これなら、誤魔化すのも不可能じゃない気がする。


 「俺さ、潔癖症なんだ」


 大噓である。全くそんなことはないのだが、カノジョはひとまず俺の話を聞くつもりのようだ。 


 「ふぅん。続けてよ」


 「特に人に触られるのが苦手なんだ。あの時、急に手を掴まれて驚いてしまったんだよ」


 「なるほどね。でも悪いけど、それは謝らない理由にはならない」


 そう来ると思った。実際それは間違いじゃない。でもそれは、俺から行動を起こしていた場合の話だ。


 「聞きたいんだけど、何で園田さんは俺を引き止めたの?」


 「そ、それは、私も知らない」

 

 (やっぱりか)


 きっとそうなんだろうと思った。もし園田が俺を引き止めた理由を知っていれば、こんな強気には出れないだろうから。


 「事情を知らないとはいえ、俺も嫌なことされた。だから、お互い様ってことにしてほしいな。少なくとも、彼女が俺を引き止めた理由がわからない以上、俺は謝りたくない」


 「……そ。時間取って、悪かったわね」


 思ったよりもあっさりと、彼女は諦めて去っていった。


 これでいいんだ。もう、いい加減にあの時のことは無かったことにしたい。


 多分園田は俺に気づいているんだろう。彼女にとっても、いじめられてたという嫌な思い出なはず。


 互いに不干渉。関わらなければそれでよし。簡単だ。


 きっと向こうもそれに気づいている。だからこの不文律は成立する。


 「めんどくせ」


 ついこぼれた正直な気持ちは、誰に届くこともなかった。


ーーーー


 喜多見修也は嘘をついている。


 彼と話して、私はそう確信めいたものを感じていた。


 「ほ、ほんとにあれはたまたま掴んじゃっただけだから」


 理由は彼女、恵美の反応があまりに変だから。


 もちろん喜多見の話し方がなんとなく(偏見かもしれないが)嘘っぽかったというのもある。


 それにしても、この恵美の反応には引っかかるものがあった。


 (だったらなんでそんな悲しそうな顔してるのよ)


 恵美とは、小学校の頃以来の友達だった。当時からすごく仲が良くて、中学の時少し疎遠になってしまったけど、高校で再会を果たし、すぐにまた仲良くなれた。


 彼女は、嘘をつくのが下手だ。すぐ顔に出る。私にはそれがすぐにわかった。


 (あの日以来、明らかに元気がないし)


 あの日とはもちろん、恵美が手を振り払われた時だ。


 あの日以来、彼女は見るからに元気がない。どこか上の空というか、本来の精彩を欠いているというか。


 とにかく、本調子でないのは明らかだった。


 そもそも、たまたま手を掴むことなんてあるだろうか。あるわけがない。人違いだったとかなら、それを隠す必要もないし。

 

 それに喜多見も、そこが気になっていたみたいだし。


 (絶対に2人には何かある)



ーーーー


「いらっしゃいませー」


 普段は出さないトーンの声が、静かな店内に来客を知らせる。


 今俺は、アルバイト中である。


 アルバイト先は、家の近くでひっそりとやっているカフェだ。


 ひっそり、とはいえここのケーキはコアなファンがいて、土日ともなればそこそこの盛り上がりを見せる。


 俺はあくまで人と親しくなるのが怖いだけで、別に人と話すのが苦手なわけではない。ゆえに、接客業でも問題はない。


 店長もいい人だ。いい人、というのは俺にとって都合のいい、と言う意味に近いが。


 簡単に言えば、無愛想。俺の他にもう1人バイトの子はいるが、あまり仲良く話してるところを見たことがない。


 無愛想といっても、別に意地悪してくるとかじゃない。単に会話が少ないってだけだ。


 俺としてはそんな距離感はありがたい。正直言って、お給金さえいただければそれでいい。

  

 俺は学費以外、基本的に自分で稼いで生活してる。そのため、バイトは必須。


 正直俺がうまくこなせる仕事が見つかったのは、かなりの幸運だと思っている。ここまで人付き合いが楽な職場はないのではないか。


 「「あっ」」


 そんな職場でも来客だけは操作することなんてできない。

 俺は今日二度目の不幸に、頭を悩ませるのだった。


 「なんであんたがここにいるのよ、喜多見」


 バイトに決まってるだろ。口には出さないが、そう胸の中で言い返す。


 客は福村だった。


 「お一人様ですか?」


 福村の質問に答えることはせず、マニュアル通りの接客をする。


 「後で1人来るわ。だから2人席でお願い」


 変に追及してくることはなかった。聞きはしたが、答えは福村の中で出てたのだろう。


 俺はご要望の通りに、福村を2人席へ案内した。


 「今は店内が空いてるので、オーダーはお連れの方とご一緒で構いません」


 水を出し、そう告げる。もちろんマニュアル通りである。

 

