第5話 体術教師ガラン
「魔法を使えるからといって肉体の鍛錬が不要な訳ではありません」
「まずは皆さんにその事をお見せしようと思います」
「このクラスで一番成績がいいのは誰ですか?その者と私で模擬戦を行います」
シンドウに頼まれた次の日、ラガンは生徒用のグラウンドにて演説を行っていた。
【ガラン】という聞くものが聞けば吹いてしまうような安直な偽名を使い、試験を受けたラガン。
あっさりと試験に合格した後はトントン拍子であった。
騎士団の団長をやっている身だ、当然他人に体の動かし方を伝授するのは得意である。
仮初とは言え、護衛だけが全てという訳でもない。与えられている役割ついでに、有望な若者でも探して道連れ─もとい勧誘をしようかと考えていた。
「一番ではありませんが、よろしければ僕がお相手しましょうか?」
ラガンの発言にザワザワしていた学生の中から、1人の男子生徒が立ち上がり、ラガンの前に歩いてくる。
「君は...【フィリップ】君だったね。遠慮は要りません─かかってきなさい」
「大丈夫ですか?聞いたところガラン先生は魔法が使えないようですが。今までの体術教師の方々は皆強化魔法の使い手でしたよ」
余裕そうなラガンの態度に、ムッとした表情でフィリップが口を出す。
(魔法都市ならではだな、魔法が使えない者を若干軽んじる傾向にある)
「魔法が使えないからこそ、私には鍛錬の必要性を教える事が出来ます。それとも─怖いですか?」
(安い挑発ですね)
生徒の中で体育座りをするポラリネはそう思った。
だが、若さ故の傲慢さを持つ学生には、効果は抜群である。
「仕方ありませんね。今度の方こそまともだと思ったのですが──少し痛い目を見てもらいますよ」
(違和感を感じる言い方だが、後回しだ。まずは模擬戦に集中するべきだろう)
両者が少し距離を開け相対する。
「先程も言ったが遠慮は要りません──お先にどうぞ」
「お言葉に甘えて、行きますよ!【
先手を譲ったラガンはフィリップが放った火炎弾を冷静に避けていく。
1つ、2つ、3つ。
「──ムッ!」
4つ目の玉を避けた瞬間、ラガンはその場を飛び退く。
直後火の弾は爆発し、煙がグラウンドに広がった。
「よく避けましたね!ではこれはどうですか!【
ラガンの足元が泥となり、膝下を埋め足を止める。
ラガンが手をなぎ払い、煙を晴らす。
「終わりです【クリスタル・アロー】」
硬質で透き通った魔法矢がラガンの周囲を覆っていた。
(最初の弾の爆発で倒せない場合は煙で視界を奪い、足を止めて視認性の低い技で囲む。実に練られている)
学生ながらよく考えられた戦法だ。
並の者なら魔法矢を捌き切れずにダメージを受け、そのまま模擬戦終了となっているだろう。
(だが)
「ハァッ!」
瞬間ラガンは足元を殴った。衝撃で泥が周囲に飛び散る。
泥を通り視認性の上がった魔法矢を時には避け、時には叩き落とし、いなしていく。
全てをしのぎ終えたラガンは、ゆっくりと泥から足を抜くのだった。
「ふう、こんな所か?次はこっちから行くぞ」
〜〜〜〜〜
「へぇ〜、やるじゃん」
ポラリネは近くから聞こえて来た声に視線を向けた。
魔力の量を見るにどうやらこの男がこのクラスの一番のようだ。
ラガンをみて目を爛々と輝かせている。好戦的な性格なのか、何か企みでもあるのか。
王女の護衛の邪魔になる前に潰しておくか、とポラリネが動こうとした時、丁度、フィリップを制圧したラガンがこちらに目を向けて来たのが見えた。
(テンションあがってますね...そんなに嬉しいんでしょうか)
しっかりとこの男の発言を聞いていたようである。
その顔には喜色が浮かんでいた。
(ああ懐かしい、跳ねっ返り共の視線、肉体のぶつかりあいで指導する感覚。アイツらが来てからは味わえなかったものだ...)
