雲量3 負け犬の遠吠え

 空き教室にて


「じゃあ、まずは自己紹介からな」


「山下……山下梨花です。1年A組です」


「同い年か。俺は風隼由真。1年D組だ。よろしく」


「で、なんであんな泣いてたんだ? 俺が言えたことじゃないんだけどさ」


「……です」


「え?」


「私! 振られたんです!」


 びっくりした。いきなり大声で叫ばれると心臓に悪い。しかし、まさか同じ理由とは……。


「そ、そうか……それは災難だったな」


「じゃあ私も聞きますけど、隼由真さんはどうして泣いていたんですか?」


「実は、俺も振られたんだよ。いまさっきな」


「今さっき!? 私と同じじゃないですか!」


「そんなに驚くことかな。まあ、同じ境遇のやつが2人いるってのには俺も少し驚いたけど」


「話戻すけどさ、全部ここで吐いてけよ。俺もちょっとは吐きたいし」


「わかりました……」


 こうして、俺らの愚痴大会が始まった。思わせぶりな態度をとるな、とか優しい言葉をいちいちかけてくるな、とかの理不尽なイチャモンで大盛り上がりした。これは、負け犬の遠吠えってやつかな。こうして愚痴を吐いているうちに、俺らの間には仲間意識が芽生えていた。


「今日はありがとう!」


「おう、って敬語はどうしたよ」


「もうウチらの仲に敬語なんて堅苦しいのは不要っしょ!」

 

 まぁ確かに。こんだけ愚痴を言い合ったんだ。敬語なんてもう必要ないだろう。


「それもそうだな、またなんかあったら何時でも相談乗るからな」


「ありがとう! これからも〝友達として〟よろしくね!」


「おいおい、なんで友達としてを強調するんだよ」

 

 かといって俺もこいつと何かが起こるとはハッキリいってありえない。こんなに愚痴が吐きやすいやつを好きになるなんて有り得ないし、俺の高校生活の信念に反しているからだ。


「いやぁ……私振られたばっかりですし……? そういうのはちょっとだけ敏感っていうか……」


「それは……言い返す言葉も出ないな。じゃあこれからも〝友達として〟よろしくな。そういえば、お前のことなんて呼べばいい?」


「梨花でいいよ、むしろ梨花って呼んで! 皆そう呼んでるし。逆に隼由真のことはなんて呼べばいいの?」


「別に。好きに呼んでくれたらそれでいい」


「うーん……はゆま……ゆま……はゆ……」


「そんなに悩むことか? 普通に隼由真でいいだろ」


「面白みがないの! そんな安直な呼び方全然面白くない!」

 

 名前を呼ぶのに面白さがある必要があるのかを問いたいところだが、まぁいい。


「うーん……あっ! はゆ! はゆってどう?」

 

 はゆ……か。誰にも呼ばれたことの無い名前に少しの違和感と、高揚感を覚えた。


「はゆ……ね。いいんじゃないか? 誰にも呼ばれたことないし、特別感あるし」


「初めてなんだ。はゆってあだ名」


「ああ。まず友達が多い方じゃないからな、俺の名前を呼ぶ人間自体余りいないし」


「じゃあはゆの初めては私が貰ったってことで良いよね!」


「あ、ああ。そういうことになるな」

 

 妙な言い方に少し狼狽してしまった。勘違いするような言動は避けて欲しい。俺も男だ。こんなことをサラッと言えるあたり、こいつ陽キャだな?


「じゃ、またいつかな」


「ストップ!!!!」


「な、なんだよ……いきなり腕掴みやがって」


「足りない。まだ私の気持ちは収まってない。今からショッピングに付き合ってもらう」


「ええ……? 意味わかんねえよ」


「女子からの誘いを断るな! 女子とショッピングも行ったことない癖に!」


 普通に失礼すぎるし、余計なお世話すぎる。ただ、事実だからなんも言い返せねぇ……。


「わかったよ、付き合ってやるよ」


「じゃ、決まりね!」


 こうして女子と初、しかも2人きりでショッピングに行くことになってしまった。しかも、さっき話したばっかの女子だ。こいつと居ると、調子が狂うな……。

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