前世は介護士、今は「看病の魔女」と呼ばれています
紺藤 香純
第1章 「魔女」の孫
第1話 姉貴は、人生2周目だよね?
「姉貴は、人生2周目だよね?」
2歳下の弟、ミシェルは、何かにつけてリカに確認するように揶揄する。
そんなことないよ、とリカが否定すると、ミシェルは目を細めて首を傾げる。その様子は、幼い記憶にある誰かと似ていた。
「いいや、絶対、人生2周目だよ。だって姉貴は、自分のやらなければならないとこがわかっている。俺が脚を怪我して医者に見放されたとき、姉貴は悪魔が乗り移ったかのように歩く練習をさせてきやがった。
ミシェルはここ数年で、ぐんと成長した。母親譲りの綺麗な黒髪と黒い瞳で、容姿も母に似てきたが、いかんせん口が悪い。
「考え過ぎだよ」
リカは言葉少なく否定し、朝食のパン粥を平らげた。
「ごちこうさまでした。やりたいことがあるから、外にいるね」
「やらねばならないこと、だろ?」
「使命感に駆られるようなものじゃないよ。ミシェル、ゆっくり食べててね。器はそこに置いといて」
「俺が洗うよ」
「とにかく、あたしが後でやるから置いといてよね」
リカは表に出て、お日様の光を目一杯浴びた。
「さて、今日も生きますか」
家の前の、畑と称した
綿花、野菜、ミシェルの区画の畑には、井戸から汲んだ水をやった。森の中に川はあるが、川の水だけでは生活が成り立たない。父が生きていた頃、父が知り合いと協力して井戸を掘ってくれたのだ。近頃、余程のことがないと川に近づかなくなった。
耳を澄ますと、鳥のさえずりに交じって足音が近づいていた。リカは腰を上げ、思わず身構えてしまった。だが、腹をくくって相手方に声をかける。
「おはようございます!」
「お……はようございます」
相手方のうち、金髪の男性が驚いたように歩みを止めた。黒髪の屈強な男の方も、倣って足を止める。
白と黒。それが相手方の第一印象。名も知らない金髪の男性と、その男性がジャンと呼んでいる黒髪黒目の屈強な男。一か月前から水車小屋に暮らし始めた二人組だ。金髪の男性は、声をかけられると物腰柔らかく対応してくれるが、ジャンは寡黙で、喋っているところをリカは見たことがない。
「今、畑仕事してます!」
リカは男性に声をかけてみたが、話題がない。
この男性の前では、どうしても挙動不審になってしまう。理由のひとつは、男性の外見だ。もともとは美しい容姿だったと思われる。癖のない髪は肩につかない程度に切られ、艶があり手入れが行き届いている。簡素な服装も小綺麗で質が良い。ただし、顔の左半分を大き過ぎる眼帯で
「頭が下がります!」
男性は大きな声とは対照的に、柔和に微笑む。眼鏡の奥の瞳が、細められた。本人は言わないが、おそらく、視力が弱い。たまに会話が噛み合わない。耳も悪そうである。足は悪くなさそうだが、歩くときは杖を使って数歩先を確かめている。
「……私は役立たずですから」
男性は耳に心地良い声で呟き、目を伏せた。旦那様、とジャンが声を発した。
「……ごめんなさい、何でもないです! ジャン、行きましょう」
「用事ですか?」
「散歩です! 少しでも、自分の足で歩きたくて」
「大変なときは教えて下さい! できることがあれば、力になりますから!」
「ありがとうございます! さすが、『看病の魔女』と評されているだけありますね」
看病の魔女。リカの通り名だ。
「お嫌でしたか」
「そんなこと、ないです」
「私は評価しますよ」
名も知らぬこの男性が、リカのことを知っていたことが、リカには意外に感じた。
「看病の魔女、アンジェリカ。どうぞ、ご自愛下さい」
では、と頭を下げ、男性はジャンと一緒に行ってしまった。
「でかい声がしたかと思ったら、またあの男かよ」
ミシェルが杖をついて出てきた。
「ことあるごとに姉貴にちょっかい出してきて、何様のつもりなんだ」
「そんなこと、されてないよ。あたしから話しかけたの。あたし、家に戻るね。お皿を洗うよ」
「もう洗ったよ」
「あたしがやるって言ったのに!」
「俺が洗うって言っただろうが」
ミシェルは杖を支えにして畑にしゃがみ込む。不自由な片足を器用になげ出す、独特のしゃがみ方だ。
ミシェルが育てているのは、主に薬草だ。『魔女』と言われた祖母の薬草の知識と技術を継いだのは、女のリカではなく、男のミシェルだった。
「ミシェル、ごめんね」
リカは薬草を踏まないようにアンリに歩み寄り、しゃがみ込んだ。
「おばあちゃんの跡継ぎは、女のあたしでなくちゃならないのに」
「は?」
ミシェルは顔を上げ、形の整った眉をこれでもかと歪ませた。
「男が魔女の跡継ぎになっちゃならないと、誰が決めた? 国か? 法律か? 誰も決めちゃいないだろうが。男が魔女を引き継いで、何が悪い。ばあさんの知識と技術を後世に残すのに、男も女も関係ないだろうが」
幼いと思っていた弟は、少しずつ一人前の青年になりつつある。まだまだ可愛らしい少年ではあるが。
「ミシェル、大好き!」
リカは、ミシェルの足のことも忘れて、可愛い弟にとびついた。
「姉貴、声がでかい!」
ミシェルは恥ずかしそうに顔を背け、ありがと、と呟いた。
アンジェリカ、17歳。愛称は、リカ。村外れの森に、15歳の弟と二人暮らし。生活は楽ではないが、前世より幾分か良い。
人並みの容姿で生まれたこと。家族に恵まれたこと。それだけで、リカは幸せである。
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前世は介護士、今は「看病の魔女」と呼ばれています 紺藤 香純 @21109123
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