肉体がぶつかったら死ぬ、視線どころか目からビームを出す化け物の相手をしていたラガンの心は今生き生きとしていた。
「諸君、今俺がやった事は鍛錬次第で誰でも出来るようになるものだ。フィリップ、勿論お前もだ」
テンションが上がって口調もただの騎士団長ラガンになっている。
が、先程の大立ち回りで熱に浮かされた生徒はあまり気にしていないようだ。
「お前たち、ついてこい!俺が立派な騎士に育ててやる!まずはグラウンド百周だ!」
『はい!ガラン先生!』
(騎士じゃなくて魔法士です。
心の中で突っ込んだポラリネは冷静になれとばかりにラガンの服の中に氷柱を生成するのだった。
「ハーッハッハッハッ─ぴょっ!?」
───
その後、氷柱と鳴り響くチャイムで冷静になった団長は惜しむ生徒に手を振り、去って行った。
ハァ、とため息をついた私はフィリア様の護衛に戻る。
「先程の教師、どこかで見たような...あら?」
「どうも」
「あなたは...シンドウから聞いております。ポラリネさんでしたかしら」
「はい、フィリア王女殿下に出会えて光栄です」
「ここではただのフリアですわ。他の生徒方にもそう申しています」
「ではフリアさん、と」
「よろしい」
美しいその顔をコロリと微笑ませる。
「先程の教師が我らラグスタル騎士団団長のラガンです。顔が広いため変装をして貰っておりますが...私と団長の二人で、御身の学園生活を護衛いたします」
「あの人が噂の...全く、兄上様も心配症ですわね。まるで籠の中の鳥ですわ」
「万が一があっては陛下もご心配なされます。ご容赦ください」
「分かっております。そこまでわがままを通すつもりはありませんわ」
そう言って嘆息するフィリア様は楽しそうな顔をしていた。
「フィリ──フリアさんはなぜこの学院に?」
「それはもちろん!私の夢のためです!」
「夢のため─」
「ええ、私は───」
「フリアー!その子新しく来た子でしょ?紹介してよ!」
「あら、【ミゼリ】?」
赤い髪の少女が突然私たちの元へやってきた。
「どうも、【ポリネラ】です」
「あたしはミゼリ。よろしくね!」
差し出された手をギュッと握る。
「あなたすっごい可愛いね!」
ミゼリは私の手を引っ張り、抱きついてきて
「...演習場裏の倉庫に来い。さもなければここで王女を殺す」
─ボソッと私にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「フリア。私この子に学院を案内してくるから、先に帰ってて!」
「あら、それでしたら私も──」
「フリアさん、家で帰りを待っている人がいるんでしょう?遅くなると行けません」
シンドウの元へ帰れと暗に告げる。
「そうでしたわ!また怒られてしまいます。ではまた明日お会いしましょう」
ニコリと笑ったフィリア様を見て笑うと、ミゼリは顎で来い、と促した。
大人しくその背中を追いながら、気づかれないようにフィリア様に保護の魔法を唱える。
しかし、初任務と意気込んで来てみれば子供のお守りとは。
シンドウの苦労、そしてこれからの自分の苦労を思い浮かべて、ため息をつく。
(それにしても)
思い出すのは先程のフィリア様の言葉。
(籠の中の鳥か、随分可愛らしい表現だ)
せっかくの機会だ、フィリア様にも見てもらえば良かったか─
─ラグスタル騎士団は...王国を守る剣であり盾となる集団は。
籠なんて生ぬるいものじゃないってことを。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(王国を守る剣であり盾とは何の冗談だ。ただの王国の無差別破壊兵器ではないか。ラグスタルに栄光あれなんて口が裂けても言えんぞ、本当に光で国が消滅しかねん)
あの日から1週間後のラガンの意見である。
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