前世は介護士、今は「看病の魔女」と呼ばれています

紺藤 香純

第1章 「魔女」の孫

第1話 姉貴は、人生2周目だよね?

「姉貴は、人生2周目だよね?」

 2歳下の弟、ミシェルは、何かにつけてリカに確認するように揶揄する。

 そんなことないよ、とリカが否定すると、ミシェルは目を細めて首を傾げる。その様子は、幼い記憶にある誰かと似ていた。

「いいや、絶対、人生2周目だよ。だって姉貴は、自分のやらなければならないとこがわかっている。俺が脚を怪我して医者に見放されたとき、姉貴は悪魔が乗り移ったかのように歩く練習をさせてきやがった。祖母ばあさんが代々受け継いできた『魔女』の仕事よりも、大工みたいに物をつくったり、綿花を育てたり、糸を紡いだり、機織りまで始めて、良い意味であきれたね。それらの行動に一切の迷いがねえんだもの。あんたは、自分のやらなくてはならないことを知っている」

 ミシェルはここ数年で、ぐんと成長した。母親譲りの綺麗な黒髪と黒い瞳で、容姿も母に似てきたが、いかんせん口が悪い。

「考え過ぎだよ」

 リカは言葉少なく否定し、朝食のパン粥を平らげた。

「ごちこうさまでした。やりたいことがあるから、外にいるね」

「やらねばならないこと、だろ?」

「使命感に駆られるようなものじゃないよ。ミシェル、ゆっくり食べててね。器はそこに置いといて」

「俺が洗うよ」

「とにかく、あたしが後でやるから置いといてよね」

 リカは表に出て、お日様の光を目一杯浴びた。

「さて、今日も生きますか」

 家の前の、畑と称した区画スペースを広げ、リカは綿花を育てている。子どもの頃、親の知り合いので種を譲ってもらった。子どもの遊びだと思われて数粒しか譲ってもらえず、それを育てて種を増やし、今年もその種をいた。花が咲くのはまだ先だが、順調に成長している。

 綿花、野菜、ミシェルの区画の畑には、井戸から汲んだ水をやった。森の中に川はあるが、川の水だけでは生活が成り立たない。父が生きていた頃、父が知り合いと協力して井戸を掘ってくれたのだ。近頃、余程のことがないと川に近づかなくなった。

 耳を澄ますと、鳥のさえずりに交じって足音が近づいていた。リカは腰を上げ、思わず身構えてしまった。だが、腹をくくって相手方に声をかける。

「おはようございます!」

「お……はようございます」

 相手方のうち、金髪の男性が驚いたように歩みを止めた。黒髪の屈強な男の方も、倣って足を止める。

 白と黒。それが相手方の第一印象。名も知らない金髪の男性と、その男性がジャンと呼んでいる黒髪黒目の屈強な男。一か月前から水車小屋に暮らし始めた二人組だ。金髪の男性は、声をかけられると物腰柔らかく対応してくれるが、ジャンは寡黙で、喋っているところをリカは見たことがない。

「今、畑仕事してます!」

 リカは男性に声をかけてみたが、話題がない。

 この男性の前では、どうしても挙動不審になってしまう。理由のひとつは、男性の外見だ。もともとは美しい容姿だったと思われる。癖のない髪は肩につかない程度に切られ、艶があり手入れが行き届いている。簡素な服装も小綺麗で質が良い。ただし、顔の左半分を大き過ぎる眼帯でおおい隠し、その上から眼鏡をかけている。眼鏡があれば右目は不自由していないのかもしれない。

「頭が下がります!」

 男性は大きな声とは対照的に、柔和に微笑む。眼鏡の奥の瞳が、細められた。本人は言わないが、おそらく、視力が弱い。たまに会話が噛み合わない。耳も悪そうである。足は悪くなさそうだが、歩くときは杖を使って数歩先を確かめている。

「……私は役立たずですから」

 男性は耳に心地良い声で呟き、目を伏せた。旦那様、とジャンが声を発した。

「……ごめんなさい、何でもないです! ジャン、行きましょう」

「用事ですか?」

「散歩です! 少しでも、自分の足で歩きたくて」

「大変なときは教えて下さい! できることがあれば、力になりますから!」

「ありがとうございます! さすが、『看病の魔女』と評されているだけありますね」

 看病の魔女。リカの通り名だ。

「お嫌でしたか」

「そんなこと、ないです」

「私は評価しますよ」

 名も知らぬこの男性が、リカのことを知っていたことが、リカには意外に感じた。

「看病の魔女、アンジェリカ。どうぞ、ご自愛下さい」

 では、と頭を下げ、男性はジャンと一緒に行ってしまった。

「でかい声がしたかと思ったら、またあの男かよ」

 ミシェルが杖をついて出てきた。

「ことあるごとに姉貴にちょっかい出してきて、何様のつもりなんだ」

「そんなこと、されてないよ。あたしから話しかけたの。あたし、家に戻るね。お皿を洗うよ」

「もう洗ったよ」

「あたしがやるって言ったのに!」

「俺が洗うって言っただろうが」

 ミシェルは杖を支えにして畑にしゃがみ込む。不自由な片足を器用になげ出す、独特のしゃがみ方だ。

 ミシェルが育てているのは、主に薬草だ。『魔女』と言われた祖母の薬草の知識と技術を継いだのは、女のリカではなく、男のミシェルだった。

「ミシェル、ごめんね」

 リカは薬草を踏まないようにアンリに歩み寄り、しゃがみ込んだ。

「おばあちゃんの跡継ぎは、女のあたしでなくちゃならないのに」

「は?」

 ミシェルは顔を上げ、形の整った眉をこれでもかと歪ませた。

「男が魔女の跡継ぎになっちゃならないと、誰が決めた? 国か? 法律か? 誰も決めちゃいないだろうが。男が魔女を引き継いで、何が悪い。ばあさんの知識と技術を後世に残すのに、男も女も関係ないだろうが」

 幼いと思っていた弟は、少しずつ一人前の青年になりつつある。まだまだ可愛らしい少年ではあるが。

「ミシェル、大好き!」

 リカは、ミシェルの足のことも忘れて、可愛い弟にとびついた。

「姉貴、声がでかい!」

 ミシェルは恥ずかしそうに顔を背け、ありがと、と呟いた。



 アンジェリカ、17歳。愛称は、リカ。村外れの森に、15歳の弟と二人暮らし。生活は楽ではないが、前世より幾分か良い。

 人並みの容姿で生まれたこと。家族に恵まれたこと。それだけで、リカは幸せである。

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2024年11月30日 19:07
2024年12月1日 19:07
2024年12月2日 19:07

前世は介護士、今は「看病の魔女」と呼ばれています 紺藤 香純 @21109123

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