第2章 正体

第5話

 きっと、篠宮はただの人間ではない。それが、数日ののちに咲が出した結論であった。蒼の言葉に、あの視線。教室での立ち位置。

 はっきりとした根拠だけが見つからないでいる。

 外を眺めれば、新緑の季節であった。白い雲がゆったりと、空を流れている。

 教室内を見渡せば、篠宮はどこにもいなかった。

(そろそろ、帰ろうかな)

 通学カバンを持ち上げる。普通の服よりいくばくか重い服の重さに、ずしりとカバンの重みが加わる。

 咲は、ゆっくりと歩き出した。今日だって、今この時間まで咲は、クラスメイトと必要最低限の会話しか交わしていなかった。

 廊下に出る。

 後ろから、声をかけられる。

「咲さん、話したい事がある」

 篠宮の声。

 一斉にこちらを向く無数の視線。

 慣れているはずだった。慣れていると思っていた。

 気づけば、咲はその場から駆け出していた。どうしてだかは咲にもわからない。ただぼんやりと(ゴスロリは運動に向いていないな)と考えながら、咲は必死に足を動かしていた。

 服装ゆえに走るのは遅い。だが、机に掃除ロッカーに本棚に階段と、校内のあらゆるものを使って、追ってくる彼を引き離している。咲でさえ思いつく自分に驚いたほど、必死で思いつく限りの手を使っていた。

「お前、絶対誤解してるって」

 後ろから、篠宮の声がする。必死さのためか、名前呼びは諦めていたようだ。

(誤解なんて、していない)

 息が、上がる。

(蒼、たすけてよ)

 何度願っても、この場所では蒼がいる『空間』に入れないことを知っている。それでも、咲は願わずにはいられなかった。気がつけば、人気のない空き教室前。目の前は行き止まり。

 とうとう、バランスを崩した。床が冷たい。ごつりとぶつけた膝が痛い。

 顔を上げる。

「やっと、追いついた。お前、意外とすばしっこいのな」

 息を整えながら、篠宮が立っている。

 彼が、口を開いた。

「なあお前、黒薔薇の誓いを知っているな」

 それは、咲と蒼しか知らないはずの契約。

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