雲量5 悪質な名前
「お前今日調子良くね?」
「え?」
「なんか、機嫌良いっていうか? 何? 彼女でも出来たわけ?」
「そんなわけな...…」
「なわけないよな! 昨日振られたばっかだもんな!」
「死ね」
こいつは中島なかじま優斗ゆうと。俺の友人の1人であり、親友と呼べる唯一の人間だ。このように所謂ノンデリというやつだが、まぁ悪いやつじゃない。
「で、ほんとに何があったんだよ」
「別になんもねーよ。ただ...…」
俺は事の経緯を全て話した。あまり人に自分の事情を説明するのは好きじゃないが、こいつなら大丈夫、という信頼があった。
「なんだそれ! ベタなラブコメしてんじゃーねぞ、こら」
「だからそんなんじゃねぇって」
これをラブコメというのだろうか。正直振られた事が大きすぎて全くそうには思えない。まぁ確かに、女の子とぶつかるイベントなんてベタなことはそうそうないと思う。だからって俺はそれをラブロマンスに持ち込む気なんてサラサラない。
「で、その子のこと好きなん?」
「なんでそうなる。まだ知り合ってから1日だぞ」
「いや、意外と分かんないぞ。こういうところから恋ってのは始まるんだ」
彼女以前に告白もしたことないくせに。お前が恋を語るな。
「悪いが、もう恋なんてしない。決めたんだ」
「さいですか。しかし、いつ隼由真の牙城が崩れるかは見ものだな」
「言っとけ」
そう、俺は絶対に恋なんてしない。あの日誓ったのだ。あんなに苦しい感情を味わうくらいなら初めからしなければいいだけの話なのだ。この牙城が崩れるなんてことはあり得ない。まぁ、友達くらいならいいんじゃないか。あいつとは気が合うし、これからも上手くやっていこうではないか。
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「わっ」
「なんだよ、梨花」
「驚かなすぎじゃ無いかな」
「雰囲気がうるさいからすぐに気付いた」
「雰囲気が!? そんなかな..….」
「で、何の用だよ」
「私、ケーキが好き」
何の用かを聞いたのだ。決してお前の好みを聞いたわけじゃない。
「はぁ」
「近くに新オープンのケーキ屋があるでしょ?」
どうやら近くにケーキ屋ができていたらしい。そんなこと知る由もないのだが、なんだか嫌な予感がする。
「そこね、カップル限定のメニューがあるの」
「そうか。それでなんだ?」
「彼氏のフリして、一緒に来て欲しいの!」
嫌な予感が的中した。まぁ、嫌ってわけじゃないんだけど。しかし放課後に予定は無いので、せっかくだから行ってやろう。
「分かった。何時に待ち合わせにしようか」
「即決だね。私はてっきり断られるものだとばかり」
「そんな女の子の誘いを無碍むげに断るほど腐ってはないよ」
「じゃあ、6時に現地集合にしようか。私が迎えに行ってもいいんだよ?」
こいつの語彙の端々にモテていそうな、陽の雰囲気を感じる。並大抵の男子なら勘違いしていてもおかしくないんじゃないか。
「必要ない。方向感覚には自信があるからな」
「分かった! また後でね!」
また、こいつと出かけることになってしまった。それにしても昨日初めて会った人とここまで仲良くなれたのには、自分でも驚きが隠せない。コミュ力には不安が残る俺だが、こいつにはそれを凌駕する程のパワーがあるのか。
さて、カップル限定メニューなどという悪質極まりない名前のスイーツはどれほど美味しいのか。今から少し楽しみになってきた。
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