第10話

 蒼は回想する。

 大理石のような床。

 どこまでも続く『空間』。

 そこに、少女の声が響き渡る。

「いるんでしょ、蒼」

「やっときたんだね、咲」

 10代後半程の見た目の、蒼と呼ばれた青年が姿を現す。その目は、夜空のようで優しい目だ。蒼を呼んだ少女、咲。艶やかな黒髪と白い肌。そして何より身を包んでいるゴスロリはフリルとレースに塗れて赤薔薇の刺繍があしらわれている。彼女のゴスロリは、この空間で何より彼女を印象づけた。


(一体いつから僕は咲といたんだろう)

 思えば、蒼の思い出全てに咲がいた。初めて出会った時から、何かあればいつも頼ってきて、泣き虫で弱くて脆いのに、芯だけは強い咲。

 本当はあの日存在すらできなくなりかけていた彼を、黒薔薇の誓いと、彼の作った咲のゴスロリが繋ぎ止めてくれた。この『空間』でだけでも、二人はずっと会い続けられるはずだった。

 一体どこから歯車は狂ったのだろう。

 咲の高校に篠宮が現れた時からだろうか、それとも咲に友人ができた時からだろうか。

 それとも、他でもない蒼が狂わせてしまったのだろうか。


 蒼は、今や満身創痍だった。このまま、『空間』を維持していようがいずれ力は尽きてしまう。ましてや閉じて仕舞えば彼とて無事ではいられない。

 それともあの管理人が、篠宮が自ら、蒼の存在を消しにくるのが先だろうか。咲をひどく怯えさせていた彼が。いいや、もう、この『空間』は蒼と咲以外入れないはずだ。

「ふふ、咲」

 蒼は腕の中に抱いたものを愛おしそうに見つめた。後ろから回した腕の中、玉座の中、ゴスロリ姿の咲はくたりと意識を失っていた。その体には荊のような鎖が巻かれている。それはまるで囚われの人形のよう。

 目覚めない彼女に、蒼は囁きかけた。

「これで永遠に僕を裏切らないよね」

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