 「そう、ありがと」


 なんだか含みのある言い方のように思えたが、気にしないようにした。



 10分ほどが経ったころだろうか。店内に一人の来客があった。


 制服を着ているので、高校生だろう。彼女は店内をキョロキョロと眺めていた。


 十中八九、福村の連れだろう。


 「あっ、私待ち合わせ……で、す?」


 案内をしようと近づく。


 しかしお客さんの様子が何かおかしいことに俺は気づいた。


 顔に何かついてるだろうか。


 「あっ、瑞樹。こっちよー」


 やはり福村の連れであってたようで、瑞稀と呼ばれる子を手招きしている。


 「っあ!舞華!ちょっといい!?」

 「え?うん。どうしたの?」


 彼女は福村の方へ行くと、何かを耳打ちしてた。

 しきりに横目でこちらを伺っている。気分が悪い。


 「うん。わかった」


 福村は何か納得したような顔で、立ち上がり言った。


 「悪いけど、帰るわね」

 「あ、はい?それは構いませんけど」


 何かあったかは知らないが、引き止める理由は全くない。オーダーもまだだったし。


 気になるとすれば、瑞樹と呼ばれた子が、なぜがこちらを睨んでいるような気がすることだろうか。


 「またのご来店を、お待ちしてます」


 これっぽっちも思ってないことを、俺は張り付いた笑顔でいうのだった。



ーーーー


 「それで?どうしたのよ。急に場所を変えたいなんて」


 瑞樹に連れ出された私は、街中を歩きながらその理由を問いただしていた。


 瑞樹は私と恵美の共通の友人だ。小学生の頃からずっと仲が良くて、中学では私だけ離れてしまって、少々疎遠になっていたが、久しぶりに会おうってことになったのだ。恵美も誘ったけど、都合が悪かった。ま、いつか3人で集まれるだろう。


 店を出た理由は多分、彼なんだろうけど。


 「ごめんね?でも流石にあんなやつがいるところは嫌でさ」


 やはりそうか。店を出る時も何故か睨んでいたし、そうだろうと思ったのだ。


 そしてあんなやつ、ときたか。


 「それで?瑞樹はあいつとどんな関係なのよ」

 「中学の同級生よ。お互い直接の面識はないけどね」


 へぇ、それは驚きだ。恵美と瑞樹が一緒の学校だったのは知ってたけど。


 「ふーん。それで、どんな奴なのよ」

 「例の件の主犯格よ。え、もしかして恵美に聞いてないの?」


 「やっぱりなんかあるの?」

 「あのばか恵美!中学の頃は話してあるって言ってたのに!」


 何のことだ?どうやら恵美は、私に何か隠し事をしているらしい。


 「てか、なんで愛華があいつのこと知ってるのよ」

 「なんでって、一応同じ学校だし。クラス違うけど」


 「は、はぁ!?恵美とあいつが同じ学校!?」


 恵美と喜多見が同じ学校にいることに驚く瑞樹。


 「やっぱりなんかあるの?」

 「やっぱり、というと?」


 「あ、それはねーーーー」


 私はあの恵美が手を振り払われた時のことを、瑞樹に話した。


 「なにそれ、ほんと許せないんだけど」


 話を聞いた瑞樹は、明らかに怒りを含んだ瞳で、そう呟いた。


 「確かに嫌な反応だけど、潔癖症ならまだあり得なくはないんじゃない?」

 

 別に味方をするわけではないが、そう言った意見を出す。しかし瑞樹の反応は違った。


 「ごめん、先帰ってて」


 「えっ!?ちょっ、瑞樹!?」


 瑞樹は来た道を戻り始めた。そして真っ直ぐにあの店を目指して早足で歩き始めた。


 「ちょっと!?なにするつもり?」

 「わかんない。でも、文句だけは言いたい」


 完全に頭に血が上っているのがわかった。理由を話す余裕すらないようだ。

 なんとか落ち着かせようとするが、それは叶わなかった。


 とうとう店の前まで来てしまった。


 店の扉には『CLOSE』という看板がぶら下がっていた。


 時計を見れば、ラストオーダーは過ぎていた。他に客がいなかったから、もう店じまいをしたのだろう。


 間が悪いことに、彼はちょうど店を出て来てしまった。


 「私のこと覚えてる?」

 「……?ごめんなさい?覚えてないです……?」


 突然の瑞樹の質問に、彼は驚いたような表情を見せた。それもそうだろう。店を出るなり、話しかけられているのだから。


 「私、中学の同級生なのよね、あなたと」

 「っ!!そ、それじゃあ……!」


 喜多見はチラリとこちらを気にするそぶりを見せた。


 「私ね、恵美の友達なの。わかってるわよね?私が言いたいこと」

 「……」


 彼は瑞樹の言葉に、バツが悪そうな表情を浮かべていた。






 「なんとか言いなさいよ!!このいじめ野郎!!」





 「え?いじめ?」


 私はその予想外のワードに、キョトンとしてしまう。


 「そうよ!こいつは恵美のことをいじめてた奴よ!あろうことか、恵美のことを助けたとか嘘までついて!!」

 「……」


 (恵美がいじめられて……犯人が喜多見!?)


 「また黙るの?恵美に謝りもしないで不登校になったくせに!私はあんたみたいな最低なやつのこと、絶対許せないのよ!!」

 「……」

 「ちょっ、ちょっと瑞樹どういうことなの?」


 私の制止を意に返さず、瑞樹は続けた。


 「最近恵美にまた酷いことしたらしいじゃない。ねぇ、どういうつもりなの?」

 「……」

 

 彼は黙ったまま、全く動かない。その姿からはまるで、諦めに近いものを私は感じた。


 「二度と恵美に近づかないで!!このクズっ!!」

 「あっ瑞樹!?」


 最後にそう言い残して、瑞樹は反対方向に歩き出した。私はそれを慌てて追った。


 振り返ると、喜多見は変わらずそこで立ち尽くしていた。


 少なくとも、見えなくなるまではずっと、ずっと。




 ずっと一人で。

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