雲量2 晴れのち雨.2

今、この瞬間。1番不幸なのは、多分、私だ。


「ごめん、梨花とは付き合えない」


 長い沈黙の後、彼から言葉が発せられた。彼なりに、私を傷つけないように言葉を選んでくれたのだろう、という優しさが垣間見える。


「ごめん」の3文字、たった3文字だけで、人はこんな酷い気持ちになるんだと知った。


「わかった! 考えてくれてありがとう!」


 こう明るく振る舞うのもやっとで、今にも泣き出しそうだった。


 幼い頃から恋に敏感だった私は、常に恋愛に興味があった。小学生から中学生の間は、友達との恋バナが1番好きだったし、学校に行く目的のひとつでもあった。


 友達に「恋愛マスター」なんてあだ名もつけられたこともあったっけ。


 とにかく、そのくらい私は「恋愛」が好きだった。しかし、かく言う私は好きな人が出来たことがなかった。出来たことがなかった、と言うより、それがどういうものなのか「知らなかった」と言った方が正しいのかな。


 恋愛というものが好きでも、それがどういう感情で、どういう気持ちになるのかなんて知りもしなかった。


 中村なかむら翔かけるが目の前に現れる、その日までは。


 ある夏の日だった。


 王子様が現れたのかと、一瞬思った。私が怪我をして歩けないところを、彼は颯爽と保健室に連れていってくれた。


 その時の彼の仕草、行動がやけに頭に残って仕方がなかった。今までに抱いたことの無い感情に頭を抱えてしまった。


 ああ、これが「恋」ってやつか。脳で考えなくても体で分かる。気がつくと彼を目で追ってしまう。こんな感情、知らないよ。

 中学2年の夏、私は恋をした。


 それからは勿論、彼にたくさん話しかけた。

 彼は常に私の話すことを何も言わず、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた。今思うと、興味がなかっただけなのかもしれない。


 彼と話す時間は緊張しながらも、楽しい時間だった。私は友達といる時間よりも、彼といる時間の方が長くなっていった。本当に楽しい時間だった。

 でも、でも、そんな時間はもう——。



 そんなことを考えながら、私は廊下を走った。歩いていたら涙がこぼれてしまうから。涙が出てくる自分を俯瞰して、ああ、本当に私は翔が好きだったんだな。と、今更実感する。



「ドンッ」


 痛い。けど、廊下を走っていた私に非があるのは確かだ。


「ご、ごめんなさい!」


 ぶつかった人が怖い人だったら、この涙は別のものに変わってしまうだろう、と思いながら顔を上げる。


 そこにいたのは知らない、わりと顔の整った男の子がいた。とりあえず一安心だろうか。


「いや、こちらこそ……」

 

 返事をする彼をよそ目に、私は泣いた。泣くのを抑えるために走っていたのだ。1度座り込んでしまったらもう涙は止まらない。

 

 そんな私を気にかけたのか、彼は声をかけてくれた。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃないに決まってるじゃないですか!」

 

 自分でも驚くくらい、見事な逆ギレだ。


「そ、そうか……。何があったんだよ?」


「私、私……」


「わかったわかった! もう泣くな! ここで話すのもなんだから外出ようぜ!」


「分かりました……」


 彼もまた、泣いていた。私が泣いているせいで、強がっているのが分かる。

 

 弱ってるところに付け込まれた私は、名前も知らない男の子に話を聞いてもらうことにした。

 

 この人にぶつけたら、少しは気持ちが晴れるかな。

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