第13話

「どうして、起きれるのさ」

 蒼の声は震えている。

「私はもう、逃げないから」

 咲は、きっぱりと言った。

 がしゃりと鎖が外れる。閉じられかけた空間が広がって、玉座は消える。

 蒼は、支えがなくなってその場にくずおれた。咲が立ち上がれば服は、ゴスロリから制服に変わる。蒼の力は尽きて、『空間』は崩れかけていた。


 篠宮は、見ているだけだった。管理人として『空間』が分かれるのを見届けているのかも知れなかった。あえて、最後に二人だけの時間を作ると言う、彼なりの配慮の結果かも知れない。

「どうして? 僕を裏切るの?」

 覚悟を確かめるかのように蒼は言った。

 咲は首を振る。

「過去にも蒼にも囚われない。私は、今を生きてみせるから」

「本当は、全部わかってた」

 蒼の目に涙が浮かぶ。やがてそれはほろほろとこぼれ始めた。

「ごめん、ごめん咲。僕、ずっとずっと咲のこと……。守りたかった。傷ついてほしくなかった。僕が思っていたより、咲はずっと強かった」


 蒼の側と咲の側。二つの『空間』は今や、元に戻ろうと二つに分かれ始めていた。

「僕たち、互いに依存しすぎていたんだね」

「そうかもね」

「僕を救えたのは咲だけ」

「私を救ったのも蒼だよ」

「ありがとう。……ごめんね」

 そう言って泣きじゃくる蒼。

「私たちには、こんな方法しか思いつけなかった。こちらこそ、ごめん」

 かつての、泣き虫の咲と慰める蒼の役割は今や反転していた。咲よりはるかに背の高かった蒼は、こんなに小さくうずくまって泣いている。

(あんなに、大きかったのに)

 ふと、咲はそんなことを思った。

 何か、篠宮が叫んでいたが、何も聞こえなかった。咲の視界は、白で塗りつぶされる。咲に、蒼の手は届かなかった。

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