第11話
咲が目を開けると、『空間』はすっかり元に戻っていた。どこまでも続くように広く、足元には白い床。そして、遠くを見れば夜空のような目をしたいつも通りの蒼が佇んでいる。
(何が起きたのかわからないけれど、元に戻ってる。黒薔薇の誓いに期限なんてなかったんだ)
「蒼、良かった」
思わず呟いて、咲は蒼に向かって駆け出す。
くるり、こちらを向いた蒼の腕には幼い少女が抱かれている。
『あれ、今誰かに呼ばれた気がする』
『どうしたの』
『ううん、なんでもないよ咲。今日はどうしたの?』
『おかあさんにね、蒼のこと話したらね。そんな人いないって言われちゃったの』
『そっか。でもね、大丈夫。僕はずっとここにいるよ』
(ここって、もしかして小さい頃の私と蒼?)
どうやら、咲は過去の記憶の中を旅しているようだった。すぅっと、風景が流れていく。
これまでずっと、咲と蒼は一緒だった。何か相談すれば、必ず何か答えてくれた。何年経っても姿の変わらない、親友で、兄代わりの理想の青年。それが蒼。
ならば、蒼から咲はどのように見えていたのだろう。
(いっつも私は頼ってばっかり。泣き虫で弱くて……)
気がつけば、あの日の風景まで進んでいた。泣きじゃくる咲。優しく寄り添う蒼。そして、
『……黒薔薇の誓いを交わそうよ』
魔法少女のアニメのようにとはいかない。だが、目の前で幼い咲の服が変化する。黒の艶々した布に、綿のように柔らかい無数のフリル。薄いレースに、たっぷりのリボン、赤薔薇の刺繍。
思い返せば、『空間』にものが現れたのは何も、玉座が初めてではなかった。
(あれから、何度か作り替えてもらったっけ。もう離れないって、そう言ってくれたはずなのに)
ざっくりと裂けてしまったゴスロリの裾を眺めながら、咲は考えていた。
互いが望んでいても、いつかは限界がやってくる。
本当は咲も、このままではいられないことに気づき続けてきたはずだ。なのに。
(蒼の中で、私はまだあの頃のままなんだ。私だって、離れたくないよ)
咲はまだ、迷っている。
蒼への愛着と決意の狭間で、咲はまだ、迷っている。
方法を考えるのだって上手くない。でも、思いついたことをするしかなかった。決断するしかなかった。床には、裁ち鋏が一つ現れている。ここから逃れるにはきっとこれしか方法がないということなのだろう。
裁ち鋏は咲の存在を裂いた。
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